第36話 馬車

 俺たちはギルドに来るなり、高難易度の依頼を受注する。

「なるほど。フェンリルの討伐か。やってやるさ」

「ねぇ。本当にイリナさんを置いてきて良かったの?」

 レジュが少し不安そうに瞳を揺らす。

「なんだ。気になるなら行ってこいよ」

「いや、さすがに姉妹の感動の出会いを邪魔はできないよ」

「そうですね。。あれでは入り込む余地もなさそうでしたし……」

 ハイソケットも哀しげに目を伏せる。

「ここでまごついていても仕方ない。行くぞ」

 俺はぶっきら棒に言うと、ハイソケットとレジュをつれてフェンリルのもとに向かう。

 フェンリルは想像上の生き物で、オオカミの一種だ。

 ただし馬鹿でかいし、ゲーム内だと様々な能力を持っていることが多い。

 簡単に言ってしまえばオオカミの神様みたいなところがある。

 白銀の体毛をしていて、昔は毛皮として狩りにあい、今では絶滅危惧種。だが、その強大な力は野放しにできない。

 家畜を食べ、人を襲う危険な獣。

 というのがこのゲームにおけるフェンリルの設定だ。

 一日に千キロメートルを移動し、獲物を探して回る。

 だから、俺たちも出会える可能性の低い土地にはいかない。

 近隣で一番最近に被害のあった村に向かっている。

 そこからフェンリルの光跡をたどる。

 やつがどこにいたかをはっきりさせれば今の地点を算出できるはずだ。

 俺はタウリンの街から西に六十キロの村・サムスにたどりつく。


「そうなんですよ。こんなに大きなオオカミが突然、村を襲ったのです」

 生き残った老人はそう話す。

 フェンリルがこの街を襲ったのなら、乱数さえあえば……。

 ゲームは数学だ。

 様々なデータをもとに演算をして割り出すコンピュータだ。

 コンピュータは計算機のことである。

 つまり、数学が得意ならこのゲームの構造を理解し、演算によって世界を支配できる。

 もっとも、そんなことをすればゲームの醍醐味は失われる。

 が、これは現実なんだ。

 もう後戻りもできない。

 俺はこの現実ゲームに打ち勝たなければならない。

 レジュもハイソケットも死なせない。

 となれば、俺も本気で戦わなくちゃいけない。

 俺は地面についた足跡を見る。

「これはフェンリルの足だな。それにこっち、糞がある」

 一流のハンターはその足跡と糞から獲物の位置を算出する。

 だから俺にもできるはずだ。

「この先にある村といえば?」

「インドメタシンです」

 ハイソケットが顔色を変える。

「まさか、襲われるのですか?」

「ああ。恐らく」

 そう告げると、この村にある馬車を一台借りよう。

 俺は馬車の止めてある村はずれに行く。

「なんだ? 兄ちゃん。この村のもんじゃないな?」

「あれですよ。ギルドから冒険者とやら」

 男二人組がそう言ってケラケラと笑う。

「馬車を一台貸して欲しい」

「あん? この村の状況わかっている? 洗面器一個ですら足りないんだよ」

「帰った帰った」

 この状況でさらに被害を出す訳にはいかない。

 フェンリルは足自慢だ。

 俺たちが徒歩でいけば間違いなくインドメタシンの村は滅びる。

 だが、馬車ならまだ間に合う。

 それが分かっているから借りようとしているのだ。

 でも目の前にいる男二人は理解していない。

 説明しなきゃ……。

「俺たちはフェンリルの討伐に向かいます。そのためには馬車が必要なんです。お願いします」

 ペコリと頭を下げる。

「ああん? あんたみたいなひよっこがフェンリルに勝てるとでも?」

「おれら、村のもんが百人集まっても倒せなかったのに?」

「お願いします!」

 それを見ていたハイソケットとレジュも頭をさげる。

「インドメタシンの村を滅ばせるわけにはいかないんです」

 村の名前を出した瞬間、彼らは顔色を変えた。

「そりゃ悪いとは思うが、おれらはこれからタウリンから補給物資をもらいにいくんだ。この村を生かすために」

「お前たち。行かせてやれ」

 最初にあった老人がやってくる。

「だが、このボウズ達死ぬぜ?」

「災害級の獣に挑むなんて風車に挑む愚かな騎士でっせ?」

「彼らに賭けてみようと思う。S級冒険者とやらに」

「S級!?」

「あの国家試験の!?」

「そうじゃ、彼らなら……」

「で、でもS級って千年に一度の才能と、五十年の実力を重ねないといけないのでは?」

 なおも食い下がる男二人。

 俺は冒険者カードを懐から出す。

「これが証拠です」

 冒険者カードを見た男二人は目の色を変える。

「本当だ」

「マジかよ……」

「お願いします。馬車を貸してください」

 俺は地面に額をこすりつける。

 土下座だ。

 ここまでして落ちないのなら、もう諦めるしかない。

「……行ってください」

「マウマ!」

「この討伐をしなきゃ、アイシアも危ない」

「そりゃ……、そうだけど……」

 どうやらインドメタシンに知り合いがいるらしい。

「分かった。貸そう。ただし御者はおれがやる。よろしくな」

「ありがとうございます」

 俺は礼を言うと立ち上がる。

「けっ。物好きもいたもんだな」

 マウマはそう言い、馬車の準備を始める。

「支払いはこれでいいか?」

 前に集めていた魔石を三つほど差し出す。

「マジかよ……。この大きさなら一生暮らしていけるぞ」

 やりすぎたか?

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