第44話 遊戯終了

「さあて皆さん、お待ちかねえ!いよいよ第14回トーナメントマッチ、後半試合の開始となりまああああす!」

 わああ!うおお!と歓声が闘技場を包み込む。こういった試合を見に会場まで足を運ぶ観客にノリの悪い者はそうそういないが、今日の観客はいつにも増して良いノリをしているらしい。

「今から皆さんへ勇姿をお見せするのは、いずれも1戦、勝ち上がってきた猛者ばかり!皆さん、熱い闘いが、見たいですかあああああぁ!?」

「うぉおおお!」

「魂を揺さぶる、戦士たちの闘いが、見たいですかあああああぁ!?」

「うぉおおお!」

「なら、見させていただきましょう!午後第一試合、両選手とも、フィールドへ、カマアアアアアァン!」

 こうして、午後からの試合が始まった。

 しかし、全ての試合を順繰りに見せていくには、些か紙幅が乏しいし冗長に過ぎる。尺稼ぎの汚名を被るのも業腹なので、久秀の闘った試合のみをダイジェストにて記すことにしよう。


 第2戦、準々決勝。

 相手は上半身裸に視界の乏しい兜を被り、投網と片手剣で武装したムロエウア風の戦士である。

 戦法は見たまんま。鈎の付いた投網を投じて相手を絡め取る・・・と、思わせるのが、彼の作戦の肝である。相手が投網を避けて回り込もうとする所を狙って剣をぶち当てる、策士ファイトでこれまで幾人もの剣闘士を屠ってきた剣闘士だ。それを避けようとしても、投網を避けなければそのまま鈎に絡み取られてジ・エンドと、奇策正攻法共に隙がない。

「ハアッハッハハ。そおれ娘子、我が網にて捕えてくれよう!」

「こんなおなごを手籠めにしようとは・・・親が泣くぞ、貴様」

「な!?」

「まあ、そういう趣味なら咎めはせぬが・・・人好かれはせぬぞ?」

「う、煩ぁい!とおりゃあ!」

 若干ヤケクソ気味に投じられた網は大きく広がり、久秀の頭上を、

「はいぃ!?」

 覆う前に、既に彼女は動き出していた。久秀は先の試合を見ていないにもかかわらず、その策を一目で看破していたのだ。寝ても覚めても殺し合いをしていた、日ノ本の武士の面目躍如言えよう。

 思い切りよく若い足のバネを活かし、まるで地を這うような軌跡で内懐へと飛び込む。その久秀の動きを視界の悪い兜越しでは満足に捉えることは適わず、キョロキョロとお約束のように辺りを見渡し、お約束の台詞を吐く。

「ど、どこだ?どこにいる!?」

「ここじゃよ」

「!?」

「遅い!」

 飛び退く暇すら与えられず、足払いをかけられて仰向けに倒れる。

「くは!」

 そうして後頭部を固い石造りのフィールドへ強か打ちつけた彼の喉元に、木剣の切っ先が突き付けられる。グイと押し付けられた切っ先は、後ホンの一寸押し込めば喉仏を押し潰してしまうだろう。

「これで終いじゃ、変態」

「だ、だから・・・オレは、ロリコンじゃ・・・無い」

 辛うじてそれだけを言い残し、彼は意識を失った。久秀の勝利である。


 第3戦、準決勝。

 相手は赤ら顔には似つかわしくないスマートな鋼鉄製の鎧を身に纏った大男だ。

 この前に行われていた試合でもそうだが、やはりここまで勝ち上がってくるのは田舎の力自慢みたいな若者では無し、剣闘士などの闘い巧者に限られるのだろう。眼前の男も顔と鎧のミスマッチは兎も角、鎧に着せられているような不格好さは見受けられない。

 肝心の腕も、ここまで勝ち上がってきた以上は伊達や酔狂では無いのだろう。大きな戦斧を片手でブルンブルンと頭の上で振り回し、自信満々に久秀へと言い放つ。

「フハハハハ!小童め、お前如き、この私が蹴散らして見せよう!」

「・・・あんなこと言ってますけど、カシンさん」

「問題無いでしょう、久秀殿なら」

 そんな彼と久秀との対戦は・・・・・・見どころが無かったので、バッサリとカット。

「ゑ!?」

 結果、久秀の勝利である。

「ゑ!?」

 哀れ。


 そして、あれよあれよという間に決勝戦と相成ったのである。

「さあて皆さんお待ちかねぇ!数多の男たちが血と汗を流し、皆さんの心を湧きたててきました。しかし!ついに!本日開催のトーナメントマッチ、その最後の勝利者、最強の勝利者を決める闘いが!巻き起ころうとしています!」

「「「う、おおおおおお!」」」

 観客たちの、腹の底から出されたような歓声により、今日一番の熱狂が闘技場を包み込んだ。

 些か熱狂の度合いが強すぎるようにも感じるが、それも郁子なるかな。本人及び関係者からは順当に、されど他観衆からすれば大番狂わせをいいところに勝ち上がっているのが何と、歳うら若き少女なのだ。

 それが並み居る大男たちをちぎっては投げ、ちぎっては投げ。あれよあれよと決勝戦の舞台まで登りつめたのだから、興奮しない訳がない。それが美麗な少女とあれば猶更である。

 俗な言い方になるが、大衆は分かり易い偶像アイドルを求めるなのだ。そう、いつの世も。

「いよいよですね」

「ああ」

「これで勝てば・・・ダンジョーさんが一番、優勝ですね!」

「まあな。もっとも・・・俺としては、そろっと負けてくれた方が良いんだが」

「何でですか!?」

「俺が捻じ込んだアイツが優勝してみろ。八百長だ何だと叩かれかねん。・・・実力は、もう良く分かったからな」

「それはそうかもしれませんけど・・・でも、そんなこと言っちゃダメです!」

 初めは険悪な雰囲気すら漂わせていた2人も、仲良く観戦する内にこれこの通り。さっきなどはフェデレーコの推しの剣闘士が見せた手に汗握る闘いを、2人仲良く応援していたくらいだ。

 同じものも同じように楽しむことは、いつでもどこでも仲を解す手っ取り早い方策なのであろう。「やれ!」だの「そこだ!」だのを叫びながら観戦していたミルシたちをどこか生ぬるい目で眺めていた果心は、そう感じた。

「さあて、皆さんお待ちかねぇ!決勝まで勝ち上がった、栄えある選手たちの入場だぁ!先ずはレェフトサァイド、スーパーコンビネーションの双子ファイター、クラウとソラスだあああああぁ!」

 声援へと手を振りながら入場してくる2人組の剣闘士を見ながら、ミルシは思いついたような疑問を口にする。

「そういえばフェデレーコさん。さっきは聞きそびれましたけど、2人組って良いんですか?」

「構わん」

「でも、それなら私とダンジョーさんが一緒に出ても・・・」

「アイツらの場合は、あれで1人分だからな。見ろ」

 そう言ってフェデレーコが顎でしゃくり指すクラウとソラスの間。それぞれの右腕と左手の辺りを見て、

「あれは・・・鎖、ですか?」

「そうだ。アイツらは鎖で繋がれた双子剣闘士、そういうスタイルだからな。ただの2対1なら数の暴力だが、ああして自分たちを縛ることで1人分。そういう理屈だ」

「な、成程」

 確かに、2人を繋ぐ鎖は1メートルも無いだろうから、それに縛られたまま闘うのは独りで闘うよりも難しく、相応以上のコンビネーションが求められるに違いない。

 見れば、彼らもそういった点は理解しているらしい。2人して高々とその鎖を掲げつつ、観衆に応えていた。

「そう言われれば、そうですね。なにせ、フェデレーコさんの応援してた選手も倒してますから、腕は立ちそうです」

「それは言うな。・・・まあ、いい。それより」

「ええ。いよいよ、ダンジョーさんの入場です!」

 ワクワク、という擬音が飛び交っているのが傍目で分かるくらいに興奮してフィールドへ熱視線を送るミルシを見遣りながら、彼女とは異なりどこか気楽な調子で果心は闘いに挑む久秀を眺めていた。

 既に、彼女が闘う目的は達せられたのだ。

 このフェデレーコに依頼に能うほどの腕がある認められた以上は、このトーナメントマッチで闘う理由は特に無い。

 勿論、優勝者へはそれなりの賞金が与えられるとのことだが、それ以上に無駄な損耗や予期せぬ損傷は厭われるもの。なので本願を達した以上は適当に負けてしまうのが本来ならば好ましく、闘いに赴く久秀がフェデレーコの意見を知らない以上は果心が念話なりなんなりでそれを伝えるのが筋であろうに。

 それをしないのは。

「・・・いやはや、楽しそうなお顔で」

 周りに聞こえないよう呟かれた、その言葉が答えであろう。


「次にぃ、ラァイトサァイド!突如として闘技場へと舞い降りた彗星ファイター!守りを捨てた素早い動きは、双子ファイターへも通用するのか!レディ・ダンだああああああぁ!」

 実況者の熱い声と共に降り注ぐ観客からの声援を受けながら、久秀はフィールドへと歩を進めた。飄々とした足取りで木剣を肥担ぎのように肩へ抱えながら、何ともないような顔で歩く久秀だったが、僅かに持ち上がる口の端から胸に滾る高揚感と多幸感は隠しようが無かった。

(・・・思えば、いつぶりじゃ?)

 このような幸せな感覚は。

 少なくとも長慶が身罷って、太和や天下があの阿呆3人や愚息、更にはあの田舎武者やら坊主上がりによっててんやわんやとなってからは無かっただろう。久秀を彩る評価は主家殺しの梟雄、易々と寝返った返り忠、そして権勢者に逆らった愚か者と、 どれも耳目を買いはすれど、称賛され得るものではない。

 この世界に来てからも一部の者からの評価は得たが、こうして多くの大衆から讃頌を得ることなど、まるで凱旋将軍のような熱烈を浴びることなど無かった。彼女はいつも日陰者、裏方を司る仕事人でしかなかったから。

 正直な話、彼女がこうして闘技場へと立つ理由はもう無い。腕は今までの闘いで見せつけているので、仮にそれを以てしても久秀の腕を認めないというならそれはフェデレーコの不明だ。そこを斟酌してやる理由こそ無い。

 だのに、何故?そう問われれば、久秀の返す回答は1つ、『楽しい』からだ。

 不慮の事故はあれど原則的に命のやり取りは無く、己の技量以外に己を立てる術は無し、何より純粋な己の才覚に歓声を送られることの快感よ。武門の漢としては、己が弓箭の腕前を見世物にするのに抵抗を覚えないでも無かったが、ここまでくればそんな思い入れより湧き上がる心が勝る。

「さあて、両者、フィールドに着きましたああぁ!先ずは、ここまで素晴らしい闘いを見せてくれた彼ら、否、全ての選手たちに大きな拍手を!」

 忽ち、バンバンと割れんばかりの柏手が響き渡る。今、久秀たちを見下ろす観客たちの顔に侮蔑や嘲りの感情は皆無。皆、一番初めに久秀に心無い野次を飛ばした若者たちも含め、次に行われる試合への期待にはちきれんばかりの表情を向けていた。

「やれやれ、豪儀なことよ。まあ、お主らも宜しく頼むぞ」

「・・・・・・」

 珍しく気安く対戦相手へと声をかけた久秀であったが、クラウとソラスは押し黙ったまま軽く頷くだけだった。その甲斐の無い行動に少し気分を害したが、そういった振舞いをするキャラクター付けかもしれぬと思い直す。こうして熱狂に浮かれて軽々に声をかける自分よりは、よっぽど剣闘士としては上等やもしれぬ、とも。

「まあ、良い。そろりとゆこうぞ」

 そう呟いて、久秀は心を平常心にと窘めつつ木剣を構え直す。

「さあて、さあて、さあて!皆さんお待ちかねの、大変、お待ちかねのぉ!本日最終試合が、始まりまあああぁす!どちらも大番狂わせを見せてきた選手たち、一体どちらの手に栄光が舞い降りるのか!さあ、試合開始です!」

 浮かれて、この熱烈な応援を裏切れぬ。そう、一丁前の剣闘士のような面持ちで剣を構える久秀の視線の先で、並び立つクラウとソラスの映像が。

「うぬ?」

 グラリ、と捩じれるかのように歪む。靄がかかったかのように、視界がぼやける。

 そして、

「な!?」

 輝く閃光が、この場では決して見てはならぬ、見せてはならぬはずの『魔術による攻撃』が、久秀へと一直線に迫り来る。

 慌てて避ける久秀へとクラウとソラス、否、クラウとソラス『だったもの』はニンヤリと、嘲笑うかのような笑みを向けた。

 

 まるで、遊びは終わりだとでも言わんばかりに。

 

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