第6話 武勇祭の幕開け~揺れる心~

 無機質な女性の声が聞こえた。


『対戦相手が決まりました。速やかに闘技場まで移動してください』


 二人は貸し出されている武器を握り締め、立ち上がった。僕も覚悟を決め、立ち上がった。二人の真剣な表情を見て、僕はまた緊張してしまった。彼女が僕に声をかけてきた。


「アイン・ベルガー、緊張していますか?」

「はい」


 彼女が優しくほほ笑んで僕に右手を差し出した。


「私の手を握ってください」


 僕は言われた通り、彼女の手を握った。彼女の手は震えていた。


「緊張しているのは、アイン・ベルガーだけではありません。去年の私はアイン・ベルガーよりも緊張していました。他の参加者もそうです。これは誰しもが通る道です。武勇祭を楽しんでください」


 彼女の言葉で僕の緊張が少し和らいだ。僕は彼女の手を放した。


「エレナさん、ありがとうございます」


 彼女が頷いた。


「クリス、アイン・ベルガー、武勇祭を楽しみましょう」

「はい」「はい」


 僕たちは闘技場に向かった。


 闘技場に入ると、客席から歓声が湧き上がった。大勢の人に見られていると、また緊張してしまう。僕たちは対戦相手と対峙たいじした。対戦相手の三人は顔が強張っていた。僕と同じで緊張しているようだった。それが伝わり、僕の緊張が少し和らいだ。僕たちは互いに一礼し、各々が配置についた。彼女を先頭に、僕たちは少し離れた位置から横並びで立った。中央に数字が表示される。この数字を合図に試合が開始する。フライングしたアルカニストはペナルティとして異能が使用できなくなる。僕はカウントダウンされる数字を注視した。何もしなくていいと言われたが、練習するぐらいは許されるだろう。数字が消滅し、全員が一斉にエンチャントコードを唱えた。


「――運命の輪よ、廻れ!」

「――静かに、力を解放せよ!」

「――勝利は我が手に!」


 全員がオーラを身にまとっていた。だが、僕だけが違った。二人のオーラは赤色だったが、僕のオーラは黒色だった。気持ちは高揚していた。早くこの力を試したかった。


 僕の肩が掴まれた。振り向くと、彼が首を振った。ふと気付くと、僕は前に進んでいた。


「アインくん、深呼吸をしてみよう」

「えっ?」

「いいから、いいから」


 僕は彼の言う通り、呼吸を整えた。


「気分は落ち着いたかな?」


 一体何を考えていたのだろうか。僕は異能を使用しないと約束したのに。


「はい」


 僕は元の位置に戻り、心の中で彼女を応援した。


 彼女は一人で三人を相手にしていた。冷静に相手を観察しながら、攻撃を避けていた。相手に隙が生じれば、すかさず長剣で攻撃した。その姿を美しいと思ってしまった。


「さあ、私をもっと楽しませなさい」


 一人を戦闘不能にしたとき、彼女の口角が上がった。楽しそうに笑っていた。


「ひっ!」


 一人が怯えて後ずさったのを彼女は見逃さなかった。


「甘美な声を私に聞かせなさい」


 長剣で相手を深く斬りつけ、戦闘不能にした。それを見ていた最後の一人から悲鳴が響き渡った。すぐさま相手は彼女に背中を見せて逃げ出した。


「逃げるの? もっと楽しませてくれると思ったのに」


 彼女が相手を追いかけ、背後から長剣で胸元を一突きした。


「もう少し楽しめると思ったのに、残念」


 長剣を引き抜き、相手を地面に投げ捨てた。


「さようなら」


 そして、とどめを刺し、戦闘不能にした。歓声が湧き上がった。戦闘不能になった三人は場外にいた。どこかほっとしているようにも見えた。


 彼がため息をついた。そして、僕に説明してくれた。


「リーダーは異能を使うと、性格があのようになるんだよ」

「それで、誰も声をかけないんですか?」


 彼は苦笑いしながら教えてくれた。


「あれさえなければ、俺が声をかけるんだけどね」


 僕も苦笑いしてしまった。だけど、僕はあの時の彼女を美しいと思ってしまったんだ。これは憧れとは違う。だって、今も胸がドキドキしている。


 彼女が僕たちのところにやってきた。


「勝てたようで安心しました。これもガイア様のお導きです」

「リーダー、お疲れさまです。まだ大丈夫ですか?」

「はい、問題ありません」


 彼女の活躍により、僕たちの快進撃は続いた。


 四戦目の対戦相手には、彼女と同じカテゴリーリーダーがいた。


「エレナさん、一人で頑張っているようですが、僕を相手にして勝てると考えていますか?」

「イザーク、確かに勝算は低いですが、ゼロではありません」


 イザークさんが僕に顔を向けた。そして、優しくほほ笑んだ。


「アインくん、初めまして。僕は水のカテゴリーリーダー、イザーク・ド・ラ・モンテーニュと申します。以後、お見知りおきを」


 丁寧にお辞儀までされたので、僕も自己紹介を始めた。


「アイン・ベルガーと申します。よろしくお願いします」


 僕はイザークさんにお辞儀をした。彼の髪は、貴族の肖像画に描かれたような見事なカールが特徴だった。柔らかく波打つ髪が額から後ろへと流れ、光を受けて滑らかな輝きを放っていた。サイドからバックにかけての髪は、やわらかな曲線を描きながら優雅に揺れ、彼の洗練された風格を一層引き立てていた。気品を漂わせるその髪形は、彼の存在感を際立たせていた。所作や身なりからして高貴な身分であることがわかった。


 イザークさんは彼女に優しくほほ笑んだ。


「トレードの件ですが、僕が勝った場合、アインくんを指名します」


 そう、武勇祭には勝者のチームが敗者からメンバーの一人を選んで交換することができるのだ。なぜ僕が選ばれたのだろうか。


 クリスさんが彼女に声をかけた。


「リーダー、俺が二人を相手にします」

「クリス、頼りにしています」


 彼女が僕に声をかけた。


「アイン・ベルガー、私たちを信じてください。必ず勝つと約束します」

「はい」


 僕は二人を信じて配置についた。そして、試合が開始された。この試合で僕は異能昇華症と向き合うこととなった。

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