第2話 王立魔導学園への第一歩

 時間がたつのは早いもので、約一時間が過ぎたと感じた。途端に馬車が止まった。


「お客様、王立魔導学園に到着いたしました」


 僕は馬車から降り、運転手にお礼を述べた。運転手の顔は見えなかったが、左手の親指を立てて、僕を応援してくれた。そして、そのまま馬車を走らせた。


 王立魔導学園。これから僕が力をつけ、一人前のアルカニストになる場所だ。未知の場所もあるだろうが、やはり緊張する。


「『下ばかり見ていないで前を見るんだ』……か」


 門は閉ざされている。周囲には誰もいない。


 これは、勝手に入っていいのだろうか?


 門に近寄ると、自動で開き、無機質な女性の声が聞こえてきた。


『アイン・ベルガー様、王立魔導学園へようこそお越しいただきました。中にお入りください。我々はあなたを歓迎いたします』

「お邪魔します」


 王立魔導学園に足を踏み入れた。石畳を真っすぐ歩いた先には、大きなベージュ色の建物が建っていた。両脇に生えている芝生はきれいに手入れされていた。歩いていると、台座の上に教会で見かけた石像が立っていた。台座には【創造神ガイア】と彫ってあった。僕は地面にカバンを置き、ガイア様に祈りを捧げた。覚醒したときは複雑な気持ちだったけれど、きっかけをくれたことに対して感謝の念を伝えたかった。覚醒しなければ、僕は前に進むことができなかっただろう。カバンを拾い、奥にある建物に向かった。


 建物に入ると、僕と同じ年齢ぐらいの女性が立っていた。彼女の黒髪は腰まで伸び、頭の後ろで一本に束ねられていた。大きな目とバランスの取れた顔立ちは美人だった。見たことのない赤い服を着ていた。


「私はエレナ・グレイスハートです。アイン・ベルガー、予定より遅かったようですが、何をしていたのですか?」


 強めの口調に、つい後ずさった。彼女は厳しい表情をしている。


「ごめんなさい、ガイア様の石像があったので、感謝していました」


 僕の答えを聞き、彼女の目が優しくなった。


「アイン・ベルガー、信仰心は大切です。今のことは不問にします。学園長のところに案内しますので、ついてきてください」

「はい」


 僕は彼女の後について行った。彼女は美しい女性で、胸がドキドキしていた。話しかけたいけれど、僕にそんな勇気はなかった。


『学園長室』と書かれた部屋に入った。


「学園長、お待たせしました」

「エレナくん、ご苦労さまです」


 学園長が僕の前に来て、右手を差し出したので握手をした。


「アインくん、初めまして。私が学園長のシドと申します」

「アイン・ベルガーと申します。今日からよろしくお願いします」


 あいさつが終わったので、握手をやめた。


「今からアインくんのエンチャントリングを作成します。隣の装置に右手を置いてください」


 エンチャントリングが何かわからないけれど、言われた通りにした。


「少しの間、右手を動かさないでください」


 右手が赤い光に照らされる。三秒ほどだろうか。光が消えた。


「アインくん、これで完了です。体調に違和感はありませんか?」

「はい」


 学園長が彼女に顔を向けた。


「エレナくん、アインくんのエンチャントリングが完成するまで、学園の案内をお願いできますか?」

「はい」


 彼女が僕を一瞥する。


「アイン・ベルガー、王立魔導学園を案内します。ついてきてください」

「はい」


 彼女が部屋を出る。僕はその後を追った。


 廊下を歩きながら、僕は勇気を出して彼女に質問を投げかけた。


「あの、エンチャントリングとは何ですか?」

「これがエンチャントリングです」


 彼女が見せてくれたのは、右手の中指にはめた金色の指輪だった。指輪には装飾がないシンプルなものだった。


「エンチャントリングは、アルカニストにとって命の次に大切なものです」

「命の次に、ですか?」


 彼女が頷いた。


「エンチャントリングがあるからこそ、アルカニストは異能を行使できます」


 僕には彼女の言っていることが理解できなかった。


「エンチャントリングがないと、異能が使えないんですか?」

「はい、アルカニストは、エンチャントコードを唱えることで異能が行使できます」


 顎にそっと手を当てた。父さんはエンチャントリングを身につけていなかった。


「アルカニストは、世間からすれば畏怖の対象です。アルカニストというだけで家族を殺された人もいます」


 アルカニストは治安を守る正義の味方だと思っていた。だから、彼女の話を聞いて言葉を失った。彼女は少し考え込んでから言葉を発した。


「エンチャントリングを手放せば、アルカニストを辞めることもできます。覚えておいてください」

「はい」


 僕は緊張と興奮が入り混じった気持ちで胸が高鳴っていた。しかし、そのとき、僕のおなかが大きな音を立てて鳴った。ふふっと彼女が笑った。


「少し早い時間ですが、食堂に案内します。ついてきてください」


 彼女は規律を重んじる人だと僕は勝手に思い込んでいた。だから、ほっとした。学園の食堂で食事をするのは初めてだった。少しでも彼女と会話するチャンスが増えることに内心、喜びも感じていた。しかし、残念なことに、彼女と仲良くなりたくてもその方法がわからなかった。会話するにしても、話題がない。

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