第8話 多知高勝

「ふう・・・ちそうさん」

 そう言って久秀は柏手を打ち、頭を下げた。

「はい、お粗末様でした」

「じゃが、儂はもう少し薄味が好みじゃがの」

「もう!ダンジョーさんは直ぐそういうことを言う!」

 不満げに口を尖らせるミルシを見て呵々と笑う久秀に、果心は「おやおや」と嘴を入れる。

「摂州生まれの癖に、京人みやこびと気取りですか?」

「む・・・いや」

「いえいえ、そういう態度がとれるのは、立派に経験を積まれた結果からですよ。貴女が三好殿と京に初めて上った時など、それはもう・・・」

「おい!」

 思わず声を荒げる久秀の態度に、ミルシは面白そうな話を嗅ぎつけたか、キラキラとその目を輝かす。

「カシンさん!私、気になります、それ!」

「良いでしょう。忘れもしません、これは小生が未だ・・・」

「待たんか、貴様ら!・・・そもそも果心、何故に貴様があの時分の話を知っておるのじゃ?」

「はは。それは秘密です」

「・・・まったく、こやつめ」

 頬杖を付いて文句を垂れる久秀だが、彼女がミルシの料理をどう思っているのかは、自身の膳の上に並ぶ空になった食器類が言葉より雄弁に物語っている。

「ま、そんなことは良いがの。それよりも、じゃ」

 どこか誤魔化すように声を大にしてそう言うと立ち上がり、

「ああ、一寸」

 小上がりの所に向かおうとしたところで、果心から待ったがかかる。

「話の前に、後片付けをしておきましょう」

「ですね。調理の時、桶に水は張っておいたので、一先ず浸けておきましょう。その間に他のことを、と・・・」

 幼い頃から祖父と2人暮らしだったためテキパキと工程を考えて動き出すミルシとは反対に、久秀はポカンと立ち尽くす。長年据え膳生活が長かったとはいえ、この地に来させられてからはそうもいかなかったはずだが・・・。

 まあ、こういった作業は知識や練習よりも、自ら率先して動く『気』があるかどうかが一番大きいから仕方が無い。・・・のか?

「ほら、ダンジョーさんも!呆としてないで、さっさと動いて下さい」

「おう!?う、うむ・・・」

「返事は!?」

「・・・はい」

 そんな風に、孫ほどの年の娘子に怒られる久秀の様子を、果心は満足そうに眺めていた。


「さて・・・と」

 小一時間後、後片付けが終了した久秀たちは再び食事の時と同じように座った。

「腹もくちたことじゃし、次の仕事の話をしようかの」

 そう宣言すると、久秀は立ち上がって小上がりの所に置いておいた小箱を、今度は邪魔されることなく持って戻って来た。

「それって、あの時の?」

「うむ、クリ坊が渡した物じゃ」

「開けられます?あの人は結構苦心して開けてましたけど」

「任せよ」

 その言葉に偽りは無い。久秀の細指はこの箱を触るのが初めてにもかかわらず細工をスイスイと解いていき、恐らくは細工を解く工程を知っていたクリスフトよりも早く箱を開封した。

「ほれ、開いたぞ」

「それって・・・どうやったらそんな簡単に開けられるんです?」

「・・・?一度見れば十分じゃろう?それに、工程が多いとは申せ、所詮はこんな小さな箱の絡繰りじゃからの。動く部品と動き方から逆算すれば、突破は容易い」

 そう簡単に言い放った久秀は既に箱の開封方法なんぞへは興味を失っており、それよりむしろその中に仕舞われていた地図を真剣な目で見つめていた。

「さて・・・ふむ」

「えっと、それは?」

「ん?ああ、これはあの時クリ坊が見せよった地図じゃ。ええと、なんと読むのじゃったかのう、この地名は?」

「この建物が・・・リファンダムで、この辺りの名前が、ええと・・・た、ターノリス、でしょう。多分」

 田舎の出ではあっても、ミルシは村長の弟の孫娘なので字が読めるのだ。

「リファンダム離宮、とクリスフト殿は言っておられましたね」

「うむ、じゃったの。こちらの紙は・・・ああ、あの時に言っておった仕事の内容についてじゃな。離宮を占拠する化物退治、とりたてて目新しい情報は無いのう」

「あ、そういえばなんですけど・・・」

「何じゃ?」

「その・・・そのり、リファンダム離宮って言葉が出た時、ダンジョーさんもクリスフトさんも渋い顔してましたよね。どうしてです?」

 おずおずとそうミルシが遠慮がちに切り出したのは、自身の不明を怒られるかもしれないと危惧したからだ。しかし、それは杞憂に終わる。

「ふむ・・・言っておらなんだかの?」

「ええ。確か以前にその関係の案件をこなしたのは、ミルシ嬢と出会う前のことですから」

「・・・なら、知らずとも仕方ないのう」

 そう、慰めるように微笑んだ。

「そ、そうですか・・・ふう」

「しかし」

 しかし、その笑顔を見てホッとしたのも束の間。次に述べられた言葉に、ミルシの心はビシリと凍りつく。

「し、しかし?」

「しかし、知らずのままでは危うかろう。であれば・・・」

「あ!そう言えば後片付けが・・・」

 そう言ってやおら立ち上がったミルシの裾を、久秀ははっしと掴み離さない。

「逃がしはせぬ。座れ」

「・・・はぁい」

 ブウと口を尖らせるミルシを、久秀は「その口も直せ」と言下に窘める。

「さて・・・ミルシや」

「はい」

「折角の機会じゃ、勉強の時間としようかの」

 その言葉と共にどこからか取り出した伊達眼鏡をかける久秀を見て、ミルシはガックリと肩を落とした。


「では先ず、そもそも離宮とは何ぞや、からじゃな。・・・返事は?」

「・・・はい」

「良し。では・・・寝るでないぞ」

 予めミルシへ図太い釘を刺して、久秀は説明を始めた。

 離宮とは、読んで字の如く宮殿の一種で、王都にある王宮とは別に各地方に設けられている。普段の国王は王都にて政務を行うため管理人を置いておく程度だが、避暑や休暇、各地への視察の折には下手な別荘地では警護に支障があるために使われることが多い。

「・・・つまり、離宮とは噛み砕いて言えば王家の別宅と思えばよい」

 茶人では無いぞ、と久秀は眼鏡のブリッジを小指で掻き上げる。

「へえ・・・で、それの何が厄介なんです?」

「ふむ、それはの・・・では次に、その辺りの経緯を話そうかの」

 経緯とはこうだ。かつて太祖ラーゴバルド1世が王統を確立した当時、その国庫は簒奪した前王朝の放漫経営もあって建国早々ピンチを迎えていた。

 単純に言えば、金が無かったのだ。

「どうもクリ坊の話では、王宮から逃げ出して亡命政権を気取っておる連中が金目のものを粗方持ち出したとかで・・・っておい、寝るでない」

「むにゅう・・・あふ、終わりました?」

「終わりました?では無いわ!始まったばかりじゃ!」

「で、ダンジョーさん」

「何じゃ!?」

「で、そのお金が無い状況から、どうなったんです?」

 小首を傾げるミルシの言葉から、まるっきり寝ていた訳では無い分かった久秀は少し機嫌を取り戻した。

「ふむ。では逆に聞くがの、お主の懐が寂しくなったらどうする?」

「私?スツアーロから貰います。頼めば何でもくれるので」

 スツアーロと言うのは彼女の幼馴染で、彼女に恋愛感情を抱いていた若者の名前だ。そこまで尽くしていて、一向に好意に気付いて貰えていないというのも悲しい話である。

「不憫な奴じゃな、あ奴も・・・まあ良い。続きを説明する故、今度は寝るで無いぞ」

 閑話休題。

 漕ぎだしたロートフォルケン王朝は急逝した太祖の葬儀は勿論、ただでさえ復興や他国への備えなど他に予算を回さねばならない問題を山積みに抱えていた。そんな状況で、特段何の利益を生むでも無い離宮の管理維持に費やす予算など、ひねり出そうとしてもひねり出せるものでは無い。

 そうなれば解体して、使える資材を回収して再利用という話になるが、

「当時の国庫には、その余裕すら存在しなかったのじゃと。嘆かわしいことじゃ」

 そこで、当時の国王ラーゴバルド2世とその腹心たちは考えた。それら無用の長物を褒美として、建国の功臣や父の代からの老臣へ下げ渡してしまおう、と。

「・・・つまりは『褒美』という、王から褒めたたえて渡されるべきものを『下賜』とすることで相手が恭しく受け取るものとし、主客を逆転させたのじゃ。さて」

 そこまで説明した久秀は「すよすよ」と寝息を立てるミルシの額めがけて、そんなこともあろうかと用意しておいた小石を指で弾き当てた。

「寝るな、と言うに」

「ぴぎゃ・・・寝てません、寝てませんから!」

「寝ておらねば、その台詞は出ん。・・・とまあ、王国内に数十カ所あった離宮は下げ渡され臣下の邸宅や別宅となった、という訳じゃ。少々、多すぎるような気もするがの」

 逆説的に、その離宮の多さが前王朝の浪費を証明していると言えなくもない。もっとも、それ以外にも前王朝の腐敗を示す証拠は山ほどあったため、役に立った証明では無かったが。

 さて、その離宮の下賜である。当然の話であるが、頂戴した臣下としても貰いっぱなしでは顔が立たない。結果、自然な流れとしてその臣下たちからは多額の献金や貢物が王へと献上され、それらはことごとく国庫へと納められた。

 これにより少なくない家臣は王家のものに劣らぬ居宅を手にし、王家は不要な離宮を高値で売りつけられた形だ。正にウィン・ウィンの関係。

「その筈じゃった」

「じゃった?過去形?」

「ついて来ておるようで何よりじゃ」

「それはですねえ・・・あれだけ弾かれれば、流石にですね」

 そう涙目で呟くミルシの額には、よく見ずとも3つ4つと赤い跡があるのが分かる。無論、久秀は本気で打ってはいない。若し彼女が本気の指弾としてお見舞いしていれば、今頃ミルシは額を打ち抜かれて絶命していることだろう。

「逆に、よくもまあそこまで・・・まあ良い。で、じゃ、確かに理屈で言えば王家側には損は無かった・・・じゃがな、彼奴らは忘れておったのじゃろう」

「何を?」

「・・・下々らにとって、そこに暮らす者は至高の存在。そういう意識、かの」


 ラーゴバルド2世が離宮を下賜して数年後、とある違和感が国王や官僚たちを襲った。家臣たちの態度がどことなく以前よりも、それも豪奢な離宮を賜った忠臣と呼べる臣下ほど横柄になった、と。それも名目上は下賜とは言え実質は購入みたいなものであるから、豪奢な離宮を得た者ほど生活が困窮するはずなのに、である。

「へえ、不思議ですね」

「当人たちも、不思議で済めば・・・いや、せめて『横柄』で済めば、まだ良かったのじゃろうな」

 されどその家臣たちは離宮の周りの農地を自身たちの『菜園』と称し、官吏たちを閉め出すに至った。多くの農民は収穫を国家の徴税官にでは無くその離宮の主に納めるように強要され、国家に納められるのはそこから『手間賃』が抜かれた搾りかすと化した。

 そう、国家の大権たる徴税権が、破綻したのだ。

「それって、あの!」

「そうじゃ。お主も身に覚えがあろう」

 ミルシがこうやって久秀たちに同行することになったのも、どこからかやってきた自称領主がミルシたちの村からの収穫を強奪しようとしたことが発端だった。

「そう、あれも・・・・・・あれ?でもダンジョーさん、あの辺りにそんな離宮なんて、聞き覚えはありませんけど?」

 務めてあの時の悲劇を振り払うように、ミルシは平静を装って小首を傾げる。

「ある者が上手くやれば、それを見た奴らも真似をし始める。どこぞも同じよの」

「そう言えば松永殿のお膝元の大和でも、井戸何某とやらが下克上の真似事をしておりましたね」

「あれは友通めの悪巧みが発端じゃから、少々この件とは文脈が違うがのう」

 相変わらず世事に疎いのう、と久秀は皮肉気に嗤った。

 して、離宮の主を介さなければ、国庫に税収は入らず統治も覚束ない。とあれば、彼らが貴族階級と化すのは時間の問題だった。そして、それら貴族たちは自らの取り巻きを肥やす為に更なる利益配分を国王から強請らねばならない。顕職の世襲、豊かな農地の下賜、徴税範囲の拡大・・・運悪く2世もが早世し、幼冲の王太子が貴族に担がれて3世として即位した王家に、それを拒むことは出来なかった。

 結果・・・たたき上げの軍人が立ち上げた実力主義国家は、あれよあれよと旧来より酷い世襲貴族の温床に堕したのである。

「・・・恐らくは、あの領主とやらもどこぞの貴族からあの一帯を買い受けたのじゃろう。むしろ・・・」

「むしろ?」

「こなれた貴族連中ならあそこまでの下手は打たぬ、生かさず殺さずで上手くやるじゃろう。所詮は、表面だけ真似しようとした成り上がり・・・」

 しかし、そこまで言ったところでミルシの表情が険しいのに気が付いた久秀はこれまでとばかりにパンと柏手を打つ。

「・・・まあ、そう言うことじゃ」

 分かったか?と述べる久秀に、額の赤い印を5つに増やしたミルシはコックリと頷くが、

「なるほど・・・でも、ですよ」

「何じゃ?」

「それと、今回の話と、何の関係があるんですか?」

「うむ。1つはこの」

 と、スッと久秀は地図上の建物を指で指す。

「リファンダム元離宮と言うのが・・・その仕組みを作り上げた貴族の親玉、ローレンス卿の持ち物じゃからじゃ」

「へえ・・・って、そんな偉い人の所領が襲われてるなんて、大問題じゃないですか!?」

「まあ、今は自身の派閥の者へ下げ与えておるようじゃがな。主君から下賜された領地を又貸しとは、末法の世じゃな、まったく」

 久秀としてはまったく理解できない振舞いだが、京に跋扈していた売位売官の下種公家どもと考えれば納得は出来る。だが、その類推が正しいとするならば、かつての忠臣忠勇は皆、利己主義の貴族へ堕したこととなる。

「主を軽んじ己が郎党作りに汲々と、大した臣下もあったものじゃ」

「・・・などと、京の室町殿よりも絢爛な多聞山城を築いて悦に入っていた武士が申しております」

「アレは儂の主君ではないからの」

 いけしゃあしゃあと、そんな放言をする久秀の語る忠誠とは何なのだろうか。そんな疑問がふとミルシの頭を過ったが、それを尋ねれば更に勉強時間が増えそうな気がしたので黙っていた。

「ま・・・以上が離宮についての簡単な説明じゃな。では次に」

「次!?」

 ギクリと体を強張らせるミルシに、

「そんなに構えるではない。もう勉強の時間は終わりじゃ」

 まるで悪戯っ子のような年頃らしい笑みを浮かべ、久秀はもう1枚の地図を取り出して広げる。

「これは・・・さっきの?」

「うむ。先ほどの地図の、更に広域としたものじゃな。そして、この朱で薄く染め抜かれた箇所が、敵の勢力の内らしい」

「へえ。・・・って、物凄く広いじゃないですか!」

 そうミルシが狼狽するのも無理は無い。その地図に描かれた平野部一帯、その悉くに色が付けられていたのだから。

「慌てるでない。いくら勢力圏とは申せ、この場所全てに敵勢がひしめいておる訳ではあるまいて」

 若しそうなら、これは久秀たちの細腕に担える事態では無い。一都市の反乱と言う、れっきとした国軍を動かす事態だ。

「・・・ホントですか?」

 ジロリ、と半眼で久秀を見るミルシの目は、疑いの感情で満ち満ちていた。

「多分にの。クリ坊からの情報にも、この地を埋め尽くす軍勢の群れとは書いておらぬ。いくら死人を使役すると申せ、数には限りがあるのじゃろう。それにの・・・」

 と、久秀は眼鏡を外す。

「儂らが転移の術で移動できる場所から、この一帯までは半日くらいは徒でかかるでの。仮に敵の数が膨大であっても、いきなり敵勢に取り囲まれるような恐れは、まずあるまいよ」

 加えて、この地はリファンダム離宮の周囲に大きな町や集落は無く、農地とそれを管理する村落がポツポツと点在するだけだ。見渡しは良く、いきなり大軍勢で包囲するような真似はいくら敵が魔術師といえど容易くは無かろう。

「でも・・・じゃあ、この地図の表しているのは何なんです?」

「それは書いとらんが・・・いくら名ばかりの王家でも、宮廷魔術師の1人や2人は抱えておろう。恐らく、そ奴らがこの一帯に敵魔術師の気配を感じ取ったのじゃろう」

 どことなく自信なさげな久秀に代わり、果心が言葉を継ぐ。

「まあミルシ嬢、そう心配なさらずに。多少の術なら小生が妨害してみせますので」

「・・・そりゃ、カシンさんの術も、ダンジョーさんの目も信頼はしてます。してますけど・・・」

「けど、何じゃ?」

「そう言って、その通りだった試しが無いじゃないですか」

 あの都市の包囲戦も、事前に久秀が言っていた限りではもっと早く終結するはずだったのに、結果は半月の長丁場だ。

「それに、なんかこう・・・嫌な予感がするんです」

「ふむ・・・確かに、狩人としてのお主の感覚は外したものでは無いがの。じゃが、結局は行って見なければ分からぬ。古人曰く、『百聞は一見に如かず』とも言うしの」

 結局のところ、全てはそこに集約される。

 行って、見て、勝つかどうかはその状況次第だ。

「取り敢えず、この地まで1日、離宮まで2日と見て、更に攻略と過分を合わせて5日として・・・10日分の備えをしておけば良かろう。出立は明日の夕刻とするでの、今晩はしかと休め」

「・・・はぁい」

 未だに納得はいってなさそうなミルシであったが、それ以上に今は睡魔が勝つのであろう。ショボショボとした目を擦りながら、彼女のパーソナルスペースとして与えられた屋根裏へと脚を向かわせる。

「じゃあ・・・ダンジョーさんとカシンさん。おやすみなさい」

「ええ。ミルシ嬢も良い眠りを」

「うむ。まあ、そこまで心配せずとも良い。とくと眠れ」

 それに、と久秀は梯子に手をかけるミルシの背中へ付け加える。

「案外、離宮までは苦も無く辿り着けるやもしれんでの」


「なんて!言ってませんでしたっけ!?」

「ええい!口より前に、手を動かさんか!」

「やってます!そっちこそ!」

「こっちもじゃ!」

 甘い予想は得てして外れるもの。現状は矢が飛び、飛礫が走り、術が炸裂して、グールの軍勢が彼女たちへと攻めかかってくる。

「ああ、もう!やっぱり信じるんじゃなかったぁ!」

「五月蠅い、五月蠅い!黙って切り抜けい!」

 やはり案の定、というのはあるもので。

「果心も、ぶつくさ言っとらんで真面目にせんか!」

「はいはい。では右翼の備えは任せますよっと」

「良かろう。ミルシは右方の面先に矢を見舞え、足を止めさせよ!

「止まらなかったら!?」

「儂が符で吹き飛ばす!早うせい!」

 喧々囂々、非難轟々、文句タラタラ、バタバタドタドタ。

 まあ、この方が『松永殿らしい』。そう、果心は胸中で呟いた。






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