第14話 敗北

「これで、ハイソケットと時尭から身を引いてくれるかしら?」

 レジュは悔しそうな顔でジークを見やる。

「それはこれからのキミの態度しだい、だね。キミはもう奴隷だよ」

 爽やかな顔でとんでもないことを言い出すジーク。

 これまでずっと隠してきた本性がようやく表に出たのだ。

 俺には内緒でレジュは戦っていたのだ。

 俺たちを守るために……。

「泣いているのですか。時尭さん」

「ああ。こんなに暖かいのは初めてだ」

 いつもバカにされていた俺が、こんなに大切にされていたなんて。

 でもだからこそ、すぐには行動できない。

 俺とハイソケットが人質みたいだ。

 ……どういうことか、分からないけど。

 あのジークって人がかなりの能力持ちという噂は聞く。

 その噂通りなら俺たちが人質になるということもありえるのだろうか。

 そうだとしたらやりきれない。

 俺の弱さが彼女を苦しませているなんて。


 許せない。


 俺が全部壊してやる。

 あいつの持っているもの、全部!


 俺が殺す――。


 いじめる奴らを、すべて皆殺しにする。

 それでいい。

 そうしてレジュを解放して


 俺が勇者だ。


 レジュにあんな顔をさせるのがどれだけ酷いことか、分からせてやる。


 そのために俺ができることはなんだ?


「ハイソケット」

「はい。なんでしょう?」

「俺に力を貸してくれ」

「それはもちろん。ですが、何をする気ですか?」

「俺はやり遂げる。絶対に、だ……!」

 俺は踵を返し、まずは情報収集を行うことにした。


時尭ときたかさん。怖い顔……」

 ハイソケットは俺の後ろ姿を見てそう呟くのだった。

 その言葉が胸に染み入るには時間がいる。

 俺はその言葉を聞き流すことしかできなかった。



「そろそろギルドの模擬戦が始まります。まずは登録しましょうよ。時尭さん」

「ん。そうだな……」

 ギルドで冒険者になった方がジークの本性を暴くきっかけになるか。

 なら止める理由にはならない。

「だな。行くよ」

 腹の底に眠る《熱》を感じつつも、ギルドへ向かう。


 ギルドにたどりつくと、受付嬢に挨拶をする。

 さっそくギルド裏口からいける演習場に向かう。

「ここであの人形を倒してみろ」

 テストの内容は、藁人形のようなものが設置されており、一人一人その人形に攻撃する――というものだった。

 なるほど。倒せばいいんだな。

 俺は転移魔法を使い、一気に詰め寄る。

 そしてその一部を転移させ、その本体をバラバラに砕く。

 これを無詠唱で行った。

 流れ出る汗が俺のを高める。

「ご、合格……」

 試験官の一人があんぐりと口を開けている。

 ハイソケットの番が回ってくると、火球を放つ。

 藁人形の末端を焼く程度だが、初心者ならあることらしい。

 しかし、あの藁人形は丈夫だな。どうやら地球産のとは違うみたいだ。

 あれも使えるかもしれない。

 試験が終わった後に、受付嬢に尋ねる。

「あの藁人形は何でできているんですか?」

 今までとは違う。

 もうコミュ障ではない。

 俺がジークを殺すまでは心を鬼にする。

「あれは士官長の魔法でバフをかけているのです」

「なるほど。それであの強度か。ありがとうございます」

 そう言えば、ゲームの中ではバフの魔法もあったな。

 そしてそれはかなりの効力を持っていた。

 俺も魔法の練習をするか。

 あとレジュの行っていた訓練を繰り返す。

 もう少し待っていて欲しい、レジュ。

 すぐに迎えに行くからね。


 一週間後。

 俺は五つの属性の魔法を習得し、そのスキル・基礎体力ともに見違えるほどに成長していた。

 やり遂げる。

 あいつを殺すのは俺だ。

 俺はレジュのいる宿に向かう。

「レジュ。助けにきたよ」

「あんた、どういうつもりよ。わたしはジークと組んだの。もう……」

「おやおや、泥棒ネコかい?」

 後ろからジークの声がかかる。

 その右腕にはぐったりとしているハイソケットの手が握られていた。

「――てめっー!!」

 俺は怒りのままに、火球を放つ。

 自分自身をも焼き付く火球。

 ジークはその火球を片手で弾く。

 だがこれならどうだ?

 ジークの手をつかみ、転移魔法を放つ。

 こいつの一部分だけを転移させる。


 ……が。


「何をした!? ジーク!!」

「ははは。何をするのかと思えば、ただの転移魔法。それも劣化魔法ではないかっ。こんな弱い奴らを守るために、恋人を演じていたのかい? レジュ」

 ねっとりとした言い方でレジュを呼ぶジーク。

「貴様――っ!!!!」

 俺はゼロ距離。

 触れあう手に向けて風魔法を放つ。

 風の刃がジークに降り注ぐ。


 だが、それもすぐにかき消される。

 何をしたんだ……?

 俺が呆然としていると、後ろからレジュが抱きついてくる。

「もうやめてっ! わたしのことは忘れなさい。そして別々の道を進みましょう!」

 レジュが涙目でそう告げるのだった。


「俺、は……」


 ハイソケットを受け止めると、俺はその場から急いで離れる。


 俺は敗北したのだ。


 力がなくては勝てない。

 分かっていたはずなのに。

 訓練も、修行もしてきた。

 俺の最大のチートである転移魔法も呆気なく崩れた。


 俺は何をしていたんだ?

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