第35話 貧民街
イリナが本気で街を壊した。
その情報は一気にタウリンの街に広まった。
「これはこれでありだな。あっちから見つけてもらえばいい」
「あんた意外と肝が据わっているわね……」
レジュが呆れたようにため息を吐く。
「でも、アネットがこの街にいる可能性は……」
「大丈夫だ。この街に絶対にいる」
イリナの弱気な発言を遮るように俺は言う。
正直、自信はない。
他にもプレイヤーはいる。
そいつらが画策すれば、アネットの所在も分からなくなる。
が、一縷の望みに賭けてみたい。
人の心を信じてみたいと思う。
ジークのようなふざけた奴だけじゃないと信じたいのだ。
信じている。
俺たちはゲーマーだ。
ゲームを楽しむのが目的だ。
それを信じている。
「さて。朝食だ」
「お腹ペコペコです~」
ハイソケットも意外と肝が据わっているな……。
俺たちは宿屋の近くの飲食店で食事をしている。
「本当に大丈夫かしら……?」
「視線が痛いのだけど……」
イリナとレジュは困ったように眉根を寄せている。
まあ、色々と言われているみたいだからね。仕方ないね。
食事を終えると、俺たちはギルドに向かう。
いくらアネットを探しているとはいえ、こちらも無一文で生きていけるわけではない。
日銭を稼ぐ必要がある。
俺は
「よっ。お前さんいい奴だったんだな!」
「誰だよ」
俺の肩に腕をのせた男に向かってつばを吐く。
「オレ様はこの街一番の剣士レオだ。あのインチキ野郎たちに一泡吹かせたんだって?」
「別に……」
この手の輩に絡まれるのは正直マイナスだろう。
だが、否定するわけにもいくまい。
「で。なんのようだ?」
俺は気にした様子もなく訊ねる。
「ああ。お前さんに会いたい奴がいるんだ」
「ほう……」
やっと向こうからきたか。
これはチャンスだ。
「今日の依頼はキャンセルだ」
俺は振り返り、ハイソケット、レジュ、イリナに向けて言う。
「ええ~!!」「お金どうするの?」「行きましょう」
三者三様な反応をするな……。
「行くぞ」
俺はレオについていくことにした。
女子陣も理解したようについてくる。
「まあ、一日くらいならなんとかなるよ」
軽く言うのはイリナだ。
アネットに会える可能性を感じたのだろう。
少し嬉しそうだ。
「あんた……」
胡乱げな表情を見せるレジュだが、否定はしない。
「行きましょう。ね?」
ハイソケットが柔らかな笑みを浮かべる。
俺たちはレオについていき、街の外周にあるひっそりとした貧民街へ抜けていく。
そこには多数の貧困者がいるが、誰一人として、それを異常だと感知していない。
これはゲームにもあった設定だ。
誰も助けない。助けてもらえる人がいない。
そんな人々を、ゲームとはいえ、なぜ配置するのか。
俺には理解できない。
でも人の生活の影にはこういった人もいる。
ゲーム《過酸化水素水》はそういったリアリティ思考のゲームと解釈し、割り切っている。
ゲームでも世界の事情というものを洞察できるのは良いことなのかもしれない。
一部の者が富、差別や暴力が横行する。
ジークの一件もあり、そういった人の生活の影を見ることはできる。
所詮、力ある者が支配する――その体勢は崩れていないということか。
歯がみをし、彼らを見る。
可哀想に。
まだ生まれて数年の命だ。
栄養失調で異常な痩せかたをした子どもたち。
産み落とされ、すぐに捨てられた人々。
「これから見せるのはオレ様には関係ない。関知していない」
ぶっきら棒に語るレオ。
石造りの家に通され、その先には一人の少女が貧困者の傷を治療していた。
治癒魔法。
最高位の魔法。
魔法の才と知識がなければできないと言われている――このゲーム最大のパンドラの箱と呼ばれる能力。
後ろにいたイリナが息を呑む音が聞こえた。
「アネット姉さん!!」
「その声……。イリナ?」
目を潰された少女はイリナに顔を向ける。
アネット。
やっと出会えた。
これでイリナルートも終わる。
「アネット姉さん!」
「イリナ。どうしてここに?」
再会を喜ぶイリナ。
だがアネットの方はそうではないらしい。
少し陰った声が被さる。
「会いたかったよ。アネット姉さん」
「……ボクは」
アネットはボクっこだった。
その情報はいらないとして、様子がおかしい。
「イリナ、ごめん。ボクのことは忘れて」
「どうして? ワタシはアネット姉さんに会えてこんなに嬉しいのにっ!」
行き違いがあるのか、アネットは視線を逸らす。
そもそも目が見えていないようだが。
「ごめん。今は……」
アネットは立ち上がり、レオに支えられながら奥の部屋に向かって歩き出す。
「逃げないでよ。アネット」
小さな声でうめくイリナ。
「これで良かったのか?」
しばらくして、レオが戻り話しかけてきた。
「俺は良かったと思う。あとはイリナ次第だ」
踵を返し、ギルドに向かう。
「あとは好きにしろ、イリナ。俺たちは日銭を稼いでくる」
「時尭?」
「大丈夫だ。三人でもスキアくらいなら倒せる」
「そういう意味じゃ……」
「まあ、気にするな」
俺はイリナの肩を押すと、立ち去る。
「行くぞ。ハイソケット、レジュ」
「はい」「ええ」
俺たちはいったんギルドに向かって歩き出す。
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