第18話 裸一貫

 ゴブリンの群を倒すと、俺たちはギルドに戻る。

 ギルドでゴブリンの刃を見せると、クエストをクリアする。

「イリナさん。明日も一緒していいですか?」

「もちろん。わたくしにできることがあるなら手伝うよ。君ら、なかなか面白いし」

「ありがとう……」

 俺は頭を下げると、イリナさんは手を振って去っていく。

 夕日が地平線に沈む頃合い。

 世界がハチミツ色の世界に染まっていく。

 この時間が俺は嫌いだ。

 一日はもっと長くていいと思う。

 この世界に来てからもう二か月経つ。

 まどろみ始める世界。

「行きましょうか?」

「うん」

 俺とハイソケットは宿舎に向かって歩き出す。

 出店を横目に大通りを歩いていく。

 ここ数日、こんなにゆっくり街中を歩いた気がしない。

 焦っていたというのもあるのだろう。

 俺はこの風景をあと何回見ることになるのだろう。

 小鳥がさえずり、夜のとばりが下がる。

「あのお店で食べよう」

「はい」

 ハイソケットは全然文句を言わない。それどころか主体性がないとさえ思える。

 猫邸ねこていという飲食店に入ると、二人がけの席に座る。

 と後ろから声がかかる。

「キミも食事かい?」

「ああ。悪いか? ジーク」

「ふん。頭は回るようだが、おれは昨日Sランクに上がったんだ。お前はもう勝てない」

「すぐに追い付いてやる。覚悟しろ」

 言い合いが終わると、先に去っていくジーク。その後ろにレジュも見えた。

 ひらひらと手をふるレジュ。

「元気でしたね」

 ハイソケットが心配そうに眉根を寄せる。

「そうだな。でも、」

 このイベントは強制だった。

 よし。ゲームの順序通りに進んでいる。

 これならレジュを取り戻せる日も近いだろう。

 ぐっと握り拳を作り、決意を新たにする。



 注文をし、届いた夕食に舌鼓をうつ。

 ゲームの世界なので、日本にある料理と大差ない。

 それがありがたかった。

 異国の料理を食べる気はしなかった。

 懐かしい味が俺の心を落ち着かせる。

 もともと引きこもりに近かったのだ。

 外に出歩くことじたい、苦手だ。

 コミュ障の俺にとってはそれくらい大変なことなのだけど、ハイソケットと一緒なら少し安心できる。

 気を許せる相手ってこういう人のことを言うのだろう。

「お寿司、美味しいですね」

 羽をパタパタと揺らしながら食事をするハイソケット。

 俺もパスタを食べながら笑みを返す。

「さ。帰ったら特訓だ」

「毎日続けていますね。さすがです、時尭さん」

「ああ。ありがとう」

 キミのお陰で頑張れているよ、とは恥ずかしくて言えなかった。

 まあ、いつか話そう。

 俺がどれだけハイソケットに感謝しているのかを。

 支えになってくれているのかを。

 俺はまだ未熟なんだろう。

 そうして誰かに寄りかからないと生きていけないなんて。


 宿に帰ると俺は一人ベッドで項垂れていた。

 コミュ障である俺にとって普段の会話だけでも疲れるのだ。

「顔洗おう」

 なんとなしに思いつきふらっと宿の裏にある井戸に向かう。

「へっ!?」

 そこにいたのはハイソケットだった。

 しかも生まれたままの姿の。

「ご、ごめんなさい!?」

「いいんです。こんな日がいつか来ると覚悟していました」

「どういう覚悟!?」

 俺は慌てて後ろを向く。

 これ以上見ていると気がおかしくなりそうだった。

「ごめんなさい!」

 そう言って立ち去る俺。

 しかし未熟とはいえ、スレンダーであれはあれで。

 いやいかん。

 ハイソケットは純真なんだ。

 よこしまな目で見るなんて不敬だ。

 煩悩よ、立ち去れ。


 翌朝、俺の泊まっている部屋にて。

「「昨日はすみませんでした!」」

 何故か俺たちは互いに頭を下げていた。

「いや、なんでハイソケットが謝るのさ」

「だって貧相なものをお見せしまいました」

「そんなことないって!」

「だから」

「だから?」

「記憶をけします!」

「へ!?」

 そんな魔法あったっけ?

 さっと取り出すハンマー二つ。

「物理ぃ~っ!!」

 俺は走り出す。

 ドンッと大きな音が鳴り響く。

「待て待て、待て!」

 そんなんあるか!?

「逃げないでください!」

「無茶言うな!」

「だっで~!」

 泣きながら襲いかかってくるハイソケット。

「貧乳好きもいるって!」

「時堯さんもそうなんですか?」

 一瞬正気に戻るハイソケット。

「いや」

 それが失言と気づく。

「やっぱり~~~~っ!!」

「悪かった! 俺もうん。いいと思うぞ!」

「そんな慰めいらない~!」

 ハンマートルネードを繰り出すハイソケット。

 それをジークやモンスターにもやってくれ!

「そうだ! 胸を大きくすればいいんだな?」

「できるのですか!?」

 水を得た魚のように華やいだ笑みを浮かべるハイソケット。

「まあ……」

 日本では有名だがその真相は分からない。

 それでも一時いっときの平穏が訪れるなら。

「なんですか? 教えてください!」

「揉む」

「? なにを、ですか?」

「胸を揉む」

「へ?」

「胸を揉みまくる!!」

「え?」

 フリーズしたハイソケットの顔が理解するにつれ赤く変色する。

「えええええええぇっ!!」



 次回、胸を揉む。

 こうご期待!

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