第3話 変装?

「まずはこの石の上をジャンプで乗り越えるんだ」

 まばらにある水面に浮かぶ石たち。

 そこに向けて踏み出すレジェ。

 ここは村のすぐ傍の滝壺がある河瀬。

「そらやってみろ」

 俺も勢いよくジャンプするが水滴のついた石は滑りやすい。加えて川の流れによって丸く削られた石だ。滑るわけだ。

 俺は滑り、こけて川に落ちる。

 全身ずぶ濡れでもレジェは顔色一つ変えない。

「今度は木剣での打ち込み二百回!」

 俺は木剣で樹木を叩く。

「素早く。全身の体重移動を意識して!」

 十回もするとバテバテになり、濡れた衣服が肌につく。

「そんなんじゃ、あいつらが来ても対抗できないぞ。死にたいのか!!」

 レジェの言葉は強めだが、こっちでは当たり前なのかもしれない。

 しばらく休むと俺は木剣を手に打ち込みを再開する。

 でも三回くらいですぐにバテる。

「まず基礎体力がないわね。ヘンタイはどんな生活を送ってきたんだか……」

 呆れるようにため息を吐くレジェ。


「さて。ヘンタイの転移魔法だけど」

 真剣な顔で俺に向き合うレジュ。

「ハッキリってハズレギフトだね」

 それはなんとなく分かっていた。

「転移するとき、視線を向けた方に移動する。だからその直線上に行けば倒せる。それも二メートル以内。正直、使えば使うほど、隙が生まれる。もう使わない方がいいわ」

 変態と罵る割りにはちゃんと教えてくれる。

 レジェは案外いい人なのかもしれない。

「聞いている?」

「いててて」

 耳を引っ張るレジェ。

「なんだ。ちゃんとしゃべれるんじゃない」

 少しホッとした顔を浮かべるレジェ。

「それから、魔法の練習もするわよ。ヘンタイは使わないけど、使える方がいいから」

 的を用意すると十メートル離れるレジェ。

 その距離から魔法詠唱をして、風の魔法を放つ。

 風の刃が飛翔し、的を真っ二つに切り裂く。

「おっー!」

 パチパチと拍手を送る俺。

「これくらいできて当然よ。ヘンタイくんも何かできないの?」

 ふるふると首を横に振る。

「はぁ~。ホント、先が思いやられるわ……。誰!?」

「レジェさん、時尭さん。こちらにいらしましたね」

 ハイソケットが野道から現れる。

 気配を察したらしく、レジェは戦闘態勢をしていた。

「大丈夫です。お昼ご飯を持ってきただけなので」

 ハイソケットは怯えた様子もなく、あくまでもにこやかに応じる。

 レジェが憤怒なら、ハイソケットは天使である。

 もはやこっちの世界における母である。

 ありがたやー。

「何を考えているのよ? ヘンタイ」

 ショボーンとする俺。

「あれ? 時尭さん、衣服が濡れていますよ?」

「ああ。ヘンタイは川に落ちたからね」

「大変です! 今すぐ着替えてください!」

 ハイソケットは勢いよく俺の服を脱がしにかかる。

 え。いや、やめて……。

「ぁあ、いや」

 上半身裸になった俺を鼻で笑うレジェ。

「貧相な身体つきね」

「これに着替えてください」

 そう言ってハイソケットはメイド服を出してくる。

「え」

 女装しろ、と?

「大丈夫です。似合います」

「あははははははははははははっはああはは」

 腹を抱えて大笑いするレジェ。

「早くしないと風邪ひきます」

 ハイソケットの押しが強くて、仕方なしにメイド服に着替える。

「いいじゃんいいじゃん。髪も伸ばしたら、性奴隷として売れるんじゃない?」

 カラカラと笑うレジェ。

 むかつく。

 それにしても……性奴隷か。

 こっちではそれが当たり前なのか。

 なんか異世界だからってショックなことはショックだ。

 俺にはない価値感がこっちでは当たり前なのか。

 自分がどれだけ恵まれた土地で、価値感で育ってきたのが、よく分かる。

 手鏡を見ると、そこにはボーイッシュな黒髪短髪のメイドが立っていた。

 自分でも驚くほど似合って……、

「バカチンが――っ!」

 俺はカチューシャを地面に投げつける。

 プライドがぐちゃぐちゃになるのを感じ、俺は膝を抱えて草陰に身を落とす。

「雑草が一つ、雑草が二つ、雑草が三つ……」

「拗ねちゃいましたね……」

「あれはハイソケットが悪い」

「ええ! だって風邪ひくの辛いじゃないですか」

「だからってなんでメイド服なの。あいつあれでも男だぞ?」

 疑問符を浮かべるレジェ。

「だって。かわいいじゃないですか」

 ハイソケットの天然なのかそれともからかっているのか分からない言葉に俺はずーんと重くなる。

「あはははは。まったくハイソケットは」

 高笑いするレジュ。

 笑いの沸点が低いのかもしれない。

「で。どうするよ?」

「焚き火で乾かしているじゃないですか。そのあと着替えてもらいます」

「まあ、その間にメシにするか」

「はい」

 俺の前に来てサンドイッチを渡してくるハイソケット。

「食べてくださいな」

 食欲はないけど、食べないと後悔しそうだな。

 パクッとかじりつく。

 空腹もあってか、味が美味しく感じた。

 ガツガツとサンドイッチを頂く。

 中身は卵のみのシンプルなものだった。

 恐らくこっちの世界では食糧もままならないのかもしれない。

 まあ、推測だけど。

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