3話 三度目は天使。その次は悪魔。
海音ちゃんは突然の出来事に驚いているみたいだった。
私からの愛の抱擁に心底。
「ど、どどどうしたの?ふゆちゃん?」
海音ちゃんはわなわなと手を震えさせる。
昨日とはまるで打って変わった彼女に私は安心した。
だって彼女は初めて会った時の彼女のようだったから。
本当に本当に戻ったんだ!
夢じゃなかったんだ!
そう確信した。
「どうしたのって!それはこっちのセリフだよ!」
「うーん?こっちのセリフって?」
「昨日とか!ほんと焦ったんだよ?!」
「昨日って?」
何か先ほどから歯切れが悪い海音ちゃん。
というかなんか会話が噛み合っていない気がするんだけど、気のせいだろうか。
「昨日は海音とふゆちゃんは会ってないでしょう?」
と、衝撃の言葉を口にする海音ちゃん。
もしかして本当に夢だったとか?昨日の海音ちゃんは——
そう納得しようと思ったが、やはり無理だった。
夢というにはあまりにもリアリティで、あまりにも私の心のダメージは本物だった。
あれは紛れもない現実。そう言わざるを得ない。
「あ、会ったよ」
「んー?」
海音ちゃんは顎に手を当て、目を瞑り考える素振りを見せた。
「あー!もしかして昨日って!海音とふゆちゃんが付き合った日のことを言ってるのかな?ほうほう!あれが昨日だったんだね!」
違う。それは一昨日だよ。
その言葉は喉元までで止まった。
言いにくかったのもあるし、彼女が続けて言葉を発してしまったのもある。
「いやあ!最近よくあるんだよね。記憶と日付が上手く合致しないこと!これからは日付じゃなくてあった出来事で言ってくれると嬉しいなあ」
「そ、そうなんだ。分かったよ」
「えへへ!ふゆちゃんありがと!優しいね!」
「あ、はは」
海音ちゃんは突然にパチンと手を叩いた。何かを思い出したように。
「分かった!思い出したよ!海音がお風呂場ですっ転んだのが昨日だよね!お母さんに怒られたから流石に覚えてる海音も!そーだそーだ完全に思い出した!じゃあふゆちゃんと付き合い始めたのは一昨日か!そっか!」
それは知らないけれど、たぶんそうなのだろう。
一昨日なのは合っているから。
「でも昨日って何が合ったんだろ?全然思い出せないや——あはは、ごめんね。付き合う時に言ったように海音は忘れっぽいんだよね!」
思っていたよりも独り言が激しい女の子のようだ、海音ちゃんは。
いや、そんなことより海音ちゃんは忘れっぽいというよりもこれは——
「昨日のことなんだけどさ、海音ちゃんはさ——とっても怖かったよ」
「へ?怖かったって?海音が?」
何を言っているのだろう。
こんなことを言ったって怖がらせるだけだ。
だって彼女は全部忘れているんだから。
でも、私の口は止まらなかった。
「忘れっぽい海音ちゃんは覚えていないかもしれないけどさ。昨日、ここで私達はまた会ったんだよ」
「そうなの?ごめん!ちょっと覚えてないや」
「うん。その時私は海音ちゃんに話しかけた。超ドキドキしながら話しかけた。そしたらさ海音ちゃんは嫌な目で私を見たの、それからストーカーって言われた。あと、あとさ彼氏もいるとかって言われて——私、私さ——」
これを言って私はどうなりたいのだろう。
謝って欲しいの?
同情して欲しいの?
「いや、いやいや!そんなことするわけ!彼氏だっているわけ——ないって否定は出来ないもんね。海音には記憶がないからさ。ごめんね本当に!」
「全然、気にしてないよ——あ」
そこで気付いた。
自身の頬から熱い透明が流れ落ちていることに。
私は泣いていたのだ。
あの時のことを思い出して傷ついていたのだ。
「あ!えっと!ごめんね!よしよーし!」
細くて白い掌が私の頭を覆ってくれた。
それがまた涙を助長する。
「ごめんね!怖くないからね!」
ああ、分かった。
私がこんなにも海音ちゃん昨日の出来事を赤裸々に語った理由。
きっと私は知って欲しかった。
彼女に、私はこんなにも傷付いたのだと。
知って欲しかった。
私はこんなにもちゃんと好きなんだと。
「ねえ、海音ちゃん」
「えっ!なーに?」
海音ちゃんは少しビクッとしながら私の言葉に反応した。
「私、好きだよ」
「ふえっ?」
好きを伝えたくなった。
私はもう虜なのだ。
どういう返答が返ってくるのか全く予想出来ずにただ心臓を鳴らしながら彼女の返答を待った。
「海音ちゃんが好きだよ!」
「ふえ?」
数秒置いて、聞こえてきたのはそんな間抜けを通り越した海音ちゃんの声。
さすがにその返答は予想出来ない——
いや、可愛かったけども。
「好き!」
だから私も思わずこれ以上ない高音の『好き』を披露してしまう。
「ふ、ええ」
しかしまたもや『ふえ?』が来た。
しかも変化球なやつ!
うわ!3連続は流石に予想出来ないよ!
「大好きだよ!」
私も負けじと何回目か分からない『好き』を繰り出す。
「ふえ!」
「好き!」
「好きっっっ!」
そして気付く。
これは私の声に海音ちゃんが呼応しているのだと!
なんか!なんか!なんか!
超可愛いんですけどっ!
だからもっといっぱい言ってやろうと思った。
「好きーーーーー!」
「ふええええええええ」
と、そこで衝撃が体に走る。
視覚的衝撃ではなく、物理的な。
「いや、あんたらうるさい」
振り返ると香澄が眉を下に下げに下げていた。
どうやら私達2人を自身のその鞄で華麗に叩いたみたいだった。
「ちょっと!何すんの!香澄!」
「いや、うるさかったのが悪いでしょ」
香澄は特に悪びれる様子もなく、鞄を背負い直した。
「うう、いてえ」
と、視線をずらすと海音ちゃんが頭を抱えて痛がっている。
かわいそうに——香澄許すまじ!
「私はまだしも海音ちゃんをしばくのはおかしいでしょ!」
私は怒る。
私の可愛い可愛い彼女をしばいた罪は大罪なんだけど!
「いや、それはまじごめん!完全に手が滑ったわ!」
「許しません!」
「はあ?なんであんたが決めるのよ!」
「だって私達カップルなんだもん!」
そう言って私は海音ちゃんを抱き寄せる。
「いや、実のところ言うとね幸せそうなあんたたちを見て手が勝手に動いたのよねえ」
「いや!それで許されないからね!」
「いや!許されるでしょ!これ私の手が悪いよ!完全に!」
「いやいや——うあっ」
と、そこでまたもや衝撃を感じた。
先ほどと同じ物理的な衝撃である。
けれど先ほどよりも確実に大きい衝撃だ。
いや、めちゃくちゃ強い——
私は突き飛ばされていた。
————海音ちゃんに。
って!ええ!?
なんで!?
「誰がカップルよ。次は無いって言わなかった?」
鋭い目つき。突き刺すような眼光。
それでいてあり得ないくらい美人な彼女は——海音ちゃんだった、悪魔の方の。
「ふ、えええ」
次の瞬間、私は海音ちゃんみたいな効果音を出した、天使の方のね。
てか、どうしよ。
どーしよーー!!
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