第46話 本領発揮

「・・・・・・はて?」

 その異変に気が付いたのは、果心が初めであった。

「あの、ミルシ嬢?」

「何ですか!?今、いいところなんですけど!」

「それは重畳。それで、試合はどう運んでいます?何分、この小さき目では、各々の動きについて詳しくは見えないもので」

「どうって・・・どうもこうも、ダンジョーさんが相手の猛攻を上手く躱して、って、ああ!惜しい、攻勢の出しなを潰されましたよ!」

 そう言って、「ああ、もう!」と悔しそうに拳をブンブンと振る。そこには一切の怪訝は見受けられない。

「・・・ほう。それで、確か相手方の選手は確か、それぞれの片腕ずつを鎖で繋いでいましたが、それは?」

「何を言ってるんです!?今もその鎖を使って・・・あ!ああ、危ない!良く避けました、良いですよぅ!」

「・・・成程」

 チラと念の為、この会話が聞こえているはずのフェデレーコを見遣る。しかし、どうやら彼にも同じものが見えているようで、果心への疑念や困惑といったリアクションは無い。

 だが、しかし。果心の小さな瞳に映る光景はそんな血沸き肉躍るような試合ではなく、一方的な展開だった。相手が久秀でなければ『蹂躙』と言えるか、そもそもそこまで長引かないかの2択だ。

 2人連れの相手選手、否、選手だった者共のそれぞれ右腕と左腕は鎖から解放されている。従って、至って普通の2対1と化していた。ただ、それだけならまだ剣闘士内でのヒール役、としてのお芝居と見ることも出来るだろう。

 真に問題なのは、彼らの行っている攻撃方法である。彼らは剣を片手に持っているがそれは握っているだけで、明らかに魔術と思しき攻撃を剣を持たぬ方の手から久秀へとお見舞いしているのだ。

 2人がかりの免罪符である鎖を外して魔術攻撃と、一から十までルール違反にマナー違反。されど、フェデレーコや実況者を筆頭に誰一人としてそれを咎めるも無し、ブーイングも無し。

 と、くれば。

(これは・・・よもや、謀られましたか?)

 その容疑者として一番疑わしいのは運営側だが、張本人たるフェデレーコも術中に落ちているとあれば、闘技場の運営側、体制側は一先ず無実と見て相違あるまい。

 で、あれば。

(そもそも、狙いが松永殿という予測が誤りで、ならば・・・)

 と、そこまで思考を巡らせてハッと気が付く。そんなことを考えている場合では無いと。

 少なくとも、ここで搦め手を打ってきたということは、連中がここで勝たねばならぬと判断したからに相違なく。ならば、目的が彼女の命を奪くことではないにしても・・・。

「ええい、時が惜しい・・・ミルシ嬢、御免!」

 断りだけを入れて果心はピョンとミルシの肩へと飛び移ると、その耳たぶへと鋭い歯を入れた。

「へ?何です・・・って、あ痛!」

「御免と言いました。して、何が見えます!?」

「いつつ・・・何って・・・へ、な、何ですか、これ!?」

 噛みつかれたことで無理やりに果心の解呪をお見舞いされ、魔術に依る幻覚から解かれたミルシの目はやっと、果心が先より見ている光景と同じものを捉えられたのだろう。驚きの声を上げ、ガタと椅子を鳴らして立ち上がった。

「おい、さっきから何を騒いでいる?」

「何って、フェデレーコさん、だって、あれ!」

「あれ?・・・いい試合だろうが。邪魔をするな」

 邪険そうにヒラヒラと手を振るフェデレーコへ食い下がろうとするミルシを、果心は「無駄ですよ」と言って止めた。

「何せ、ミルシ嬢もさっきまでそんな感じでしたから。ミルシ嬢、彼の手を握って下さい」

「はい!?」

「早く!」

 急かす果心のこれまで感じたことのない有無を言わせぬ剣幕に、ミルシの頭から異性の体に触れる羞恥心や嫌悪感なんてものは吹き飛んだ。

「し、失礼します!」

 そうして手を握られたフェデレーコが見せた驚きと、それに対するミルシの物言い、そして鱗の取れた目で見たフィールドの惨状を見てのリアクションはミルシと果心のそれのリフレインのようで。つまりは、狼狽して立ち上がったということだ。

「何だ・・・これは」

「分かりませんが、非常事態なのは間違い無いでしょう」

「はい。じゃあ・・・フェデレーコさん、行ってきます」

 カツ、とテラス状になっている観覧席の桟へブーツをかけ、今にもフィールドへと飛び込まんとするミルシへ、フェデレーコが待ったをかける。

「待て、行くな!」

「おっとっと・・・って、フェデレーコさん、なんでですか!?」

 危ないじゃないですか!と制止されたせいでテラスから転げ落ちそうになったミルシは両腕をブンブン振って抗議するが、されたフェデレーコは「迂闊に動くな」とキッパリ断じてから、視線を彼女の肩に乗る果心へと移す。

「それよりカシンコジ。アイツらがこんな手に出てきたのは、こうでもせんとダンジョーの奴に勝てんと判断したから。そして、そうまでして勝ちたい理由があるから。違うか?」

「違わないでしょう。それに加えて言えば、ここまで大規模な幻惑魔術を行使するにはそれなりの下準備が必要ですから・・・少なくとも、優勝賞金程度が目的ではないでしょうね」

「なら・・・狙いは」

「松永殿か、貴方の命。それに相違ないでしょう」

 その言葉に、フェデレーコは思わず息を呑んだ。

「・・・おや、どうされました?」

「お前・・・どうして、俺の命だと?」

「簡単な推測ですよ。現に貴方はあの路地裏で待ち伏せを受けていましたし、優勝者への授与を貴方自身から行うことは、松永殿より伺っていましたから」

 公衆の面前とは言え、サシで向き合えるこの参加制限無しのトーナメントマッチを、フェデレーコを害したい存在が見過ごす訳がない。それは確かに1つの推理ではあったが、理屈としての蓋然性は存分にあった。

「って!そんな話をしてる暇があったら・・・」

「喚くな。動きたいのは山々だが・・・打つ手が無い」

「無い?」

「ああ。現状として、奴らは『まだ』試合という大枠を外れては動いてはいない。しかし、仮にお前たちがあそこに乱入しダンジョーへ合力しようとした時、つまりはマトモな奴らの勝ち筋が失せた場合となってでも・・・」

「それを墨守してくれる保証が無い、と?」

「そうだ。最悪のケースとして、大規模な魔術で観客ごと俺を始末しようとせん、とも限らんからな。この闘技場にいる全員が人質に取られたようなものだ」

 何を淡々と・・・と言いかけて、ミルシはハタと口を噤む。努めて冷静であろうと動きを殺された表情筋の代わりにブルブルと怒りと無力感で打ち震えるフェデレーコの拳を見たからには、黙るしかなかった。

「しかしフェデレーコ殿。ここで松永殿が負けても・・・」

「そう・・・なるな。彼奴の生き死には兎も角、暗殺者の切っ先に俺は立たねばならんくなる。八方塞がり、か」

「唯一の勝ちの目は、松永殿が自力で勝つことだけ、と。我々に出来ることは、ただの1つのみ」

「糞が。祈るしか出来んというのか」

 本当にそうか?フェデレーコの吐露を聞いて、ミルシは自問する。

 敵の目的は決勝戦で勝つこと。そのために魔術を使い、それを隠すために幻惑魔術を使った。しかし、幻惑をかけっぱなしではセレモニーには移れないだろうから、久秀を打ちのめしてから解除する・・・のだろう、多分。

 予想でしか無いが、仮に試合進行からその後の動きまでを全て創り出せるような、見せ続けられるような幻惑魔術を行使できるなら。こんな風にワザワザ試合に出て勝つなんて手間は必要ないだろうから、大きくは外れてはいないはず。

 フェデレーコが危惧しているのは、自分たちがそれを阻止する動きに出た時の相手の動きが読めないこと。そして、そうなった場合に観客たちに被害がでること。

「・・・つまり」

「ん?」

「おや?」

 つまり、逆を言えば、だ。ミルシたちを含めた観客の状況が試合中に見られるものの範疇であるなら。

「動きは・・・しない?」

「おいお前、いったい何を」

 そう怪訝そうに問うてくるフェデレーコを無視して、ミルシは彼へと逆に問い質す。

「あの、フェデレーコさん!試合中に、フィールドに物が投げ込まれることって、ありますか!?」

「何を言って・・・」

「どうなんです!?あるのか、無いのか!?」

「あ、あることはある」

「本当ですね!?」

「あ、ああ。時折、自分の推しの剣闘士が負けそうになって、ゴミを投げ込む不届き者がな。だが・・・それがどうした?」

 しかし、ミルシは問い返してきたフェデレーコの言葉に耳を貸すことなく、そもそも途中からは耳も貸さずに。ただ『ある』という単語と、念押しに頷いた彼の首の動きのみを理解すると、今度はキッと果心を睨めつける。

「カシンさん!」

「え?は、はい」

「私やフェデレーコさんにしたみたいな、敵の魔術を破るやつ。ダンジョーさんにも出来ます!?」

「え?は、はい。出来るでしょうけど、それが―」

 そしてやはり、ミルシは果心の言葉をも最後まで聞くこと無く。ただ今度は念押しすら時間が惜しいのかすることなく彼の言葉を信託すると、

「なら!」

 まだ何か言おうとする果心をむんずと掴み、右腕をオーバースローのように大きく振り被る。

「お願いします!」

 そうして、万力の力―と言っても握り締めない程度にセーブしつつ―を込めて腕を振るい、果心をフィールドへと投げ込んだのだ。

「良し」

 パンパンと埃を払うように手を叩きつつそう独り言ちる頃には、再び彼女やフェデレーコの視界はグニャリと歪み、果心に齧られたりする前に瞳に映っていたような『良い試合』の風景に移り変わる。

 もっとも、現在は2人ともがそんなものはまやかしだと理解している。今ではきっと、彼女が投げ込んだ果心が久秀の所へと、放物線を描いて到達しようとしているはずだった。

「良くない。何をやった?」

「何って、カシンさんをダンジョーさんの援軍に向かわせたんですよ。物が投げ込まれることが試合中に起こり得ることなら、カシンさんくらい小さなのが投げ込まれても、いきなり試合をパアにするような行動はしてこないでしょう?」

「まあ、な」

 素直に頷くが、どこか奥歯に物が挟まったような同意なのは、やり方が些か乱暴に思えたからだろう。

「兎も角、これで試合は大丈夫です。で?」

「で?」

「それで、フェデレーコさんはどうします?このまま黙って、創られた試合風景を眺めている心算ですか?」

 フフンと不敵に笑いながらぶつけられた挑むような言葉、それに対してフェデレーコも、どこか愉快そうに口角を歪めて鮫のような笑みを浮かべる。

「ふん・・・言ってくれるな」

「それで、答えは?」

「断じてノン、だ。俺の眼下で、俺の領地で振るわれる無法に黙っていては、俺の治世の沽券に関わるからな」

 そう言い放つ彼の相眼は先までの途方に暮れるような目とはまるで違う、抗うスピリッツを秘めた戦士の目だ。

「元気になりましたね」

「非常事態だ、お為誤魔化しは止せ」

 だが、決して状況が好転していないにも関わらず活き活きと輝く彼の相貌は、彼の本質が困難に挑むファイターであることを如実に表している。ならば、今のフェデレーコの状態はそれこそ、彼の本領が発揮され始めたと言えるかもしれない。少なくとも、打つ手無しに打ちひしがれるるのは勿論、ふんぞり返って威圧的に相手を値踏みするよりかは、ずっと。

「取り敢えず、試合はダンジョーとカシンコジに任せるとして。ふむ・・・ならば、俺が打つべきは事後の処理、か」

「ですか。そこは任せます」

「丸投げか。まあ、いい」

 そう言って、フェデレーコは衣紋掛けにかけてあったマントを肩から羽織ると、その隣に立ててあった細身の剣を鞘ごと、ひょいとミルシへと手渡した。

「これは?」

「俺の剣だ。一応、お前が持っておけ」

「私?フェデレーコさんじゃなくて?」

「俺が持っていると、何かあったと感づかれる恐れがある」

「でも、敵は・・・あ!」

 ようやく気付いたか、と彼は笑みを崩す。

 そこに侮蔑は無い。全てに気付いて動けるようなスーパーマンはサラサラおらず、また、それをうら若き少女へ求めるほど彼は業突張りでは無かった。

「そういうことだ。他にも見張ってる奴がいるかもしれん。・・・まあ、ここでこうしてゴチャゴチャしてても動きが無いから、恐らくはいないだろうが」

「油断は禁物、と」

「ああ。それに、お前の今の仕事は、俺を守ることだ。なら、これくらいはあった方がいい」

 そう言うと、フェデレーコは踵を返し、マントを翻して観覧席を出て通路へと向かい、ミルシも剣を腰のベルトに差し込みながらそれに追従する。

 そうして無言で階下へと向かう通路をセカセカと歩いていたフェデレーコだったが、途中で立ち止まって辺りを伺い、人気の無いのを確認してから「・・・そういえば」と、さも思い出したように切り出した。

「あの時は聞かなかったが、1つ聞いていいか?」

「ええ。何です?」

「ダンジョーへ、カシンコジを援兵に寄越したのは幻惑魔術を破らせるため、それはいい。だが・・・それで勝てるのか?」

「・・・はい?」

「こんなことが起こるとは、流石の仕事人でも思ってはいまい。術を破れたとしても、持ってる武器は変わらず木剣1振りのみだ。それでどう、敵の魔術師と戦う?」

 フェデレーコも、久秀の実力を疑っている訳では無い。ただ、それはそれとして、準備も無しに魔術師と戦うのが自殺行為なのも、間違いの無い事実ではあるのだ。勝てるのか、と彼が考えるのはあながちおかしなことでは無い。

 しかし、その疑問を受けたミルシは馬鹿らしそうに肩を竦めると、

「当たり前じゃないですか」

 そう、言下に言い切った。

「しかしな。アイツは・・・」

「そこまでです」

 スッと、彼の口を塞ぐように人差し指を口の前に立てる。そして、訝しむように表情を歪めるフェデレーコへ、ミルシは優しく微笑むと自信満々言い切った。

「大丈夫です。あの2人が揃ったのなら、無敵ですから」

 


 


 

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