第16話 正義の弾丸

 イノジシを狩るのに二日を使った頃。

 俺はハイソケットと一緒に昼飯を食べていた。

「まずい!」

 近くのテーブル席で声高に訴える男が一人。

 これも強制イベントだったか。

 男の名はガーナ。

「料理長を呼べ!」

 ガーナはそう言い、店員に突っかかる。

 ゲームの進行具合を見ないと対応できないか。

 今止めるのは得策ではない。

 が、このイベントうまく行けば等級を上げることにつながる。

 まずはイベントのクリアを目指そう。

 そろそろイリナという少女が現れる。

「ちょっと。あんた偉そうじゃない?」

 イリナだ。

 ガーナに注意喚起をしている。

「ほう。〝正義の弾丸〟じゃないか。暇ならおれと付き合えよ」

「あんた、死ぬわよ? それでもいいの?」

 ハスキーな声色を持つイリナ。

 ちょっとお姉さんで、どこか頼りがいのある人だ。

 髪はブロンドで、長い。紫紺の瞳が芯の通った真っ直ぐな視線をしている。

「飲み過ぎなのよ。あんた」

 ガーナがその言葉を聞き、こめかみに青筋をたてる。

「なんだと? おれがどれだけ飲もうと関係ないだろっ!」

「あるわよ。周りに迷惑でしょう?」

 正論をぶつけるイリナ。

 なるほど。確かに正義の弾丸と言われるだけある。

 その理路整然とした様子や、行動力のあるところからついたのだ。

 料理長が困った様子で近寄ってくる。

「はん。やっときたか。料理長」

「料理長。あなたは謝る必要なんてないんだからね」

「す、すみません。お代は結構なので、お引き取りを」

 弱腰の料理長はそう言い平伏する。

「そんな必要ないわよ。こいつはいつもそう言ってただ飯にありついているのだから」

「はっ。どこにそんな証拠があんだよ!」

 ガーナは机の上に足を乗せて、椅子を揺らす。

「わたくしが証人よ。あんたこの間もガーベラで同じ事をしていたじゃない」

 イリナは胸を張って言う。

「そんな昔のことなんて忘れたね」

「何言っているのよ。先週の金曜日のことでしょう?」

 どうやらイリナの方が一枚上手らしい。

 ガーナの顔が引きつっている。


「それくらいにしておけよ。ガーナ、ここは支払うんだ」

 俺は立ち上がると、優しく言う。

「ちっ。何もんだよ。お前は」

「俺は時尭ときたかひいらぎ時尭だ」

「……ほう?」

 ガーナの目の色が変わる。

「分かった。ここは支払おう」

 ガーナが席から飛び退き、会計に向かう。

「ありがとうございます」

 なぜかイリナがそう呟くと、ペコペコと頭を下げる。

「いや、俺は当然のことをしただけだから」

「すごかったです。時尭さんがまさか喧嘩の仲裁をするなんて」

 後ろからやってきたハイソケットが目頭を押さえている。

 まあ、コミュ障の俺にしては頑張ったかな。

 でもこのイベントを覚えていたから、できたんだろうね。

「まあ、イリナさんも助かったよ」

「そうですね。どうせならランチごちそうするよ?」

「いや、それには……」

「大丈夫です。わたくしはB級。お金は有り余っているから」

 苦笑し肩をすくめるイリナさん。

「分かった。お言葉に甘えるよ」

 俺はそれだけを告げると、四人席に座りなおす。


 この地域限定の料理を楽しみながら、三人でダンジョンの話をした。

 最近のニュースやトピックスも話題に上がった。

「そうそう。この間できたアイスのお店がね」

 情報通なイリナさん。

 その話に目を輝かせるハイソケット。

「アイス。食べたいです!」

 どうやら女の子はスイーツの話題で盛り上がるらしい。

 それにしても、そろそろ次のイベントか。

 さっさと攻略してレジュを取り戻さねばなるまい。

 タイムアタックに挑戦する気はなかったが、早くAランクに上がらねばなるまい。

 俺達が楽しくおしゃべりをしていると、殺気を感じる。

 慌てて丸机を蹴り上げて、その影に隠れる。

 飛んできた火球が机を焦がす。

「な、なに!?」

「敵襲です」

「ガーナだ」

 俺が応えるのに時間はかからなかった。

「てめーら、さっきはよくも恥をかかせてくれたな!」

 怒り心頭した彼は火球をいくつも生み出し、放ってくる。

「屋内で、こんなっ!」

 屋内での魔法使用は国によって禁止されている。

 様々な理由があるが、一番は人の命に関わるからだ。

 だから国でも厳重に取り決めており、使用が発見された場合、死罪という結果も多い。

 だが彼は気にした様子もなく魔法を使う。

 俺は転移魔法で肉迫する。

 転移魔法での部分転移は等級差があると使えない。

 なら、

疾風はやての風よ」

 詠唱を始める。

 風魔法を使い、風の刃をぶつける。

 それに続き、ハイソケット、イリナも続く。

 魔法が乱舞し、店の中はボロボロになっていく。


 ガーナを倒せばすべて収まる。

 俺はもう負けない。

 負けたくはない。

 レジュを取り戻すまでは。


 ガーナは全ての魔法を受け止めると、豪快に笑う。

「この程度か。貴様らはっ!」

 やはり等級差が大きすぎるのか、まだ余裕そうなガーナがいた。


 ガーナは後方に大量の火球を生み出す。

 すると店の影から飛び出す黒い影。


 肩口で切りそろえた黒髪。吸い込まれるような黒い瞳。

 その少女が前に出る。

 こんなイベント聴いていない。


「くノ一だとっ!?」

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