尊いは正義~公爵家の聖女は年上男爵令嬢に、青春の全てを課金したい
ナポ
第1話 プロローグ
1
グルドニア王国歴470年代
グルドニア王国国王デニッシュ・グルドニアは大変機嫌が良かった。
獣国戦争の英雄あり、ここ数年で戦後の疲弊した王国を立て直した賢王としてデニッシュは平和な世を築いた。気付けば第一妃であるジュエルとの間にできた第一王子のフィナンシェは壮健に育ち、成人近く他の子供たちは兄に続く様にすくすく育った。
王位について十年近い歳月が過ぎ、四十半ばとなったデニッシュは、王としても男としても非常に脂がのった年代になった。そのデニッシュは数年に一度、視察という名の名目で秘密裏に王宮を空ける期間があった。しかし、それを誰も咎める者はいない。いまでは、影武者役の親衛隊もその迫力たるや胴が入ったものだ。
ただ、ジュエルは知っていた。視察から帰ってきたデニッシュがそれはそれは機嫌が良く、まるで恋する少年のように見えることを……
2
「また、女でも作ったのかしら」
ジュエルの機嫌は悪かった。側付きの侍女の顔に緊張が走る。
王であるデニッシュにはジュエルを含めて三人の王妃がいる。いずれも、六大公爵家からの妃に迎えているが、側室として公認していない面倒をみている妻も含めればジュエルの知するところでは、その倍以上で王位継承権を持たない子は二桁にのぼる。これは、無用な争いを生まぬための措置であり、離宮の最奥でそれなりの生活を送っている。王の仕事は、王国の統治と尊き血を後の世につなぐことである。『竜殺しの一族』、『神の子』と称されており、今となってはただの伝説であるがジュエルは知っている。アートレイの一族の真価を……ジュエルは、若き頃はデニッシュと同じパーティー『銀狼』の一員であった。
死を覚悟したことは一度や二度ではない。そのたびに、デニッシュは毎回強くなる。おおよそ想像できない力を開花させて、強敵を、苦難を、無理を食い破る銀髪の獣、まさに銀狼であった。味方であり、もう迷宮に潜ることも無くなったジュエルですらたまに恐ろしくなる。
あの普段は、温和で優しい頼りになりそうで、のほほんとしている国語の弱いデニッシュが、あの深紅の瞳が、大迷宮の主よりも恐ろしい獣となるのだ。理不尽に笑う剣を振りまわして、大陸に血の雨を降らせるその様はまさに、伝説の竜殺しアートレイ・グルドニアそのものであった。
ジュエルは知っていた。
デニッシュは何処まで行ってもアートレイなのだ。欲しいものはその気になれば大陸さえ手に入れる。だが、デニッシュは本当に欲しいものは「いらない」といってしまう。あまのじゃくなのだ。それはきっと、獣の巣に大切なものを置けば、腹を空かせた狼は恐れているのだ。遊び過ぎて壊れてしまうのが……
学園時代の右腕キーリライトニング・オリア、初恋の人フラワー・ウェンリーゼは遥か東の海で亡くなってしまった。デニッシュの大切だった人たち。
ともに『銀狼』のパーティーメンバーの一員であったハンチングは、お家騒動で王都を追われた。気付いたときはハンチングも亡くなっていた。
東の海で……
デニッシュは悔いていた。
大切なもの達になにも出来なった不甲斐なさを、王という民を、国を守らなければいけない鎖につながれた自分自身を。王となったデニッシュは、王座についたことで、負わなくてはいい傷を背負うようになった。その傷を癒す術を、魔法の薬を、かつて聖女といわれたジュエルですら処方することはできない。
だから大目に見よう。癒えない傷を、食べても食べても、満たされない幸せを求める腹を空かせた狼を……
腹を満たした狼は優しい。だが、空腹の狼が大切な巣穴も食い尽くしてしまわないように。
3
「ああ、行かないでくださいませ! フラワーお姉さま! 」
ジュエルの朝の目覚めは最悪だった。全身の汗が引かない。久しく見ていなかった夢を見た。
ジュエルは学生時代の推しであるフラワーを思い出す。
フラワーは東の海ウェンリーゼ領の男爵家の娘だった。ジュエルよりも三つ上の学年で、デニッシュの初恋の人であり、学園のマドンナだった。かくいうジュエルの憧れの人であり、本人に秘密裏に【ファンクラブ】が出来ていた。その会長がジュエルであった。ジュエルは当時、序列一位のであるダイヤモンド公爵家のコネを最大限に使用した手に入れたフラワーの姿絵を大事にしている。
ジュエルの実家であるダイヤモンド公爵家は、グルドニア王国の神殿を統括する家門である。その気概がある誇りある家紋は不正など許せない白い家紋であった。よく言えば、潔白、悪く言えば融通が利かない。ダイヤモンド公爵家はその気風から、公爵家でありながら質素倹約を旨としていた。つまり、ジュエルには自分で自由に使える資金がほとんどなかったのだ。
当時のグルドニア王国は今以上に貴族間の繋がりが強く。寄り親、寄子の関係、派閥が多岐にあった。そのためにか、学園入学前には爵位の低い貴族たちは寄り親によって、子の婚約や縁談を政治の道具の一つとしてコントロールされていた。そのために、多くの学生は既に婚約者が決まっており、学園生活での淡い恋物語を夢見ること叶わなかった。
そうなると、女学生の熱は同性に向いた。
なかでも、十歳から入学が許され五年間の寮生活が基本の学園では、初心な低学年が高学年の先輩に憧れを持つ、いわゆる古代語で『推し活』が流行った。
それは、あこがれの先輩の制服やドレスを真似てみたり、身に着けている装飾品や、匿名での贈り物、地方の特有の食べ物等、中には物書きや吟遊詩人を雇い、推しを主人公とした創作活動等、本人からしたら迷惑極まりないことなど多岐に渡った。ただ、推し達も大半が自分たちも通った道なので咎めることはなく。厳しくも優しい視線があった。
そして、小さきレディたちはずっと待っているのだ。憧れの推しから、お茶会にお誘い頂けるその時を……
ジュエル・ダイヤモンドの推しは、見る人を惹きつける青い瞳と、風になびくブロンドの髪に、瞳の色と同じ色の青い髪飾りが似合う女神……
東の辺境ウェンリーゼ男爵家のご令嬢、フラワー・ウェンリーゼだった。
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