第2話 聖女という重荷

 1


 ジュエルは五歳の時に《異空間》の魔術を発現した。


《異空間》の魔術はいわゆる血統由来の固有魔術に近く、過去に発現出来た人材は数えるほどであった。もちろん、使えるものもいるであろうが、申告するものはほとんどいない。

《異空間》は術者が任意の空間を作り出すことができる魔法に分類されている。魔力によって、好きな時に好きな場所に任意の空間を発現できる。それは、通常であれば倉庫にもできるし、生物をいれることができれば部屋にもなる。また、空間を永遠に閉じてしまえば牢獄にもなる。


 この魔術が魔法に分類されるのは、その使用用途からである。使い方次第では、大いなる富をもたらすが、災いをももたらす。


 だが、神殿を司るダイヤモンド公爵家としては大いに宣伝した。『聖女の再来』、『神託を聞き取れるもの』ジュエルは幼心に、当初自分が将来のグルドニア王国を背負って立つものであると思った。


 しかし、悲しいかな。


 ジュエルは学園に上がるまでに回復系統魔法を《治癒》までしか発現できなかった。これは、普通ならば大いに賞賛すべきことであるが聖女の肩書が邪魔をした。実際に日常的な生活を送るのであれば《異空間》はお買い物の袋程度しか評価されない。《異空間》はあくまでも迷宮探索や軍の行軍、要人の護衛といった特殊化の状況で光る魔法なのだ。


 だが、ジュエルは挫けなかった。

 神殿の奉仕事業である無償の治療にも顔を出した。幸いにも《治癒》でも症状が良くなる患者も多くいた。重症患者には「期待外れ」だともいわれた。学園に入学するまで《治癒》が《回復》になることはなかった。ジュエルは貴族であり、グルドニア王国では六大貴族筆頭のダイヤモンド公爵家の令嬢である。だが、まだ十にも満たない少女は疲れていた。


 十歳の誕生パーティー、グルドニア王国では女性でも大人の仲間入りとされる年齢である。そこで、ジュエルは運命的な出会いをした。


「ジュエル様、本日はおめでとうございます。わたくしは、ウェンリーゼ男爵の娘でフラワーと申します。学園の二学年にあたりますわ。次年度より学年は違いますがよろしくお願いいたします」


 ジュエルは見惚れた。


 ブロンドの髪を凪かせて歩くたびに、光が反射してどこまでも青い瞳はすべてを癒すかのように澄んでいた。ジュエルの脳内は弦楽器のような艶やかな声色に支配された。体中が震えて歓喜の声を上げている。


「……」


 ジュエルはあまりの衝撃に声を上げることも出来ずに気絶した。


 ジュエルは癒された。




 2


 それからジュエルは学園に入学した。


 王族に次いで高貴なる血を持つ聖女ジュエルの入学は話題となった。だが、ジュエルの目下の目標は新入生ダンスパーティーであった。これは、上級生が下級生に向けての歓迎の舞踏会を開くものだ。学生のため、健全な昼間に行う。


 ジュエルはウキウキした。


 三ヶ月振りにフラワー様にお会いすることができると……先のパーティーでのことをジュエルは非常に悔いており謝罪をしたかった。だが、学園では下級生を上級生が呼び出すのは、家同士が寄り親や寄子の関係ならばいざ知らず、何の接点もないジュエルがフラワーにコンタクトを取るのは非常に難しかった。


 だが、フラワーは会場には現れなかった。ジュエルはどうでもいい高位貴族の跡取り息子たちと踊ったがすべてうわの空で、顔も名前も覚えられなかった。


 ジュエルは、独自にフラワーを調査した。どうやら、ウェンリーゼ男爵家は、元は小国ではあったが、現在はグルドニア王国に統合された自治領のようなものだ。海に面しているこため、海産物や塩の流通に加えて古来より馬が盛んな領地である。ただ、最近では王都近くで、岩塩が発掘されて塩の供給量が上がり値崩れしている。さらに、どういうわけか漁も不作で特産物の取引が難しく貿易が上手くいっていないのだ。


 そのために、今、ウェンリーゼ男爵領は飢えるほどではないが、貧窮している。フラワーも学園入りを辞退しようとしたという噂ではある。それを補うためにフラワーは日夜授業の合間を縫っての冒険者家業をしているようだった。自分の学費から移住食に侍女の給金もすべてフラワーが冒険者組合で依頼を達成した依頼料から賄っているのであった。

 さらには、家に仕送りまでしているようだった。なので、フラワーのドレスは数が多くなく公式なパーティーには同じドレスで参加しないように、極力参加していない方針なのだ。


 ジュエルは感激した。なんて聡明で可憐な容姿に似合わずにも逞しい御方なのだと……そのような事情があるのにフラワーはジュエルのパーティーに参加したのだ。


 ジュエルは決心した。 


 フラワーに死ぬ気で【課金】したいと……


(待っていてください。お姉さま)


(わたくしが最高のドレスをプレゼント致しますわ)


 フラワーの心の炎はかつてないほどに燃え上がった。




 3


 そこからのジュエルの行動力は凄まじかった。


 まず、質素倹約のダイヤモンド公爵家からの援助は期待できない。


(自分で稼ぐしかない)


 ジュエルはまず、神殿での無償の《治癒》の奉仕を辞めた。そして、冒険者登録した。ジュエルは自身の戦闘力は期待できなかったので、冒険者組合で格安での《治癒》を商売とした。常に冒険者組合に常駐して負傷者に対して《治癒》をかけるのだ。回復系統持ちは珍しく、基本的に神殿が独占しているのでこれには冒険者組合の組合長も驚き、ダイヤモンド公爵に使いを出して確認を取った。冒険者組合とて、神殿やダイヤモンド公爵を敵には回したくなかった。


 当主からの返事は、「本人が自分で考えたことなら親でも止めようがない」という豪胆な回答だった。ただし、後にジュエルは父親から「正式な手続きを踏んで関係機関には根回しは忘れないように」とお叱りを受けた。


 かくして、冒険者組合内での限定的な《治癒》は許可された。一回の《治癒》は重症度に応じて銀貨一枚~五枚とした。これは、銅級冒険者でもお手軽に手が出る範囲だったので、回転率は良かった。


 冒険者組合を介しているので手数料は引かれたが一日平均して金貨三~五枚程度の稼ぎにはなった。しかし、それは学園が休みの日に行うので稼ぎとしては多くはなかった。ジュエルがフラワーに差し上げたいのは、月の女神がその美を地上に降臨させる最高のドレスなのだ。


 次にジュエルは学園内で合法的に稼げないかと考えた。そこで、目に付いたのが今や廃れてしまった薬学同好会だった。ここでは、庶民向けの万能薬や咳止め、痛み消しや塗り薬など多くの研究をしている。聞いた話によると学園で育てている薬草や材料を使用して同好会会員ならば商人組合に卸すこともできるのだ。そして、その利益は自分の懐に入ってくる。


 ジュエルは迷うことなく薬学同好会に入部した。周りからは何故に神殿の聖女様が薬学に興味を持っているのかあまり理解できなかった。顧問の教授はこの一大事に、ダイヤモンド公爵に使いを出して確認を取った。薬学部の顧問は形ばかりで一部の物好きな部員以外活動していなかったのだ。


 当主からの返事は、「本人が自分で考えたことなら親でも止めようがない」という豪胆な回答だった。ただし、後にジュエルは父親から「もう一度だけいうが、正式な手続きを踏んで関係機関には根回しは忘れないように」と再度お叱りを受けた。ジュエルは自分の聖女たる影響力を理解していなかった。




 幸いなことに教授の薬学の腕は確かだった。また、外部講師として『西の魔女』と呼ばれた怪しげな老婆が「面倒だけどねぇ」と都合をつけて来るようになった。この老婆からは学ぶことが多かった。初めに老婆は、人体の解剖学から教えた。ジュエルは何故にそんなことをと口答えした。「身体の構造を分からなくて薬作ってどうするんだい」と西の魔女はいった。ジュエルはそんなことより、早く薬を作って金が欲しかったので意欲が下がった。西の魔女が「あんたが一番大切な人に使って貰う薬は、安心安全が一番じゃないかい」といった。ジュエルはフラワーのことを脳内で思い浮かべた。もしかしたら、フラワーお姉さまは体調が悪い時もお薬をちゃんと買えているのだろうか心配になってきた。


 当時の薬は高くもないが安くもないし、薬師によって効果にバラつきがあるために高位貴族が信頼できる人材をお抱えで薬師として育てていることが多かった。ジュエルは思考したもしかして自分がウェンリーゼお抱えの薬師になれば、毎日お姉さまの御傍にいられる。自分の作った薬が、愛しのお姉さまの御身体を癒す。ジュエルはかつてないほどにやる気が出た。


 ジュエルは死に物狂いで薬学を学んだ。同好会の活動であったが、授業中も素材や資料を持ち出して何か実験を行っていた。それでいて、授業の成績はいいのだから教師陣も何も言えなかった。薬学に精通していない同学年からしたら、まるで悪魔にでも憑りつかれたような黒魔術の儀式をおこなっているようにしか見えなかった。




 ジュエルの推し活。

 課金計画が現実味を帯びてきた。

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