第13話 デート

 昼下がりの飲食店『デカール』。

 その店内に彼の姿はあった。

 彼が紙袋から取り出したのは新鮮な桃。

 それを料理長に渡して最高のデザートを用意させる。

 彼の名はジーク。


 その後、すぐに店外に移動するジーク。

 俺とハイソケットは彼の後をつける。

 するとレジュの借りている宿屋に入っていくのが見えた。

「もしかして、本当に彼はいいひとなのでしょうか……」

 眉根を寄せて、困ったような笑みを浮かべるハイソケット。

「……かもしれない」

 俺も不安がこみ上げてきた。

 あのギルドの中で何が話し合われていたのかは分からない。

 でも紙袋の中身は桃で、単に料理店へ渡していた。

 それを悪人という人はさすがにいないだろう。

 俺たちが間違えていたのかもしれない。

 それにコミュ障な俺を見捨てないのはハイソケットくらい。

 しかもハイソケットは俺をこの異世界に転移させたことに責任を持っていると考えると……。

「もう、いい……」

 俺は諦めてその場を離れようとする。

「待ってください。レジュさんがジークさんと何を会話しているのか、それを見届けてからでも遅くないですよね?」

「え。ああ……」

 その考えには至らなかった。

 やはりハイソケットは希望を与えてくれる。

 ありがたい。

「分かった。少しだけなら……」

 その場に踏みとどまることにした。


「キミのためにお金を用意した。さっ。衣服店にでも行こうか?」

「……はい」

 しおらしい対応を見せるレジュ。

 あの生意気なレジュが?

 ちょっと珍しいものを見た気がする。

 こんな彼女の姿を見たら、追跡を止めるわけにはいかないじゃないか。

 俺はレジュの後を追う。

 後ろからハイソケットもついてくる。

 洋服店に入っていく二人を見て、俺たちは店内の様子を窓から覗き込む。

 二人はちょっと楽しげに話し合っている。

 そしていろんな衣服に着替えている。

 レジュもあんな風にはしゃぐんだ。

 自分の知らないレジュを見るのが辛くなり、つい目を伏せる。

 会計を済ませたジークとレジュ。

 二人が仲睦まじく話し合っているのを見て、暗い気持ちになる。

 こんなにモヤモヤしたのは初めてだった。

 そもそも友だちもできなかったのだ。

 それに俺は自分勝手だ。

 彼女に頼ることをしなかった。

 コミュ障だから、と言い訳をして、彼女を傷つけた。

 それは許されることではないのだろう。

 一度傷つけたらもう元には戻らない。

 俺は今回の体験でそれを知った。

 レジュはほとほと俺を見限ったのだろう。

 それなら納得できる。

 納得できてしまえる。

「ていっ!」

 ハイソケットが後ろから手刀をぶつけてくる。

「な、何するのさ?」

「ふたり、行きました。追いかけますよ」

 俺の手を引き、真っ直ぐに歩き出すハイソケット。

 その手の温かさ、柔らかさにドギマギしながらもつれる足を進める。

「私たちは真実を知りたいのですから!」

 彼女の真っ直ぐさに俺は心動かされた。

 なるほど。

 そういうことなら追いかけるのも仕方ないな。

 苦笑を漏らし、俺はハイソケットについていくことにした。


 その後、レジュとジークは宝石店やアクセサリーショップ、小物店などを見て回った。

「って。これって……」

「私もそう思います」

「「デートですね」」

 ハイソケットは頭痛がするのか、額に指を当てている。

 まあ、俺も同じような気分だ。

 きっとレジュはジークの優しさに惚れたのだろう。

 だから俺たちに対してあんな簡単に裏切れたのだ。

 そして俺たちに未練を残させないためにわざと横行に振る舞った。

 と結論づけるのが一番しっくりきた。


 うん。恋愛ね。

 恋愛かー。

 ちょっとそれはそれでショックだけど。

 まあ、しょうがないよね。

 恋は落ちるものだし。

 盲目になるわけだし。

 なんだか卑しい自分が嫌になってきた。

 俺はレジュに何かを期待していたわけじゃないけど。

 でも仲の良い友人が恋に溺れるのはちょっとザワザワする。

 なんだろう。この気持ち。

 彼女の幸せを願っていたはずなのに。

 それなのに、それを壊したくなってしまう。


 夜も更けた頃合い、ジークとレジュはお昼に寄っていた飲食店『デカール』にいた。

 そこで夕食を食べている二人。それを監視していた。

「はい。お疲れ様です」

 ハイソケットは近くのお店で買ってきた菓子パンを持ってくる。

「ありがとう」

 腹の虫を止めるためだけにパンをかじる。

 正直、地球のパンに比べて堅い。旨味が足りない。

 けど、空腹を満たすには十分だった。

「もう、帰りましょうか……」

 希望の光だったハイソケットがそう告げる。

「……引き時、か」

 後ろ髪を引かれる思いだけど、しかたないのかな。

 最後に、と桃を使ったデザートを用意するジーク。

 本当にデートだったんだ。

 むしゃくしゃする思いをゴミ箱にぶつける。

 ジークはトイレなのか、席を立つ。


「さ。これで彼らのことは忘れられるだろう?」

 ジークは静かに冷笑を浮かべていた。

 その冷たい言葉に、背筋が凍るような気がした。


「今の……!?」

 驚きで声が裏返るハイソケット。

「ああ。ああ……!!」

 俺にもまだ希望がある。

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