第4話 決断の時
僕が目を覚ますと、全身に脱力感があった。天井を見上げると、見慣れない部屋の白い天井が視界に広がった。右手を見ると、点滴が打たれていた。状況から医務室にいることを理解した。しかし、一体何が起こったのだろうか。あの後、訓練場に向かったところまでは覚えている。
記憶をたどろうとしていると、医務室にエレナさんが入ってきた。僕の隣で足を止めた彼女が、厳しいまなざしで僕を見下ろした。
「アイン・ベルガー、気分はいかがですか?」
僕は素直に答えた。
「頭がぼんやりして、体が重いです」
「それは脱水症状です。安静にしていれば回復します」
「何が起きたのか覚えていますか?」
「訓練場に向かった後の記憶がありません」
「アイン・ベルガー、落ち着いて聞いてください」
彼女は僕にこれまでの経緯の説明を始めた。
「訓練場で異能を使用してもらいました。すると、アイン・ベルガーに異変が生じたため、私が無力化しました」
「異変、ですか?」
「異能昇華症と呼ばれる症状です」
「僕は病気なんですか?」
彼女は首を振った。
「一部のアルカニストにだけ発生する症状です。異能を行使する際に力を制御できず、自我を失うのです」
その言葉に驚きと不安を感じた。僕は恐る恐る彼女に尋ねた。
「僕はアルカニストにはなれないんですか?」
彼女は首を振った。
「過去に異能昇華症を克服した方もいます。異能昇華症はまだ解明されていない点が多くあります。主にストレスが原因と言われています。アイン・ベルガーは王立魔導学園に来たばかりです。環境の変化にストレスを感じていたのでしょう」
確かに、言われてみれば、そうかもしれない。
「私が言ったことを覚えていますか?」
思考は鈍かったが、ちゃんと覚えていた。
「僕はアルカニストを辞めなければならないのですか?」
「異能昇華症とわかって辞めた人もいます」
不自然な表現が気になった。
「まだ開発途中ですが、異能昇華症を抑える薬があります」
薬には抵抗があった。でも、僕がアルカニストを辞めると、きっと両親が悲しむと思った。自分のことのように喜んでくれたのに、悲しませたくはなかった。
「……辞めたくありません」
「わかりました。アイン・ベルガーの意志を尊重します。今は安静にしてください」
それだけ言うと、彼女は医務室を出ていった。
*
先生の許可が下りたので、僕は慣れない制服に着替えた。白いワイシャツに袖を通し、ボタンを留め、黒いスラックスを穿いた。首元に青いネクタイを結び、茶色のロングブーツを履いた。そして、シンプルな黒い外套に袖を通した。学園は独自に開発したワイシャツとスラックスを制服として採用している。高度な技術と職人によって作られたこれらの衣服は、機能性と美しさを兼ね備えており、アルカニストの間では人気が高いことを彼女が教えてくれた。僕も制服については気に入っていた。
受付で薬が入った小瓶を受け取り、外に出た。
外はもう日が暮れていた。おなかが空いていたので、食堂に向かった。
僕はこれから異能昇華症と向き合わなければならない。そうしなければ、学園を去ることになってしまう。それだけは避けたかった。
食堂は大勢のアルカニストで混雑していた。僕はトレイを手に取り、料理を選んだ。空いている席を探していると、彼女を見つけた。同じ年齢ぐらいの男性と食事をしていたが、二人とも険しい表情をしていた。気まずかったが、空いている席はそこしかなかったので、勇気を出して声をかけた。
「あの、ご一緒させていただいてもよろしいでしょうか?」
二人が僕に顔を向ける。
「アイン・ベルガー、構いません」
僕が席に座ると、男性が僕を睨んだ。
「クリス、私との約束を忘れましたか?」
「しかし、リーダー……」
「それに、もう済んだことです」
彼はなぜか怒っていた。そして、愛想なく自己紹介を始めた。
「俺はクリス・ヴァレンタイン。君の話はリーダーから聞いているよ」
金髪の前髪が逆立っているのが印象的だった。鼻筋の通った顔立ちをしている。僕とは比べ物にならないほどの美形だった。二人は美男美女で婚約関係なのか気になった。いや、お似合いの二人だから、きっとそうに違いない。
「アイン・ベルガーと申します」
「知ってるよ」
彼の声には苛立ちがこもっていた。僕はこの場から一刻も早く立ち去りたかった。
「ガイア様の恵みに感謝します。いただきます」
僕が静かに食事をしていると、彼の視線が気になった。
「リーダー、この際、彼に出てもらうのはどうですか?」
「ですが……」
「このままではリーダーの夢が叶いません」
彼女が困惑している。僕は食事を中断し、二人に質問を投げかけた。
「一体何の話をされているのですか?」
彼が笑顔で説明を始めた。
「アインくん、学園では王立記念日から七日間、朝から夜まで武勇祭が開催されるんだよ」
「武勇祭とは何ですか?」
「三人でチームを組んで、アルカニスト同士で勝負するんだよ」
僕には一つの疑問があった。
「当日に三人決めるんですか?」
彼は首を振った。
「いや、チームは既に決まっているよ。でも、一人が体調を崩してしまったんだ」
そう言われても、僕は異能昇華症だから参加しても二人に迷惑をかけてしまう。
「リーダーからアインくんの事情は聞いているよ。アインくんは何もしなくてもいいよ。リーダーがいれば百人力だからね」
彼は自信満々に言い、僕にウィンクした。
「リーダーもそれでいいですか?」
黙って聞いていた彼女が口を開いた。
「アイン・ベルガー、私からもお願いできますか?」
断る雰囲気ではなくなってしまった。どうして僕はこんなにも気が弱いのだろうか。
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