第15話 等級

「俺、なんでこんなに弱いんだろ……」

「私もすぐにやられてしまいました。反省です」

 ジークとレジュは何ごともなかったかのように振る舞い、とても仲睦まじくやっている。そう見える。

 表面上は。

 たぶん俺の勘だとレジュは従うしかないのだろう。

 それにしてもA級冒険者か。

 俺のようなD級冒険者では歯が立たない。

 ここがゲームの世界なのだから、それは分かっていた。

 自分にはチートがあり、ゲームの法則なんて無視できると思い上がっていた。

 でも現実は違う。

 もしここがゲームの世界なら、レジュはとらわれのヒロイン。スキアのラスボスを倒し、その力を世界に誇示し、最終的にS級冒険者となったジークと真っ向勝負をしかけ、ヒロインを助け出す――最高の瞬間のための舞台装置。

 とらわれのヒロインを助けるための時間。

 そこにたどりつくまでに、先導者が、もう一人のヒロインがいる。

 それが《過酸化水素水》におけるストーリーテラー。

 スキアのラスボスを倒すまでに何百時間かかるのか。何年かかるのか、分かったものではない。

「……そろそろ、ギルドに顔をだしませんか? 時尭さん」

「ああ。そうだな……」

 等級制度のある冒険者。

 その等級に合わせてバフがかかるシステムになっている。

 だからSランクの冒険者が最高位の力を持つ。

 S A B C D E F まであるランクが絶対的なものであり、俺はE級。ハイソケットはF級。

 そしてレジュはB級。ジークはA級だ。

 俺が勝てないのはその辺りの理由が強いのかもしれない。

 ちなみに等級を変更するには依頼をこなし、地道にランクを上げていくしかない。

 ランクに合わせた依頼があり、それを繰り返すことで自動的ランクは上がる。

 ただしB級以上になるには面接も必要になる。

 人柄、才能、能力、知識、魔術。

 その五つで評価されるシステム。

 ゲームの知識があるから、俺にもワンチャンあるはずだ。

 でもやる気が起きない。

 魔法を使うたびに感じる熱がない。

 腹の底に眠るを。


 もうどうでも良くなったのだろうか。

 それとも、もうゲームオーバーなのだろうか。


 俺にはそもそも無理があったんだ。

 社会不適合者の俺でも、ゲームはできた。

 それだけは自信があった。

 でもゲームの中に入ってみて分かった。

 現実とゲームは違う。

 この世界はゲームのようで、ゲームじゃない。

 感情の通っていないゲームとは違うのだ。

 こんなのクソゲーだな。


 ギルド内にあるレストランでゴミのような味のする野菜スープを飲み下す。

 こんなの生きている意味なんてないよ。

 辛い思いをして、苦しいのを我慢して。

 それでも生き続ける。

 そんなことになんの意味があるんだ。

 やはり、力には勝てない。

 暴力がなければ、人を守ることも、自分が生きていくこともできない。

 オヤジの言う通りだった。

 暴力がなければ、世界は変わらない。

 人は守れない。

 誰も助けることなんてできない。

 おふくろの描いた夢はやっぱり夢だった。

 何もできない。

 俺は無力でちっぽけな存在だ。

「時尭さん……」

 俺の震える手に、触れるハイソケット。

「あなたはまだ大丈夫なはずです。生きてください」

 そっとささやくように呟くハイソケット。

 その顔から優しさがにじみ出ていた。

 柔らかく、そしていつまでも俺を助けてくれる彼女。

 希望の光。

 俺の道を示す導く者。

「俺、もう少し、頑張るよ」

「大丈夫ですか?」

「ああ。ごめんな。俺、自分のことばかり考えていた」

 そうだよ。

 あのレジュですら、俺を思っていた。

 だからジークの話に乗った。

 レジュも、ハイソケットも、きっと俺を信じていたから戦うことを選んだんだ。

 ハイソケットだけでなく、レジュも戦っている。

 あの怪物ジークと。

 心理戦を、精神を削る闘いを。


「じゃあ、まずは依頼クエストをこなさないとな」

「はい。そうしましょう」

 俺はハイソケットに支えられながら、歩き出す。

 ギルドの西側に設置されたクエストボードを見やる。

「確か。イノジシ狩りが効率良かったような……」

「ありました! イノジシを五匹狩る、です!」

「うん。やろう!」

 何年かかってでも彼女を取り戻す。

 そう決めたのだ。

 俺はもう立ち止まっているのが嫌になった。

 どうせ負け確な人生だ。

 一度くらい大暴れしてもいいんじゃないか?


 近くの街に現れたイノジシを捉える仕事。

 山で活動するイノジシは農家の作物を食い漁るらしく、人の生活に多大な影響を及ぼしている。

 俺は転移魔法を使いイノジシの虚を突く。そして肉厚な身体をくりぬいていく。

 ただイノジシの探索が大変だった。

 五時間ほど山の中を駆け巡り、それでも二匹のイノジシしか倒せていない。

「本当に五匹もいるのかな……」

「弱気になっても何も解決しません。まずは周囲の索敵をしましょう」

 休んでいる間も水をあおり、呼吸を整える。

 上着をハタハタと整え立ち上がる。

「そうだな。すぐに行こう」

「はい。行きましょう。時尭さん」

 俺はもう振り返らないから。

 俺はまた失うのは嫌だから。

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