第4話 敵!

 修行を始めてから数日後。

 村では祭りが行われることになった。

 なんでも豊作を祈る祭りで、この時ばかりは神様や仏様が見守ってくれるという。

 ついでに赤子や三歳、五歳の子にも神のご加護をもらえるのではないかと言われている。

 らしい。

 詳しくはハイソケットが教えてくれた。

 そう言えば、ハイソケットはフェアリー族といういわゆる人間とはちょっと違うらしい。

 なんでもマナの集積体がなんらかの刺激を産まれ個を成すらしい。

 ちなみに俺はまだ基礎魔法が使えない。

 村の端で待機していると、大きな神輿みこしが村の中を練り歩く。

 その圧倒的な大きさと華やかさに目を奪われてしまう。

 じっくりと時間が流れ、人々のいとなみが見てとれるようだ。

「時尭さん。ここにいたのですね」

 ハイソケットが民族衣装で俺の手をとる。

「さ、行きましょう!」

 楽しそうに駆け出すハイソケット。

 その柔らかな笑みに心が動かされる。

 俺、もしかして楽しんでいない?

 祭りなのに。

 それを見透かされていたのだろうか。

 レジュは広場で踊っていた。真ん中にはキャンプファイヤーのようなものが立っていた。

 オレンジ色に煌めく炎を前にして、俺は足を止める。

「踊りますか?」

 足を止めた理由を踊りたいと勘違いしたハイソケット。

「……」

 ふるふると首を横に振る。

「いいんですよ。遠慮なんて」

 俺の足踏みにタイミングを合わせてくれる。

 しばらく揺れていると、ハイソケットは微笑む。

「ありがとうございます」

「え?」

 思わず声が漏れた。

「だって、私は何も言わなかったのに、こうして傍にいてくれるじゃないですか」

 コミュ障じゃなければ何か気の利いたことが言えたかもしれない。

「私ずるいんです。本当は寂しいだけなのかもしれません」

 炎がパチパチと爆ぜる。

「でも時尭さんが来て思ったんです。私、本当は――っ!」

 カンカンカンカン。

 鐘の音が鳴る。

 警告音らしい。

 みんな慌ててくわやスコップ、おのなどを持ち出す。

 遠くに見えてきた

 それらが村民に襲いかかる。

「すみません。時尭さん。逃げてください」

「え……?」

「今のあなたは邪魔なだけです」

 邪魔。

 確かにそうかもしれない。

 俺にはレジュのような剣術がうまいわけじゃない。

 魔法も使えない。

 使えるのは転移魔法一つ。それもどこまで底があるのか知らない。

 もしかしたら五回も使えば干からびてしまうかもしれない。

 そう思うと足踏みをしてしまう。

 ハイソケットが大剣を持って向かう。

 そしてレジュも最前線へと向かう。

 あのに向かっていく。

 俺は何もできない。

 いや、しないのか?

 していないのだ。

 まだ何も。

 俺は自分のことばかり考えていた。

 帰ること。目の前のことから逃げていた。

 それですむと。

 生きる覚悟すら持っていなかった。

「俺は……っ!」

 会話すら絶っていた。

 自分から働きかけることもしなかった。

 それでどれだけ多くの人を困らせたのか、分かったものではない。


☆★☆


 私はレジュさんと一緒に最前線に向かいます。

「私だってもとB級冒険者なのです!」

 大剣を振りかざし、敵をバッサバッサと切り倒していきます。

 その隣で火炎魔法を唱えるレジュです。

 放たれた火球が敵を捕らえ爆炎に呑み込んでいきます。

 敵は数十の群になって襲いかかってきます。

 私はその鋭い爪牙を大剣でいなし、魔法詠唱です。

 風魔法で切り飛ばしていきます。

 残り数匹になった敵です。

 私にだって村を守れるんです。

 ただのフェアリーなだけじゃないんです。

 超次元級転移魔法で異世界神を連れてくるだけじゃないんです。

 今日は神様も見ています。

 負けるわけにはいきません。

 絶対に勝つのです。

 そして明日も村の人と一緒に笑顔で食事をするのです。

 それがどれだけ尊いのか。

 どれだけ大変なことなのか。

 今の私にはよく分かります。

 時尭さんが当たり前ではない可能性を見せてくれました。

 すべてが彼の価値感にあっていないようでした。

 きっと彼は幸せだったのです。

 もう超次元転移魔法は使えません。あれは年に一度のマナで行える特殊なものです。

 なら、彼を逃がすことに集中しなくてはなりません。

 すでに数十の村の人たちが死んでいます。

 これは戦いなのです。

 地球の日本にいる彼らには残酷な現実です。

 いいのです。逃げても。

 立ち向かうものが勇敢で、逃げるものが臆病者というわけじゃないのです。

 それは戦いに駆り立てる弱者の意見なのです。

 事実は違います。

 逃げてもいいんです。

 それを時尭さんには教えてもらいました。

 彼は逃げながらも、自分を大事にしていました。

 その価値感も。心根も。

 甘ったれたわけじゃありません。

 彼は自分の気持ちに素直なのです。

 それがよく伝わってきました。

 敵の鋭利な爪が目の前に飛び込んできます。

 レジェも他の村人も今は必死で戦っています。

 私の反応がちょっと遅れただけ。

 走馬灯のように過去の記憶が蘇ってきます。

 彼の命。心。魂。

 私は死ぬのでしょうか?


 敵にタックルをする時尭さん――。

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