2話 彼女との接し方。難しい。

「だ、誰って——あはは、冗談きついなー」


「冗談?こっちは至って真剣なんだけど」


 そう言われたと同時に私は彼女の顔をまじまじと見つめていた。

 もしかしたら今、私の目の前にいる彼女は海音ちゃんではないのかもしれないと。


 しかし、見れば見るほどに彼女は彼女だった。


 でもひとつ気になったのは——


「わたしはあなたのことなんて知らない。もしかしてストーカー?うわあ——やめた方がいいよ。人生棒に振るよ?」


「いやいや!違うから!ストーカーじゃなくて、わっ!これはスカートだー!」


 私は自身の下半身を指差し小ボケをかます。

 少しでも場を和ませようと思ってのこと——けれどその思惑は失敗、どころか大大大失敗!


 どうしてか辺りは閑散に包まれていた。

 まるで世界が止まっているかのような酷い閑散である。


「は?」


 閑散を打ち破ったのは海音ちゃんのドスの効いた『は?』だった。


「な、なーんてね?嘘嘘。いやマジで。これスカートじゃないわキュロットだあ!」


「何言ってんの?」


「と、いうのは冗談です。わ、私ストーカーじゃないよ!」


 ど、どうやら本当に忘れてしまったらしい。

 いや、どうだろう。もしかしたら昨日の全てが夢だったという可能性の方が高いかも。


 だって私一日で忘れられてしまうほどモブ顔じゃないし。

 かといって一日で記憶を失ってしまうなんてのもあまりにも現実味がなさすぎるし。

 じゃあ夢オチってことにしたら誰も傷つかないし良いんじゃない!?


 そういうことにしておこう——

 いやあ。まさかの夢オチとは!想像もしなかったよ!


「ストーカーじゃないんだ」


「そうそう!全く違う!むしろこの世のストーカーを取り締まりたい側になりたいくらいだよ!」


「へー。でもやめた方がいいよ。百歩譲ってストーカーじゃなくてもあなたは立派な変質者だから」

 

 百歩譲らないで!

 ——てか変質者って何!?


「もう話しかけてこないでね。次話しかけてきたら彼氏に言うから」


 衝撃が音を立てた。

 夢の話とはいえ乙女の純情を弄ばれた!

 だって彼氏がいるなんて聞いてないもん!

 いや!効いてるけども!


「か、彼氏いるの!?」


 私は3拍くらい置いてようやく言葉を紡いだ。

 それくらいには傷を負っていたのだ、心に。


「いるよ。とても優しくて大好きな彼氏」


「うっ、やめて。傷つきすぎてそろそろ死にそう」

 

 付き合って一日で浮気されるなんて——やだ、私の彼女力低すぎ?

 夢の話とはいえすごく傷つく!


「てかなんであなたが傷付くの?私となんの関係もないのに」


 海音ちゃんは心底不思議そうに首を傾げた。


「うううっ」


 それがまた私の心に傷を付ける。

 涙そろそろ出しても良いかな?


「うるさい」


「あ、はい。すみません」


 涙なんて出る気配もなく、それより先に謝罪の言葉が口を吐く。


「じゃあ、バイバイ。永遠にね?」


 海音ちゃんは小悪魔めいた笑顔を向けて、悪魔みたいなことを言ってきた。

 そして彼女の姿はだんだんと小さくなっていく。

 1分もしない内に彼女の姿は夕焼け空に消えた。


 それから私は考える——

 

 私は彼女からなんでこんなにも嫌われているのかと——


 私がした事といえばせいぜい馴れ馴れしく名前を呼んだくらいのものだし。

 怒られはすれどもあそこまで嫌われる意味が分からない。


 まあ分かる必要も、もう無いか。


 だって私の恋は終わっちゃったんだから。

 

「はあ」


 私は思わずため息を吐いた。

 今日くらいはため息を吐いたって良いでしょ——


 

 構わず次の日はやってくる。

 次の日は憂鬱も憂鬱、本当に何に対してもやる気が出なかった。


 勢いで学校をやめてやろうかなどと考えてしまうくらいには私は参っていた。

 いや、やめないけどね。


 まあとりあえず放課後。

 私はそそくさと学校を後にする——と、誰かが私を呼んだ。


「冬」


 も、もしかして!?


「えっ!なに!?」


 肩を震わせ、声の方向を向いてみる。

 

「うわお!びっくりするじゃん!急に振り向かないでよ、冬」


「なんだ。香澄か」


「なんだとはなんだ!ウチで悪かったわね!絶世のイケメンに話しかけられたとでも思ったか!?」


「いや別に。私は男に興味なんてないし」


 何を期待しているのか。

 名前を呼ばれただけだ。友達の相野香澄に。

 でもどうしてか、その声が『あの子』の声に聞こえたのだ。

 というか、今日は誰かが喋るたびに私はびっくりしていた。

 

 なぜだか分からないんだけど——全てがあの子の声に置換されているのだ。


 これは、いよいよ末期か?


「あーそう?じゃあ冬は女に興味があるの?」

「うーん。まあ男よりはそうかな」


「ぬあっ!まさかこの絶世の美少女の香澄が好きと!?そう言うわけ!?」

「好きじゃないし。むしろ嫌いだわ。自信を持って」


「自信持つなし!」

「いたあ」


 ペチンと私の頭に香澄の掌が落ちた。

 とりあえず痛そうにしておく。


「これはウチを無碍にしたバツ」


「はいはーい」


 私は適当な相槌とジェスチャーを香澄に送った。


 香澄と中身のない会話を繰り広げながら歩く帰り道。

 そんなくだらない日常。

 別に楽しくないわけではないけ、ど——って。


 そこで視界に入る。

 言わずもがな、またもやあの子が。海音ちゃんだ。


 偶然にも昨日と一昨日と同じ場所で。

 どうやら何かを待っているみたいだった。

 なぜならとっても手持ちぶたさでソワソワキョロキョロと首をあちらこちらに傾けているのだから。


 話しかけようか——悩んだがやっぱりやめた。

 昨日あんなにこっ酷く嫌われた私に芽なんて無い。

 だから依然続けよう。

 意味を持たない会話を——


「ねえ。人の意識と感覚って何が違うんだろうねえ。冬はどう思う?」


 いや中身めっちゃある!?有意義な議論じゃん。


「えー——」


「私的にはさ——」


 そこで有意義な議論に邪魔が入った。

 美しい声で打ち止めを余儀なくされる。


「ああっ!」


 それは驚きの感情が籠ったものだ。

 けれどそれでいてその声は美しいのだからおかしいと思う。


 同時にその美少女『海音ちゃん』は私を指で差した。

 どうやら私に気付いたみたいだ。


「香澄、話を続けよう」

「え、でも?」


 香澄はあんぐりとした顔で海音を見つめている。

 その気持ちは分かる。痛いほどに。

 初めて海音を見た時は本当に時間が止まっていると思ったほどだ。


 けれど、私は嫌われている。

 もう傷付きたくないのだ。

 

 どうせまた、心臓へ言葉のナイフを滅多刺しでジエンド。

 私はそういう運命なのだ。


 だから、今は有意義な議論を続けよう——


「ねえ!無視しないでよ!」


 議論を——


「香澄!」

「え、いやでもさ」


「早く!私は意識と感覚の違いをとことんまで議論したいの!」

「いやどんな気分?——そんなことよりさウチたちめっさ美少女に話しかけられてるよ?」


 本当は分かっていたのだ。


「ねえ冬ちゃん!無視しないでって!彼女の言葉を無視なんて、いけないことなんだよっ!」


 今目の前にいる『海音』は私の知っている彼女なのだと。


「えへへ。やっとこっち向いてくれたー!」


 でも怖かった。

 期待するのが怖かった。

 だから保身に走ることにしたのだ。


「海音、ちゃん?」


「そうだよっ!ふゆちゃんの彼女の海音でありますっ!」


 海音ちゃんはシュパッと敬礼ポーズを決めながら笑みを作った。

 そんな彼女はとびきりに可愛い。


 本当は分かっていたのだ。

 彼女の美声は全く邪魔なんかではなくて。


 本当に邪魔だったのはこの有意義な議論とやらだったのだと——


 嬉しさだけで私は彼女を抱きしめた。


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