旅路
第5話 真実
敵にタックルを加えると、俺は体勢を立て直す。
「だい、じょうぶ?」
たどたどしい訊ねかたをしてしまった。
少し恥ずかしい。
でも今は命を賭けた戦いなのだ。
自分のコミュ障で人が死ぬなら、そんなのは嫌だ。
俺は一人も死んで欲しくない。
「このっ!」
俺は敵に触れると、転移魔法を使う。
二メートル後ろに引き下がる。
「何を!?」
余裕の生まれたレジュが俺を見て驚く。
それは目の前にいるハイソケットも一緒だ。
俺の手には肉片が。
敵のはらわたには肉片と同じだけの空白が生まれていた。
「転移魔法はこうやるんだっ!!」
俺は何度も転移魔法を使い、相手の肉を抉っていく。
一部空間を転移させる魔法。
それを応用し、敵の身体の一部を転移させる。
これは模擬戦の時の葉っぱを見て思いついてはいた。
でもあまりにも酷な技なので、封印していた――が。
「遠慮すること、ない……」
ここで仕留める。
一体を倒すのに時間がかかるが、それでも敵を倒せる。
「時尭さん! 後ろ!」
転移魔法で回避する。
「このスキアめっ!」
レジュがそう言い、火炎魔法と組み合わせた刀を振るう。
血を肉を焼き尽くす紅蓮の刀。
なるほど。
紅蓮の巫女とはこういうことか。
俺は転移魔法を使い、敵の目玉を、はらわたをえぐり取っていく。
「やるじゃないか! ヘンタイ」
「すみません」
苦笑を漏らすレジュ。
「左!」
彼女の声に弾かれて転移魔法を使う。
腹の底から沸き立つ熱を頼りに転移する。
くるくると回る世界。
「俺は――っ!」
「時尭さん!」
ハイソケットが駆け寄ってくるのが見える。
周囲の音が静かになるのを感じ、その場に崩れ落ちる。
「もう、大丈夫ですか?」
ハイソケットがにんまりと笑みを浮かべる。
頭の後ろに柔らかい触感が伝わってくる。
加えてハイソケットの豊満な胸が視界いっぱいに広がっている。
膝枕と認識するのに数秒かかった。
起き上がろうとすると、ハイソケットは俺を押しとどめる。
「もう少しゆっくりしてください。あんな高速な動きしていたら、身体がもたないですよ」
「ふん。ヘンタイでもやるときはやるね」
レジュも少し嬉しそうだ。
「他の、敵は……?」
絞り出すように声を上げると、二人は顔を見合わせて「ぷっ」と吹き出す。
「何言っているんですか。時尭さんが最後の一匹を倒したんですよ?」
「覚えていないのか?」
じんわりと記憶をたどってみるけど、そうだったかもしれない。
曖昧な笑みを浮かべる。
「そっか。もしかして転移魔法の副作用か……?」
静かに自問自答するレジュ。
「それよりも! 今日は時尭さんの親睦会です。盛大に祝います♪」
どこかハイテンションなハイソケットである。
俺たちは村の広場に集まり、豪勢に肉を焼く。
「今日は子牛のソテーだぜ。兄貴」
「ああ。食べていてくれ。兄貴」
「うまいもん食えよ。兄貴」
なぜか兄貴で定着した俺。
曖昧な笑みで手を振り返す。
とはいえ、実はあまり食欲はない。
人と接する機会が増えて胃が痛い。
コミュ障にとって祭りとは苦行なのだ。
「はい。あーん」
そんなことはつゆ知らず、ハイソケットは串焼きを俺の口に運ぶ。
断る勇気も、そのままなされるがままの勇気もなく、俺は彼女の持っている串焼きを奪い取り口に運ぶ。
うまい。じゅわっと肉汁が弾ける。旨味と塩気の暴力だ。
地球とは違い、素材そのままを活かした味付けだ。
たぶん岩塩だな。
家族のために料理を、家事を手伝っていたので少しは知識がある。
なんなら妹の雪菜のカロリー計算も行っていた。
育ち下がりと思春期ということもあり、野菜中心の食生活が続いていたっけ。
懐かしいな。
「またそういう目をしますね」
ハイソケットが少し哀しげに目を伏せる。
「やっぱり。この世界にお連れしたのは間違いだったのでしょうか?」
夜空を見上げる彼女。
星々も闇に紛れてしまいそうな暗闇。
その星座は地球とはだいぶ違って見えた。
昔の人は星座から今の位置、向かうべき場所の位置を特定していた。
スマホもGPSもない今、俺には行く当ても、進む方法もない。
生き延びる術がないのだ。
それを知るには、俺が世界を知らなくちゃいけない。
「ハイソケット」
「はいっ!!」
俺の呼びかけに驚いたのか、ハイソケットは飛び上がる。
声を発するのは久々な気がした。
「この世界のこと、教えてくれ……」
ちょっとぶっきらぼうになってしまった気もする。
「……いいですよ。ここは《カサンカ国》のアルデンテ村。昔は岩塩を主とした販売を行っていて――」
《カサンカ国》!?
もしかしてゲームの《過酸化水素水》と類似している?
ゴクリと生唾を呑み、俺はさらに訊ねる。
「王様は《一酸化炭素》か?」
「分かっているじゃないですか!」
まさか。
本当にゲームの中に転移していたとは。
これならイケる。
俺はこのゲームをプレイしたことがある。
それもβ版を。
できれば正式版といきたかったが、それでもじゅうぶんだ。
俺もこの世界で役に立つことができる。
そう確信した。
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