第6話 過酸化水素水

 《過酸化水素水》というゲームはMMORPGの一つで、その広大なオープンワールドを保有しており、各地に散らばったアイテムや武器を使い、《クルクリン》大陸中央のダンジョンを攻略していく、比較的自由度の高いゲームである。


 俺はこのゲームのテストプレイヤーでβ版を熟知している。

 この異世界がゲームなら、すぐにでも攻略できる。

「まずは《テトロドトキシン》の街に行こう」

「え。え? でもこの村は!?」

「あっ」

 考えていなかった。

 この村は俺やレジュ、ハイソケットがいないと成り立たない。

 どうすればいい?

「それなら手配してあるよ」

 レジュが果実を囓りながら言う。

「すぐに王都から警備兵が来るよ」

「なら安心ですね。それに時尭さんのは神のお告げみたいですし、無視できません」

「そう……だね……」

 ホッと胸を撫で下ろすと、食事を摂る。

「そうか。兄貴はこの村を出ていくのか。寂しくなるな~」

「旅に出るなら荷物が必要だな。兄貴」

「おれらが用意するから安心しろ、兄貴」

 三人のおっさんが交互に顔を前に出してくる。

「お、おう」

 コミュ障がなおったわけじゃない。

 ただゲームのことになると熱くなる性格なのだ。

 オタクにありがちな早口になる、アレだ。


 祭りの終盤。

 弔いのための送り火を川に流していく。

「アジャ、ムーハイル、エリー、リーカナ、ライ――」

 亡くなった人々への想いを。

 祈りを。

 川に流して弔う。

 土葬した肉体と、魂を送る光。

 幻想的で現実味が小さい。

 だが確実に人は死んだ。

 たくさん死んだ。

 この世界では死など当たり前のように振る舞う。

 それが酷く哀しいことと、ここにいる誰が知るだろうか。

 スキア。

 それが敵の名前。

 スキアは西から来た。

 そしてダンジョンは西にある。

 つまりはダンジョンから逃げ出したスキアがこの辺境の地までやってきたのだ。

 その根本を叩くにはダンジョンに行き、殲滅するしかない。

 相手に意思がない、心がないと分かった以上、躊躇う理由もない。

 俺は俺にできることをやる。

 この世界に来て一つ学んだ。生きているなら、何かを成さねばならない。

 それが人々の心を動かし、やがて世界を変える。

 そう想ったから、俺はレジュとハイソケットを旅に連れて行く。

 二人とも俺を見ていてくれたから。

 助けてくれたから。

 その気持ちは紛れもない事実だから。


 数日後、王都から来た兵士が辺りを警戒する。

 そんな中、俺とハイソケットは旅支度を調える。

「レジュ?」

 俺はいつまでたってもドアを開けないレジュを心配し、ドアを開ける。

「きゃっ――! この、ヘンタイ!」

 レジュは着替え中だった。

 いつぞやと同じように頭をブローが襲おう。

「時尭さん!」

 それを見ていたハイソケットが俺を包み込んでくれる。

 胸の感触を背で確かめつつ――。

 っていかん。

 俺は慌てて飛び退き、閉まったドアの向こうで憤怒するレジュを待つことにした。

「いよいよ旅路ですね」

 ワクワクした様子のハイソケット。

 その隣に並ぶレジュ。

「それよりも、わたしは傭兵なの。分かっているわよね?」

「はい。大丈夫です。これが今回のお給金です」

 ハイソケットから金貨の入った背嚢を受け取るレジュ。

「Thank you」

 やけに発音のいい声でレジュは呟く。

 そのあと背嚢の中身を確かめる。

「うはーっ!」

 嬉しそうにするな。

 やはりお金を積めば、なんでもしてくれそうだ。

 川をたどり、地を駆け、森を抜ける。

 途中、食事をし、草場の影でトイレをし、ひょうたんの水筒で乾きを潤す。


 夕方になり、広い土地にテントを張り、焚き火をつけ暖をとる。

 干し肉をお湯でふやかし、乾燥野菜を入れて作った簡易的な野菜スープで空腹を満たす。

「やれやれ。本当にこんなところまで来たのね……」

 苦笑を浮かべるレジュ。

「そうですね。私も初めて来ます」

「大丈夫だと思う」

 俺は根拠のないことを口にする。

 でもこの二人がいたら安心できる。

 それに俺は転移魔法というチートを持っている。

 連続使用はまだできないけど、それでも外敵が来たら戦える。

 その自信が今の俺を突き動かしている。

 それに――。

 かっこいいところ見せたいし。

 チラチラと彼女を見やる。

 俺はどうかしてしまったのかもしれない。

 彼女のことを考えると、胸がドキドキする。

 すーっと頭の中が白くなる気がする。

 なんだかとても良い心地がするのだ。

 野菜スープを飲み、気持ちを落ち着ける。

 ハイソケットの話によると、一年に一回、地球とのコンタクトができる日が来る。

 それまで帰れないのなら、精一杯生きようと思う。

 いじいじ腐っているのに飽きた。

 それにこの世界なら。

 このゲームの世界なら、俺は頑張れる。

 そんな気がした。

「時尭さん。行く当てがあるのですよね?」

「うん」

「ささっと教えなさいよ」

 もったいぶっていると思われたのか、レジュの視線は鋭い。

「もう少ししたら、見慣れた大地にたどりつくはず。砂漠だけど……」

 《アジ化ナトリウム》砂漠に出るはずだ。

 その東に位置するのがアルデンテ村のはずだから。

 でもβ版ではリソースに入っていなかったな。

 もしかして正式版に入っているのか?

 首をひねっていてもしょうがない。


 今夜は少し夜更かしだ。

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