第7話 怒りの冥凰

 開始の合図と同時に、全員がエンチャントコードを唱え、彼女はイザークさんに目にも留まらぬ速度で突撃した。


 迅烈火翼じんれつかよく、極限まで速度を高める彼女の異能だ。


 彼女は一撃で終わらせるつもりだった。しかし、イザークさんに攻撃が届く前に、彼女の動きがぴたりと止まった。彼女の体に水がまとわりつき、動きを封じ込めたのだ。そして、イザークさんは優しくほほ笑んだ。


「エレナさん、怪我人が無理をしてはいけませんよ。もし、あと一秒でも速ければ、この僕を倒せていたのかもしれません。実に惜しかったですね」


 イザークさんの嘲笑が響き渡り、彼女が悔しそうな表情をした。


 一方、クリスさんは二人を相手に苦戦していた。


 紅炎眼こうえんがん、相手の行動を先読みするクリスさんの異能だ。


 槍で二人の攻撃を防いでいたが、時間の問題だった。相手の一人がクリスさんの足元を狙い、もう一人が高く飛び上がり、上から攻撃を仕かけた。


「くっ、これ以上は……」


 動けるのは僕だけだった。しかし、彼女から異能の使用を禁止されていた。僕は拳を握り締め、無力な自分を呪った。


 イザークさんは観客席にお辞儀をした。


「それでは一曲、お聴きください」


 イザークさんが指を鳴らすと、彼女の全身で小さな破裂音が響き渡る。それに合わせて、彼女の苦痛の声が聞こえた。彼女の顔が苦痛に歪むのを見て、胸が締め付けられる。


「やめろよ! そこまでする必要ないだろう!」


 頭に血が上る。体に熱がこもる。呼吸が荒くなる。今にも自分がどうにかなりそうだった。


「アインくん、約束を破ってすまない」


 クリスさんが戦闘不能になり、消滅した。僕の判断が遅れたから、二人は傷ついてしまった。


「アイン・ベルガー、感情に身を任せてはいけません!」


 イザークがため息をついた。


「せっかくの演奏が台無しですよ」


 イザークは彼女に近づき、次の瞬間、その頬を殴りつけた。イザークの冷笑とともに、彼女の痛々しい呻き声が響いた。


「やはり暴力は野蛮ですね。手を痛めてしまいました。終わりにしましょう。後は任せます」


 クリスさんを相手にしていた二人は僕に目もくれず、彼女に近づき、攻撃し始めた。彼女が僕に優しくほほ笑んで、消滅した。


 僕の中で何かが吹っ切れた。もう感情をコントロールできない。イザークが何か話しているが、何も聞こえない。


 僕の目の前に黒い炎の柱が立った。


 コイツラハユルセナイ――


「――アイン・ベルガー、感情に身を任せてはいけません! 私との約束を忘れたのですか!」


 僕は彼女の声で我に返った。場外にいる彼女に笑顔を向けた。そして、二人を傷つけたイザークたちを睨みつけた。


冥凰めいおう!」


 炎が一羽の大きな火の鳥へと姿を変える。


「君たちは僕の盾になってください。あれの威力を知りたい」

「リーダー、俺は嫌ですよ」

「俺も嫌ですよ」


 イザークが舌打ちをした。


「僕の霧水破砕むすいはさいで無防備にしてもいいんですが、どうしますか?」


 二人は嫌そうな顔をしながらイザークの前に立ちふさがった。


「アインくん、お待たせしました」

「別に待っていませんよ。でも、並んでくれたおかげで楽に終わりそうです」


 僕は冥凰を解き放った。冥凰がイザークたちに向かって突撃する。イザークの仲間が冥凰に触れた瞬間、消滅した。


「くっ! これほどの威力とは!」


 イザークはすぐに防御に徹した。それは三枚の水の盾だった。しかし、冥凰は止まらない。火は水に不利だが、


「まさか、この僕が負けるのか!? あり得ない! あり得ない! あり得ない!」


 冥凰がすべての盾を破壊し、イザークの体を貫いた。そして、冥凰とともに消滅した。


 試合が終わり、二人が駆け寄ってきて、渇いた音が響いた。彼女から頬をビンタされた。


「アイン・ベルガー、どうして私たちとの約束を破ったのですか!」


 初めて感情的な彼女を見た。


「ごめんなさい」

「私たちはトレードされても取り返すつもりでした」

「僕はエレナさんともクリスさんとも戦いたくありません。だから、異能を使用しました」


 彼女が手を振り上げた。クリスさんが彼女の手を掴んだ。


「リーダー、冷静になりましょう。今回は俺たちが先に約束を破ったのです」


 彼女がうなだれた。


「そうでした。アイン・ベルガーに非はありませんでした。それなのに、私はアイン・ベルガーを責めてしまった。今日は解散しましょう」

「アインくん、明日は食堂で待っているよ」


 こうして武勇祭の初日は幕を閉じた。この時の僕は初めて誰かのために怒りを覚えたことを、今でも覚えている。そして、異能昇華症を克服した。

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