第1章

第1話 異地同秀

「はあ・・・」

 ひょうひょうと冷たい風が城壁に立つ身を切り裂く中、不意にため息が漏れた。後どれくらい、こんな生活が続くのだろうか。

「おい、どうしたロバウト。もう仕事も終わりだってのに」

「・・・ん、ホリか?ああ、ちょっとな・・・そういえばホリ、お前は聞いたか、あの噂」

「噂あ?」

 驚声を出す友人に「静かに」と少し周りの目を伺うように声を潜めた。幸い、遠くで全体を見張る隊長は気付いた様子無く、プラプラと離れて行った。

「何でも、この町に最近、見慣れない女の子が現れるそうだ。そしてその子は衛兵と見ると近寄ってきて話しかけてくるとか」

「ああそれか。見たぜ」

「見たあ!?本当か」

 予想外の返答に、ついつい声が大きくなってしまう。その声に、今度はホリが「シィ」と口の前で人差し指を立てた

「おっと、スマンスマン。しかしそうか・・・お前も見たんだとしたなら、単なる風説や幻視じゃ無いんだな」

「そうだよ、俺も実際に見るまではそう思っていたんだよ。だって、なあ」

 そう言って、視線を城壁の外へと向けたホリにつられてロバウトもそちらの方へと目を遣る。

「あんなのがずっといるんだ。そりゃ、気も変にもなるさ」

 そこには十重二十重に布陣する敵軍の姿。そう、この城塞都市は今、包囲され籠城戦の真っ最中なのだ。


 詳しく話したいのは山々だったが、流石に見回りの最中にくっちゃべっている訳にもいかない。自然とロバウトの方から「後は酒場で」という話になり、少し未練深そうなホリは後ろ髪を引かれつつ市街地の見回りへと向かって行った。

 ロバウトもホリについて行けば道すがら話も出来ただろうが、悲しいことにロバウトの担当は城壁の見回りと決まっている。

 もっとも見回りと言っても、特段にすることがある訳では無い。時折習慣のように敵陣を見遣るが、何の動きも無い敵陣を見張るほど、緊張感の欠ける仕事は無いだろう。

「どうせ、こいつらも金で雇われた傭兵だろうに。こんなのすら蹴散らせんとは」

 勿論、暇で無いと言うことは敵が攻めて来たと言うことになる。それは即ち凄惨な市街戦を意味するのだから、敵が包囲を固めたままなのはロバウトにとっても今のところは幸いなのだが。

「・・・このまま帰ってくれれば万事オーケーなんだが」

 無論、そんな訳が無いことはロバウトも痛いほどに知っている。コトは起こる、それだけは間違い無い。

「何がですかあ?」

「何がって、そりゃあ・・・って、うを!?」

 独り言に反応され、驚いてその声のした、下を向けばそこにはここ数週間ですっかり見知った顔があった。

「なんだ、ミルシか。脅かすな」

「なんだはないでしょう、なんだは!」

 プンプンと腕を振り回すのは開戦後、彼に預けられた新兵のミルシだ。歳は若干17歳で、偶々この都市へ来ていたところを半ば強引に徴兵されたらしく、何とも運の無い少女だ。

 ただでさえ女性用なんて無い上に痩せぎすの体に合う防具なんてある訳も無し。武器も防具も間に合わせで、こうして腕を振っているだけでもぶかぶかの兜がずり落ちて来ていた。

「怒るな、怒るな」

「じゃあ、真面目に仕事してくださいね!」

 そう、腰に手を当てて彼を見上げながら叱るように言うと、クルリと踵を返して下の通路へと降りて行った。去り際に「ちゃんとしないとダメですから、ね!」と指をロバウトへと突き付けて。

「まったく・・・やれやれだ」

 衛兵としては頼りないことこの上ないが、目は良いし真面目だし、何よりクルクルと忙しなく動く様子が小動物みたいだと、ミルシはすっかりこの衛兵隊の人気者だ。包囲戦なんて起こらなければ、きっとマスコットとして皆に愛されていったことだろう。

 もっとも、そもそもこんな包囲戦が起こらなければ、徴兵なんてされなかったのだろうが。

「しかし・・・真面目にって言われてもな。せめて何か変化でも無けりゃ、待つに辛すぎるっと、おや?」

 変わったものでもあればと城壁内に目を遣ろうと、振り返った先。今まで誰もいなかった、城壁に積み重なった木箱のたもとに甚だ不似合な1つの人影が見えた。

「嘘・・・だろ?」

 それは1人の、歳の頃は10を超えるか超えないかくらいの女の子だった。この辺りでは珍しい腰まで靡かせた癖のない漆黒の髪と、それとは対照的に蜜を溶かし込んだような透き通るほどに白い肌も相まって、ロバウトにどこか幻を見ているような錯覚を覚えさせる。

「本当に?」

 よもや、と思いゴシゴシと手の甲で両眼を擦るが、その少女は消える事無く、それどころか音も無く近寄って来るとクイクイと自分の手を引いた。その手に触れられた熱と触感が、その少女が夢でも幻でも無い事を如実に表している。

「ん・・・」

 すいとこちらを見据えるアメジストのように鮮やかな瞳は物事の真理を見通しているかのように深く、ロバウトは思わず少し気圧されたように体を反らせた。

「あと、少し」

「え?」

「あと少しの辛抱」

 それだけ言うと、その子は踵を返してタッと走り去る。

「な、何だったんだ・・・って!ち、ちょっと待った!」

 我に返ったロバウトはこの場が城兵以外立ち入り禁止であることを思い出し、兎に角捕まえようと走り出す。しかし、

「き、消えた?」

 少女はひょいと城壁の角を曲がり、ほんの少し後から追いかけたロバウトは同じように曲がったはずだった。しかし、その子の影は形も無い。あまりの事態にしばし茫然と立ち竦む。

「あと少し・・・か」

 そう独り言ちたロバウトは東に沈みゆく太陽を眺めながら、念のため自分の頬を思い切り抓った。


「そうか、お前も見たかあ!」

 唾が飛ぶほどの大声で話すホリに少し眉を顰めるロバウトだったが、周りも同じくらいの声量でがなり立てているため、気にしすぎかと諦めた。

 そもそも包囲の最中とは言え、いまだ物資の備蓄には余裕があるらしい。ならばケチケチして兵士に無用のストレスを溜めさせるよりはマシとの判断だろう、こんな場合でも酒場は通常営業を続けていた。

「「「では、乾杯サルーテ!!」」」

「いやー、今日も暇だったな!」

「暇で良いじゃねえか。俺あ、死にたくねえだ」

「俺もだ!」

「俺も!」

「「「はっはっは」」」

 そこかしこで、似たような歓声があがる。なにせ、籠城戦でストレスの溜まった兵士たちである。ストレス解消、騒がにゃ損とばかりに集うため戦時中ながら、否、戦時中故か、この時間のこの場所だけは開戦前通りの賑わいであった。

「ああ。何でも『あと少し』だか何だか言われたな。お前もか?」

 だから、この場では聞かれたくない話でも下手に声を潜めてはそれこそ聞こえない。密談や四方山話にはピッタリだ。

「そうだなあ。おお、そうだった多分。しかし・・・俺も実際に見るまでは誰かの悪ふざけかと思っていたから、マジに見たときは驚いたもんだったよ。何せこんな状況だ、変になる奴が出てきてもおかしくないからな」

 確かに、とロバウトも首肯する。少なくない衛兵が、長い籠城に伴う心身の摩耗で体調の不調を訴えているのだ。そんな中で聞いた『女の子を見た』なんて噂は、とてもじゃないが信じられるものでは無かった。

「しかし・・・見たからには信じざるを得んか。噂というモノも、案外馬鹿に出来んということかな」

「そうだな。そうだ、噂と言えば・・・お前知ってるか、あの噂?」

「どの?」

「その様子じゃ知らんか。なんでもな、敵がああして包囲したままじっとしているのは、城兵の中から裏切ってくれる奴を探しているそうだ。秘密裡に忍び込んだ斥候が目星を付けた兵の自室を漁って、大事なものやら何らやを盗んでさ・・・」

「それで言うことをきかせる、ってか?馬鹿馬鹿しい。そんな腕のいい斥候がいるなら、わざわざ城兵を裏切らせなくても城門を開けるなりポデスタ(中央から派遣された行政長官)を暗殺するなり出来るだろうが」

 第一、じっと睨みあってもう半月以上になろうとしているのに、今だに援軍の1部隊も送って来ない。そんな王国サイドにもそこから送られて来たポデスタにも、言葉にはしないものの皆々大なり小なり不信感が募っているのが現状だ。

「聞いた話じゃ、王国が寄越した援助は雇われの相談役が数日前に1人ぽっちだと。そんな斥候が本当にいるんならこんな都市、とっくの昔に陥落してるだろ」

「確かになあ。しかし噂も馬鹿にならんと言ったばかり、もしかすると・・・」

「馬鹿を言うな、馬鹿を」

 ホリの放言を振り払うように杯を呷ると、ロバウトはガタガタとわざと荒々し気に席を立つ。

「どうしたあ?」

「明日も仕事があるんだ、俺は帰るよ。お前もこのあたりにしておけ」

「なんだ、珍しい物言いだな?」

「ミルシの奴に言われたからな、真面目にやれって」

「へへ、お前もあの子にゾッコンかよ」

 そう言って肩をすくめるホリへ「それこそ、馬鹿を言うな」と否定しつつ、ロバウトは酒場を後にした。

「・・・ふう」

 見上げれば空は暗いもののまだまだ宵の口らしく、会計を済ませ出ようとすると新たな一行とすれ違う。その何人かはロバウトも見知った顔で、この都市で生まれ育った同胞である。向こうも同じように彼へと気付いた様子で、お互いにコクンと頷き合った。

 言葉なんて要らない。それで、意思の疎通は十分なのだ。

「・・・脅されて裏切るような奴なんて、いないさ」

「何です?」

「誰だ!?」

 不意に声をかけられたロバウトが声のした方へ視線をやると、

「何だ、またミルシか」

 真ん丸の鳶色の瞳が彼を見上げていた。ミルシは化粧っ気のない相貌に色気のないシャツと脚絆姿。適当に後頭部で括り上げただけの金髪も相まって、少女と言うより少年に見える風体をしていた。

「また、じゃないですよ。失礼な!」

「はいはい。それより・・・どうしてこんなところにいるんだ、酒場はガキの来るところじゃ無いぞ?」

 シッシッと追い払うように手を振ると、ミルシは不服とばかりに頬を大きく膨らませた。

「違います!ただ、散歩の途中に通りかかった、だ・け・で・す!」

「だとしても、危ないだろう。酔っ払いなんて、何をするか分かったもんじゃないんだぞ?」

 どう言い繕っても、戦中は戦中だ。そしていくら少年に見えると言っても、ミルシは少女だ。良からぬ欲情を催す阿呆がいないとも限らない。

「それは・・・はい、すみませんでした」

 ロバウトの真剣さが通じたか、ミルシは途端にシュンと大きく項垂れる。コロコロ変わるその情緒の豊かさが、彼に自身の弟を想起させた。

「分かってくれれば、それでいい。ほら、途中まで送って行こう」

「はあい・・・い、いえ!だ、大丈夫です」

 え?とロバウトが問い直すより早く、ミルシはペコペコと彼に礼をすると、一目散に元来た道を走り去って行った。

「やれやれ。ま、元気があるのは良いことだ。・・・こんな状況で、な」

 そう、独り呟くロバウトの手の動きは、まるでそこにいない『誰か』を撫でているようだった。


 たった、たった、たったった。ミルシは薄暗い路地を宿舎へ向かって走る。

「ふう・・・でも、あんなに怒らなくたって」

 息を整えるために立ち止まった彼女は、そんな悪態を吐きながらふと来た道を振り返る。すっかり遠くなったところに煌々と灯る酒場の灯りだったが、もうそこにロバウトの姿は無かった。

「ロバウトさん・・・か。あの人じゃ、無いと良いのになあ」

 独り呟きながら、再びゆっくりとミルシは歩き出す。そして、数メートルほど歩いたところだったか。

「こっち・・・こっちじゃ」

 どこからか聞こえる、か細い声が彼女の耳朶を打つ。

「え?・・・えっと?」

 キョロキョロと辺りを見回す彼女に、再び「こっちじゃ」と呼ぶ声が。

「こっち・・・こっち・・・こっちかな?」

 声のする方へ、まるで引き寄せられるようにフラフラと、ミルシは足を進めて行った。そして、気付けば人通りのまるでいない、細い路地と路地の間に招き寄せられていた。

「こっち・・・って、あれ?ここ、どこ?」

 ハッと我に返ったように首を振るミルシは、カツンと音がした建物と建物の隙間を何の気なしに覗き込む。

「来たの」

「むう!?」

 すると、その隙間から2本の細い腕がニュっと伸びてミルシの口と眼を塞ぐと、その隙間へと彼女を引きずり込んだ。


「さて、どうしようか」

 そんなことが起こっているとは露知らず。無理やりに話を遮るために酒場を後にしたロバウトは、何とも中途半端な心地で自室へと戻って行った。

 部屋で呑み直せれば幸いなのだが、流石に籠城中ということもあって物品の管理については厳しく制限されており、酒は酒場でしか飲めないようになっている。ふと足元を見ればどこから入り込んだか鼠が1匹走り回っていた。

「おいおい。こんな所に餌は無いぞ」

 ひとしきりブルーな気持ちにさせられたロバウトは、その腹いせも兼ねて乱暴に扉を押し開いた。が、

「ん?」

 どこか、違和感があった。扉に掛けられたプレートを確認しても、自室であることは間違い無い。念のため、手に持つ鍵を鍵穴に入れて回せばガチャリと錠が下りる。

 そう、間違い無く自分の部屋。朝出て行ったままの室内、そのはずなのだが。

「俺、こんな所に置いたかな?」

 記憶にある部屋とほんの少し、ほんの少しなのだが、物の配置や角度が異なるような気がする。それはほんの微かで、気にしなければ気のせいと鼻で笑えるくらいの、僅かな違い。

 しかし、それが今のロバウトには、喉に刺さった小骨のように気にかかる。

(噂・・・留守の間に・・・部屋を漁って・・・漁って!?)

 チャリンと取り落とした鍵には目もくれずに、ロバウトは自室に備え付けの戸棚へと走る。するとこれは気のせいでも間違いでも無い、出るときにはキチンと閉めたはずの扉がほんの少し開いているではないか。

「ま、まさか!」

 矢も楯もたまらず、ロバウトは壁にぶつかるほど乱暴に戸棚を開いて、引き出しの中を確認する。

 先ずは泥棒がイの一番に盗りそうな、財貨や貴重品を確認。無くなっているものや、減っているものは無いように見えた。しかしそれでも安堵できないのか、ロバウトは全ての中身を取り出して、その隅から隅までそれこそ穴が開かんばかりに目を凝らしていく。

「・・・よし!?・・・よし!?・・・よし!?・・・・・・無い!いや、あったか」

 その行程を全ての引き出し、タンス、果ては秘密の隠し場所までと全てを確認し、その結果。

「はあ、はあ。・・・・・・何も、無くなって、無い?」

 そう、彼の記憶の限りでは、そこから無くなっている物は無かった。

 しかし、だからこそ不安は残る。むしろ金目の物でも無くなっていれば、違和感に納得も出来るのだが、真っ先に手を付けられそうな貴重品も手つかずのまま。

「一体、何なんだ、これは?」

 一瞬、上官に報告する事も考えたが、ちらりと先ほど確認した隠し場所を見てブンブンと頭を振り、その考えを追い出した。

「何でも無い、何でもないんだ。そう、何でも無い・・・・・・・寝よう」

 そう、自分を鼓舞するように言うが早いか、ロバウトは外着のままベッドにもぐりこむ。大丈夫、きっと大丈夫と只管思い込みながらも、とうに酔いが吹き飛んだ頭にはあの少女の言葉がリフレインする。

「あと少し・・・あと少し・・・。あと少し、か」


 あの泥棒疑いがあって数日、結果から言えば何も起こらなかった。

 ただ、事件としてはこそが泥1人、市街地で捕まったらしい。そいつが自分のところにも忍び込んだかよっぽど尋ねたかったロバウトだったが、一罰百戒の意味も込めて即日斬首となった為にそれは叶わなかった。

(まあ、仮に時間があったとしてもだ)

 あの夜のことについて報告していない以上、どんな名目で話を訊きに行けばいいというのか。専門の尋問官を差し置いて話を訊かせろと言えるほど、ロバウトの職権は広く無い。

 そして、もう一つ気になることが出来た。それはあの元気っ子ミルシの様子が、明らかに沈んで見えることだ。無論、表面上は変わらない様子で溌剌としているのだが、それが明らかに「無理してやってます」と言わんばかりの空元気なのだ。

「なあ、何かあったのか?」

 そう、ロバウトもホリもミルシへ尋ねてみたのだが、

「い、いえいえ!大丈夫、です!」

 と声だけは元気に答えるばかりで、様子に変わりは無い。

 しかし、ロバウトも他人のことを気にしてばかりもいられない。取り敢えず、自室の件はコソ泥の仕業、ミルシの件は包囲のストレスと納得させ、ルーティンとなった監視業務に勤しんで、その次の日だ。

 事態は動いた。

「あ・・・ふう」

 と目覚めたロバウトが欠伸一閃、ゆるゆると支度を済ませていた、まさにその時。

「!?」

 ガアン!ガアン!ガアン!ガアン!

 と、都市中に響き渡る割れ鐘のようなけたたましい音。それが4回、5回と止まらずに繰り返された。

 それが示す事態を理解できない衛兵はいない。取るものも取り敢えず部屋から飛び出すと、同じように真正面の部屋から飛び出して来たホリと危うくぶつかりそうになった。

「ロバウト!?」

「ホリ、急ぐぞ!」

 それだけ言えば、後は十分。朝食代わりの干し肉を走りながら平らげると、兵舎へと飛び込む。寸暇も惜しいと動きながら具足を身に着け、城壁まで飛び出るとそこで目にしたのは、

「糞、とうとう攻めて来やがったのか!」

 もうもうと舞う土煙。あちらこちらからあがる鬨の声。そして、

「危ない!」

 自身の真横をヒョウと風切り音を立てて通り過ぎる、数多の矢。慌てて近くの木盾に身を潜らせるが、その盾には既に先客がおり、無情にも追い出されたロバウトたちは階段へと向かった。2段、3段、終いにはままよとばかりに階段を飛び降りると、すぐさま壁際に身を預ける。

「はあ・・・はあ・・・はあ・・・。まったく、とんだザマだ。なあ、ホリ?・・・ホリ?・・・・・・ホリ!?」

 いつもならば、どんな目に会おうともこの友人は茶々を入れてくれる。だのに、返ってくる声は無し。

 ハッと辺りを見渡せば階段の辺りに不作法に覗く足が2本。その装束は間違いなく衛兵のそれであり、

「ホリ!?」

 恐る恐る身を乗り出してその足をはっしと掴み引き寄せて見れば、その苦悶に歪む表情は間違いなく友人だったモノのなれの果てだった。

「ああ・・・ああああ、畜生め」

 しかれども、見開かれたガラス玉のような眼に命の輝きは無い。しころをすり抜けて首元を貫通している矢とそこから流れ出る真っ赤な血の量からも、そのモノが既にロバウトの知る友人で無いことは明白だった。

 がっくりと膝をつき、その両手で顔を覆い悲嘆にくれる。

「クソ・・・クソ!どうして、どうしてだ!」

 何故、何故、何故。此間こないだまでは何も、いつも通りだったのに。あの少女を見て、部屋が荒らされてから。・・・少女!?

「・・・そうだ」

 そうポツリと呟くとロバウトは、ゆらりと幽鬼のように立ち上がる。

「あと少し・・・あと少し・・・そうか、そういうことか!」

 ならば、こんな所で呆としている訳にはいかない。傍らに横たわるかつて友人だったモノにしばしの黙祷を捧げると、ロバウトは力強く走り出した。その顔に、先程までの怯えの色は、最早無い。

 無論、後悔はある。もっと早く思い至っていれば、もっと早く使命を思い出していれば。

 しかし、だからこそ。無意味な犠牲を出す前にと、ロバウトは手に持つ槍を取り落としたことにも気付かずに、町中へと駆け出した。

 それを後から見る視線にも、とんと気付かずに。


「ほれ見い、儂の言うた通りじゃろう」

「はあい・・・ショックだなあ」

「気持ちは分かりますが、是非もありませんね」

「うむ、こればかりはのう・・・」

「いえ、気にしないで下さい。じゃ、行きましょうか!」

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