第12話 尾行

「なにがあったのでしょう?」

 ハイソケットと俺は呆然とした様子で宿屋にいた。

「分からない……」

 でも俺に愛想を尽かした可能性は高い。

 なんせコミュ障だから。

 自分の気持ちの一割も伝えてこなかったから。

 俺は彼女を好ましいと、仲間だと勝手に信じていた。

 でも彼女にとっては違った。

 そうだ。

 違ったんだ。

 俺が友だちと思っていた人が離れていったように、彼女も仲間だと勘違いしていた。

 手をつなげていたと思っていても、違ったんだ。

 最初から手をつなげていなかった。

 あのときと一緒だ。

 俺はまた後悔をするんだ。

 そして数十年にわたり、胸を軋ませる。

 後悔という名の絶望がずっとつきまとう。

 それを思い出し、寒気がした。

「大丈夫です。レジュさんはああ見えて義理堅いところがあります。きっと何か裏があるのです」

「裏……?」

 水を求める魚のように、俺はハイソケットの言葉に傾聴する。

「きっと弱味を握られているのです! まずはジークさんの人柄を見極めましょう!!」

「ああ。そうだな。そうだ……!」

 やる気が出てきたぞ。

 そうとなればさっそく行動しよう。

 俺は勇み足でドアを開ける。

「待ってください」

「ハイソケット?」

「さすがに今日はもう夜も深いです」

 外を見るとコウモリが飛びかい、街は夜闇に染まっていた。

「……分かった」

 明日やろうはバカ野郎だけど、今日は仕方ない。

 時間を見ると、もう一時を回っていた。

 今更ながら、腹の虫が鳴る。

「はい。お水でふやかした干し肉です」

「……ありがとう」

「いいえ」

 クスッと笑みを漏らすハイソケット。

「ど、どうしたの……?」

「いえ、素直に言う時尭さんもいいですよ」

 感謝はしていたけど、あまり伝えていなかったかも。

 反省をするとハイソケットはそっと手に手を重ねる。

「いいんです。今から変わっていきましょう。ね?」

「……うん」

 ハイソケットの言葉はなんだかじんわりときた。

 嬉しかったのかもしれない。

 俺にも希望を持たせてくれる。

 そんな彼女がすごいと思った。

 尊敬できるとさえ思った。

 もぐもぐと干し肉を食べ、ベッドに身体を預ける。

 疲れからか、すぐに夢の中へ入っていった。


☆★☆


 目を覚ますと俺は周囲に目をくべらせる。

 ハイソケットがいない。

 もしかして、彼女もまた俺を裏切ったのか?

 慌てて外に出る。

 するとハイソケットと頭をごっつんこする。

「いたた……」「いたい……」

 二人顔を見合わせて眉根を寄せる。

「どうしたのですか? 慌てて」

「裏切られたと、思った……」

「むっ。そんなことしませんよ。わたしは――っ」

 言葉に詰まるハイソケット。

 まるでレジュと自分は違う。

「すみません」

 そう捉えると思って詰まったようだ。

「レジュさんも、同じ気持ちだと思いますよ」

 励ますように、俺の背を撫でるハイソケット。

「……うん。ありがとう」

 それを聞き微笑むハイソケット。

「さ。行きましょうか?」

「そうだね」

 俺とハイソケットはこの近くにいるというジークの家に向かう。

 少し離れた場所、建物の影から様子をうかがう。

「しかし、この格好はなんです?」

 ハイソケットは俺の用意した帽子とコートを不思議がっていた。

「これなら、知り合いと思われない」

「そうですね。分かりました」

 人なつっこい笑みを浮かべるハイソケット。

 そんな顔をされたら思春期の男子は勘違いするぞ。

 俺はそんな勘違いしないけどね。

「あ。来ました」

 ジークが家から出てきた。

 そそくさとその影を追う。

「八百屋のカズちゃん。今日もいいの入っている?」

「イレー。今日の夕飯なんだけど、カルビある?」

「新鮮な野菜だね。ちょっともらおうかな?」


 …………。


「なんだか、いい人そうですね」

「止めてくれ……」

 顔もいいのに、中身までイケメンとか、こっちのやる気がそがれるじゃないか。

「やめやめ。今日の張り込みはここまで」

「え。でも……」


「やあ、例のぶつは届いているかい?」

「へへへ。あんちゃんの希望とあれば。色をつけておきましたよ」

「やるな。ガーガーン」

 何やら路地裏でひそひそ話をしているジーク。

 いかにも怪しげな男と密会をしているではないか。

 たこにも似た紙袋を受け取っている。

 なんだ? あれは……。

「……どういったご関係なのでしょうか?」

 ハイソケットが小声で訊ねてくる。

「分からない。でも尾行する価値はあると思う」

 やはり小声で返す俺。

 意見が一致したらしくハイソケットも目を鋭くする。

 ジークが男と離れると、嬉しそうに袋の中身を見て確認している。

 そのままの足取りで飲食店に入っていくのが見えた。

 俺とハイソケットは外から眺めるだけだったが、おいしそうな匂いが漂ってきた。

 中では他の男性と話しているのが見えた。

 どうやら知り合いらしい。

 肩を寄せ合っている。

 どういう関係なんだ。

 気になり窓から覗き込むが、よく見えない。

 ハイソケットも同じように窓を睨んでいる。

 その薄羽ねがぴょこぴょこと動いている。

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