第7話 夜の森

 夜の森は不安と恐怖を煽る。

 暗闇の中、何かしらの動物が不気味な声を発する。

 パチパチと爆ぜる焚き火の光だけが俺たちの陰影を浮き彫りにする。

 レジュと交代で見張りをする。

 ハイソケットが羽をパタパタさせて、こちらを見やる。

時尭ときたかさん。ちょっと変わりましたね」

 こくこくと頷く俺。

「私、酷いですよね。あなたを無理矢理戦闘に参加させて……」

「大丈夫」

 勇者になれるかは分からないけど、自分にはできないことも多いけど。

 それでも必要とされるのは嬉しい。

 自分が生きていていいんだって分からせてくれる。

 実感がある。

「俺は俺にできることをする」

「時尭さん……」

 じんわりと涙目になるハイソケット。

 感情が表にでやすいし、コロコロ変わる表情が可愛らしい。

「たぶん時尭さんのいた世界は平穏そのもので、辛いことなんてないのかもしれませんね」

 俺がいた状況を思い出す。

 いびられていた。

 暇なときの時間つぶしにいじられ、いびられていた。

 それは苦痛な時間だった。

 何が楽しくて、こんなことをするのか、分からなかった。

「辛い、ことも……あったよ」

 コミュ障ではあるが、これだけは断言できる。

 自分の自信のなさから、会話の不慣れさから言葉を発するのが苦手だが、伝えなくちゃ何も変わらないから。誰も守れないから。

「そうですか。すみません」

 ハイソケットは苦しそうな顔で頷く。

 そうだよね。

 ハイソケットは仲間を大勢やられたんだ。

 あのスキアと呼ばれるモンスターに。

「すきあ、ってなに?」

「彼らは影から現れ、影へ導くもの。人を闇落ちさせる獣の総称です」

 ということは今回出会ったタイプとは違う姿のもいるのか。

「あれは人の負の感情から生まれたと言われています」

 ゲームでは確かダンジョンの十二階から現れるモンスターの一種だったけど、さすがにそこに肉付けされた設定なのだろう。


「そろそろ交代だよ。ヘンタイは寝な」

 頷くと俺は寝袋に潜りこむ。

 家族でキャンプして以来、使ったことのない寝袋。

 疲れが溜まっていたせいか、すぐに夢の世界へと意識がもっていかれる。



 翌日。

 俺たちは森の中を歩き続ける。

「そろそろ砂漠なの?」

 俺はふるふると横に首を振る。

「その前、に。森で神殿を、探す」

「神殿、ですか?」

 俺の言葉に疑問符を浮かべるハイソケット。

 確か神殿にはHGSエクスカリバーが眠っているはず。

 それを取りに行く。

 あれがあればこの先何があっても負ける気がしない。

 少なくともゲームではそうだった。

 どこまでβ版の《過酸化水素水》の知識が対応しているのか、分からないけどね。

 湿気の強い森の中を歩いていると、急に開けた土地へと出る。

 そこには石造りの遺跡がある。

「本当にある。ヘンタイの言う通りだったわ……!」

 少し興奮気味のレジュ。

「じゃあ、行きましょう」

 ハイソケットが早歩きになる。

「待って」

 俺は慌てて引き留める。

 中にはトラップとモンスターがいるはずだ。

 それに対処しなくてはいけない。

 初期配置が同じなら、すぐに叩けるけど、恐らく手直しはしてあるだろう。

 じっくりと考え込むと、とある妙案が浮かぶ。

 俺の作戦を二人に伝えると、首肯する。

「イソル・エビデンス・ロック・ボール」

 レジェが詠唱を始め、二メートル級の岩玉を作り出す。

 それを入り口へ転がしていき、中にいるモンスターをぺしゃんこにする作戦だ。


 転がっていく岩の玉。

 それに巻き込まれ、断末魔を上げるモンスターたち。

「しかし、エグいわね」

「でも確実にいけますよ!」

 俺があとについていき、二人の背中を見つめる。

 ハイソケットは羽の出る服を着ているため、ちょっとだけ肌色が多い。

 レジュは白と赤を基調とした巫女服。髪を上げているため、そのうなじが貴重である。

 なむなむ。拝ませてもらっている。

 感謝せねば。

 昔から、女の子には縁がなかったからね。

 しかたないね。

 うんうん。

 ボッチを両手に花にさせてくれる。

 それだけはこっちの世界に来て良かったことかもしれない。


 でも……。

 スキアにやられた村民を思い出し、気分が滅入る。

 岩玉がドンッと壁にぶつかる。

 丁字路らしい。

「ここまでかしら。次はどちらに行く?」

「そうですね。右はどうでしょう?」

 こくこくと頷いて一緒に行動する。

 確かゲームだとこっちにお宝があったはず。

 中身は変わっているかもしれないけど。

 でもきっと役立つ。

 俺には転移魔法というチートもあるし。

 イケるイケる。

 俺が前に出ると、レジュが慌てて首根っこをつかむ。

「いけない!」

 そして後ろのハイソケットに投げられる俺。

 レジュは防御魔法で矢を弾く。

「なに!?」

「ゴブリンよ」

 冷静沈着なレジュが警戒を強める。

 矢には毒が塗られていたらしく、刺激臭がする。

「ゴブリンは知能が高いモンスターです。道具を使うことだってできます」

 ハイソケットの解説が入る。

「でも、遠距離なら――」

 レジュは火球をいくつも生み出し、発射する。

 遺跡内に爆音がとどろく。

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