第1話 異能の宿命と両親の期待

 僕は学園の闘技場にいた。目の前には、仮面で顔を覆い隠した不審者が上着のポケットに手を突っ込んで立っていた。金髪を頭の後ろで一本に束ねていた。小柄な体格からして女性であることがわかる。彼女には見覚えがあった。確か、セブンと名乗っていた。


「セブン、僕はどうして学園にいるの?」

「ここは君の記憶を基に再現した世界だよ」


 僕には、セブンの言葉が理解できなかった。


「生死の狭間と言えば伝わるかな? 多重魔法とはいえ、一人の身にはあまりにも負担が大きすぎた。だから、君の肉体と魂は別れてしまったんだ」


 その一言で僕は理解した。しかし、僕には気がかりなことが一つあった。


「僕は役目を全うできたのかな?」


 セブンが頷いた。


「魔王ヴァルガスは討たれたよ」

「よかった」

「いい感じに話を終わらせないでくれるかな? 私との約束を忘れたのかい?」


 僕は首をかしげた。


「約束……?」


 目を閉じて、記憶をたどった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 父さんが力強いまなざしで僕を見ている。


「アインは俺の息子だからアルカニストになれる! いや、絶対になる!」


 父さんの隣では母さんも笑顔で頷いている。


「行ってきます!」


 僕は笑顔を作って足早に外に出た。


 頭には不安な感情が広がる。自分の将来や異能について不安気な思いが頭をよぎる。


 この世界では、十六歳になると教会で祈りを捧げることになっている。神から啓示を受けると異能と呼ばれる能力を授かり、アルカニストになることが決まっている。アルカニストは全人口の〇・三パーセントしかいない。アルカニストになった場合、王立魔導学園で訓練し、危険な仕事をしなければならない。


 僕はそれが嫌だった。しかし、アルカニストになれば、国からの補助金が出るし、家族の爵位も上がる。両親の期待を背負い、僕はその重圧に押し潰されそうだった。


 アルカニストにはなりたくない。それが僕の本音だ。でも、両親の期待を裏切りたくはない。


 ため息が漏れた。


「僕は優柔不断だな」


 自分で言うのも情けないけれど、僕は内気で臆病だから友達がいない。家ではいつも母さんの手伝いをしている。


 父さんはアルカニストだから僕に期待している。今日は僕のために休みまで取ってくれた。両親が円満なのは嬉しいけれど、僕のせいで険悪になってしまうのは避けたい。


 そんなことを考えているうちに、教会に着いた。


 教会に入ると、立派な像が立っている。この世界を創った神と呼ばれている。


「像の前で祈りを捧げる……だったかな」


 像の前に立ち、胸元で手を組み、目を閉じた。すると頭の中で女性の声が聞こえてきた。


『これは私からのアドバイスだよ。君が望めば英雄にだってなれる。だから自信を持つんだ』


 えっ?


「ッ!」


 右手の甲に痛みが走った。頭の中では、未知の知識が濁流のように流れ込んできた。それが異能であることはすぐに理解した。目を開けて、右手の甲を見ると、赤い十字架の紋章が浮かんでいた。


「良かった……」


 これで本当に良かったのだろうか? 僕の未来が決まってしまった。


 首を振った。


 これで良かったはずだ、と自分に強く言い聞かせた。


「家に帰ろう」


 本来なら喜ぶべきはずなのに、足取りは重かった。


 *


 家に帰ると、父さんが庭で剣を素振りしていた。素振りしながら、僕に声をかけてきた。


「アイン、どうだった?」


 僕は笑顔を作って、父さんに紋章を見せた。父さんが素振りを中断し、嬉しそうな笑顔で頷いた。


「さすがは俺の息子だな。どんな異能を授かったんだ?」

「火を生み出して自在に操る魔術師系の異能だよ」


 父さんは自身のことのように喜んだ。


「アインが武人系だったら、俺が剣術を教えてやる予定だったが、まあいいか」


 そういえば、僕は父さんの異能を知らない。何度聞いてもごまかされて教えてくれなかった。


「早速、王立魔導学園に行くか」

「父さん気が早いよ。まだ母さんに報告してないよ?」

「そうだったな」


 父さんは笑いながら家に入った。僕も後に続いた。


 母さんは箒で床掃除をしていた。手を止め、僕たちの顔を見て、自身のことのように喜んだ。


「アイン、おめでとう」


 改めて言われると、少し照れくさい感じがした。


「うん、ありがとう」


 母さんの表情が少し曇った。僕を心配していることがわかった。


「母さん、僕は立派なアルカニストになって帰ってくるから心配しないで」


 アルカニストになった以上、王立魔導学園にある寮で生活することが決まっている。過去に異能が暴発して、家が木っ端微塵になった事例がある。それ以降、寮での生活が義務付けられている。王立魔導学園は異能の制御を学ぶ場所でもある。


「荷物を取りに行くね」


 僕は自分の部屋に向かった。


 昨夜、準備しておいたカバンを手に、両親の元に戻った。


「メアリー、行ってくる」

「母さん、行ってきます」

「はい、行ってらっしゃい」


 僕たちは母さんと別れ、外に出た。


 歩き始めて数分、無言だった父さんが口を開いた。


「アイン、恋人……は難しいか。友人を作ってこい」


 言葉に詰まった。


「俺たちはずっと家にいるアインのことを心配しているんだ。独身というのも嫌だろう?」


 想像したくないけど、現実になりそうで怖い。


「そうだけど……」

「アインから勇気を出して話しかければ、案外簡単にできるものだ」


 だといいけど……。


「頑張るよ」


 父さんに背中をパンッと叩かれた。


「下ばかり見ていないで前を見るんだ」


 父さんはいつも明るい。僕も父さんのようになれればいいのに。


 馬車の乗り場で、僕は父さんと別れ、馬車に揺られながら王立魔導学園へ向かった。

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