第5話 聖女の本当の本気
1
ジュエルの懐は既に地方の準男爵よりも潤っていた。
ジュエルはここで冒険者組合にドレスの素材となる魔獣や素材の納品クエストを依頼した。
ジュエルはどんなに忙しくても、冒険者組合の格安での《回復》は続けていた。そのせいか、貴族令息、令嬢よりも逞しく汗臭い冒険者達とのコネのほうが広かった。
だが、依頼内容をみた受付嬢は固まった。
組合長がジュエルの依頼内容を確認すると、銀級の素材採取と討伐が三件に、『幻の蒼い怪鳥フェリーチェの羽』の納品は金級クエストだった。
金級冒険者は大陸に数名しかいない。
個人としての力は王を守護する近衛騎士団団長と肩を並べるといわれている。
さらに、グルドニア王国の金級冒険者である『白日』は現在、獣国戦争の激戦区であるズーイ伯爵領で依頼を受けている。いわば、抑止力的な役割を果たしているのだ。
これには理由があり、現在の戦争では主に王都からの援軍は送らずに、ズーイ伯爵領の私兵が中心となっている。
決して、ズーイ伯爵を疲弊させようなどといった意図はなく。あくまでも、本気ではないと獣国連合にメッセージを表している。
仮に、戦争に王都の騎士団を動員した場合は、獣国連合も帝といわれた十二人の化け物達が投入されるだろう。
そうなった場合、喜ぶのは第三者である他国である。いつの時代も漁夫の利を狙う狐とは存在するのだから……
いうなれば戦争はしているが今はまだ、両国の仲の修正が効く範囲であり、様子見の段階なのだ。
だが、組合長もこめかみが痛かった。ジュエルは、忙しい中でも普通なら受けることが難しい《回復》を格安で提供して貰っている。これは、ジュエルの懐が温かくなっても、決して値上げしたりしなかった。
そんな献身的なジュエルからの依頼であれば快く受注したい。
「ジュエル様、先の三件の依頼は受注致します。ですが、怪鳥の羽の件は受注は致しますが難しいかと……」
組合長は非常に申し訳なさそうだった。
「そうですか。私も独自に調べましたが、怪鳥はここ百年位に目撃情報がありませんでしたから難しいとは思っていましたが……でしたら、この依頼はどうかしら……人探しなのですが」
ジュエルは別の依頼をお願いした。
「はぁ、分かりました。各支部の総力戦でなんとしても達成致します。一つよろしいですか? 今回の素材を使って一体何をお造りになるのでしょうか? 」
「ドレスですわ」
「……ドレスですか」
「ええ、さる高貴なる御方に私のすべてを懸けた至高の一品をお渡しするのです」
ジュエルの顔がだらしなくはにかむ。
「……」
組合長は完成したら国宝クラスのドレスを一体何に使うのだろう。王族ですらびっくりなのですがとは、締まりのないジュエルの顔を見たら言えなかった。
御付きの従女がこめかみを押さえていた。
2
それから一月が経過した。
ジュエルが冒険者組合で依頼した銀級の素材採取依頼は達成された。
まず、『鋼鉄ミミズの表皮』は地中に生息する鋼鉄ミミズを鉱山近くを二桁を超えるパーティーが土魔術を発現しての大規模な人海戦術を行った。
鋼鉄ミミズは体長が十メートルを超えて、名前の通りに鋼鉄の皮膚に柔軟性のある体質からの収縮自在な魔獣である。また、魔力耐性も高いので本来であれば、ハンマーなどによる打撃が最も有効とされている。だが、今回は素材採取依頼のために、無理な攻撃は出来なかった。
そのために、基本的に土の牢獄を作っての集団による大規模な状態異常魔術を発現してから、水責めにして生命活動を停止させた。
皆、日頃から世話になっているジュエルの役に立ちたい一心だった。
3
次いで『クニアラシ』という大型魔獣であるハリネズミからとれるどんな物質も貫く、貫通力に特化した針、通称『国嵐の針』は獣人連合国でないと討伐と採取が難しい。
獣人連合国にも冒険者組合はあるにはある。
だが、現在は戦争真っ只中で取り合ってはくれないだろう。だが、物は試しと組合長は獣人連合国の冒険者組合に、依頼を持っていくように手配した。
予想外に獣人連合国冒険者組合からは、依頼を受けるとの反応があった。
その代わりに、報酬にあった白金貨百枚の代わりにオマケである報酬の『魔力回復飴』、『体力回復飴』十個を倍にして欲しいとの返事だった。
組合長はジュエルに相談した。
ジュエルは全く気にしなかったが、それだけこの二つの飴は当時で貴重品だったのだ。
二週間後に『クニアラシの針』は無事に納品された。
聞けば、獣王ガルルみずから討伐に参加したらしい。何でも、身体の弱い息子のために『体力回復飴』を、治療を行う回復術士のために『魔力回復飴』を欲したとのことだった。
冒険者組合の冒険者やジュエル御付きの従女は、獣王ガルルの息子や回復術士が何かあれば多少、獣人連合国に混乱があり戦争が有利になるのではと思考した。
ジュエルは『クニアラシの針』を試した。その針は見た目は通常の針となんら変わりなかったが、グレン鋼鉄の合金をも易々と貫く針だった。
ジュエルはこの針に感動した。
これならばフラワー御姉様に最高のドレスを作ることができると。
ジュエルは感謝の気持ちを込めて、二つの飴をそれぞれ百個報酬とした。
更には、大迷宮深層の上級回復薬までとはいかないが、ジュエルが作れる最高の回復薬を瓶でこれも百個納品した。
この回復薬は、傷口の応急処置に使うのが主だが、正しく摂取すれば滋養強壮の効果もある。
子供に飲ませる場合の注意事項も添えて。
その対応に、大人達は「何故、敵国にそこまで」と聞いた。
ジュエルは「ダイヤモンド公爵家だからですわ」といった。
本人はただ、針に感動して思考がドライブしただけだった。
その場にいた皆は、ジュエルは本当の聖女だと思った。
その場にいた大人達の心は洗われた。
その話を聞いた国中の国民は震えた。
エメラルド公爵家が統括している軍である騎士団からは避難されるかと思ったが、「ダイヤモンド家の令嬢は騎士道を分かってらっしゃる。本物の聖女様だ」と逆に指揮が上がった。
こうして、本人の知らぬところでジュエルは本物の聖女として皆に認められた。
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