第44話 〝異次元の魔神〟―――否、その存在は。

 ハーク、ラム、クロエ、リーリエと。

 ランダム生成ダンジョンにお住まいの四人がパーティーを組み、四階層へ降り立った。


 目の前に広がる、光景は――


「きゃっ……あ、わぁ……」


 新米冒険者でもあり、まだランダム生成ダンジョン住まいも日が浅い少女剣士ラムが、短い悲鳴とも驚きともとれる声を漏らす。



 四階層の様子は、一言で示せば〝闇の廃村〟――二階層でも体験したような異様な広さと、居並ぶ廃屋はいおくが道を遮り、ダンジョンの体裁ていさいたもつかのように通路を作っていた。



 が、特にラムの背筋が冷えるのは、空間にはしっているようなツギハギが、いくつか見えること――いつか〝二人同時にアイテムを拾おうとした〟時のような〝バグ〟というべき正体不明の何か。


 それが迷宮の構造にも及んでいるのなら、やはり異変が起こっているのだろう。特に拒否感を示しそうなハークは、つとめて冷静に言う。


「……ゃややっぱりな、ここココがオカシイみたいだ。何かある、大きな異変が……みみミンナ気をちゅけるんだ!(状態異常:噛んだ)」


「は、ハーク師匠、落ち着いてください! リーダーにそんなキャラブレ級に慌てられると……甘やかしたくなっちゃうじゃないですか、んもうっ!(状態異常:性癖の芽生え)」


「おいツッコミがボケてる場合じゃないっしょ。いい加減にしなよメスネコ」


 クロエにツッコまれるとか相当だぞ……と、どこからともなく聞こえた気がしたラムが、気を取り直す。


 だが、よほど周囲に注意を払っていた、今ばかりはマイペースが助かる幼馴染エルフ――リーリエが、異変を口にした。


「……ん、やっぱりおかしいわ。空間の歪みだけじゃない……魔物の気配が、薄すぎる。0時にランダム生成されるなら、特に攻撃的な四階層なんて……そこかしこから気配を感じるのが普通なのに。クロエさん、コレって……」


「ん。……そだね、この空間が歪んでる状態、バグ……これはランダム生成がから起こってる現象……けどランダム生成ダンジョンの主であるわたしは、実際に見るまで気付けなかった。そんなの意図的に隠蔽いんぺいされなきゃ、ありえないし~……つまりこれは、何者かの意思によって起こって……」


 クロエが状況を解読・解析している、その間に――答えが向こうからやってきたことを、ハークが臨戦態勢に入りつつ言う。


「……どうやら、推測するまでもないらしい。来るぞ、皆……みたいだ」


「えっ? ハーク師匠、それって……う、ぁっ」


 ハークが抜き放った忍者刀の切っ先を、向けた先――廃屋で遮られたような通路の曲がり角から、のそりと姿を見せた存在に、ラムが息を呑む。


 それは、見るからに異形いぎょう――顔面の造形すら不明瞭な悪魔じみた容貌、ミノタウロスを彷彿とさせるほどの巨大な体躯に、闇のローブを纏うかの如し混沌の気配。


 恐らく誰も見たこともないであろう魔物に、けれど《異次元の魔女》ことクロエだけは、心当たりがあるようで。


「……えっ? あれ、まさか……五階層の、わたしの部屋にボス代わりに置いてきた〝異次元の魔神〟? なんで、こんなとこに……てか、あんな見た目だっけ……」


「クロエ? アレはクロエが召喚したと言ってた魔物なのか? 確かにランダム生成の影響は受けない部屋だったろうけど、こんな風に浅い層に上がってくる性質なのか?」


「う、ううんハーク兄さん、そんなはずないよ……召喚したっていっても、ある意味〝創造した〟ってかんじで、意思なんて持たせてないのに……」


 クロエも戸惑っているようだ、が――早々に動き出したのは、リーリエ。廃屋の屋根に一瞬で登り、恐らく〝異次元の魔神〟だろう存在の斜め後ろを取って弓矢を構える。


「何にせよ、コイツを倒せば良いのね――なら、一瞬終わらせるわ。弱点を狙えば、どんな魔物だってひとたまりもないはず……ァッ――!!」


「リーリエの言う通りだ、けど一応、鑑定を……――! リーリエ、ダメだ! すぐ回避しろ!!」


「フシュウゥゥゥ……え、ハーク? ……―――!? くっ!!」


 ハークの指示が少しでも遅かったら、どうなっていたことか――先ほどまでリーリエが立っていた場所は、足場としていた廃屋ごと、しまう。


〝異次元の魔神〟から放たれたのは、形容するなら〝闇の刃〟――両断するようにはしった一閃が、広い四階層の端まで届いたようで、壁がひび割れたのが遠目に見える。


 明らかに度を超えた力量に、仲間達の傍へ降り立ったリーリエが、ハークに尋ねた。


「……これは、どういうこと? 私の矢は、確かに奴の弱点を捉えたはず……でも私の矢は、吸い込まれるように消失してしまったわ」


「ああ……いや、俺も信じられないけど……結論から言えば、リーリエの矢は〝〟……鑑定して、驚いた……ヤツは、ヤツは……!」


 冷や汗を流すハークが述べた、鑑定スキルであばいた正体とは――



 ――――★鑑定結果★――――


『闇の異次元の魔神』


STR(力):255~

AGI(敏捷):30

VIT(生命力):255~

MAG(魔力):255~

※一般的な基準値は「50」で、計測できる最高値は「255」である。


関係:世界滅亡


●特性看破●

《異次元の魔女》が造り出した〝闇〟を自らに取り込み、ローブのように纏う。

〝闇の守護〟で防御する範囲には、全ての物理攻撃が無効化される。

〝闇の刃〟で切り裂かれた物質は全て分解される。


吸収:闇

無効:光以外の属性攻撃、物理(闇部分のみ)

弱点:なし


 ――――★鑑定終了★――――



「ヤツは………ケツが弱点じゃないんだ………!」

「う、うそでしょ~……弱点がケツじゃないなんて、ありえるの~……!?」

「先入観に囚われていたわ……ケツが弱点じゃないなんて、考えもしなかった……!」


 ハーク・クロエ・リーリエと、順番に驚愕の声を漏らすと――ラムの仕事ツッコミが。


「……いえ確かに珍しいなって思いますけど、そこ以外にも色々と気になりません!? こんなとんでもないステータス、有り得るんですか!? しかも〝闇〟って、クロエちゃんの前の部屋で見た、あの……それを取り込んで、しかも世界を滅亡させようとしてる、なんて……なんで、そんなこと……」


 ラムの疑問に、はっ、とクロエが口にする推測は。


「た、確かに……おかしいよっ。ステータス自体は、危険度EX級なら255以上も割とよくある……けど、〝異次元の魔神〟や〝闇〟に、そんな意思なんて本当に持たせてない……空っぽの、はず……っ? 空っぽの中に、意思が組み込まれた……? でも、何が要因で、そんな……」


 クロエの懊悩おうのうは続く、が――実家の長男たるハークは、おくすることも退しりぞくこともせず、果敢に〝異次元の魔神〟と向き合う。


「――何にせよ、やるべきコトは変わらない。コイツの〝世界滅亡〟は……つまりこのダンジョンを上っていき、外の世界を滅ぼそうって意味だろう。なら、ココで仕留めるべきだ。実家の問題は、長男である俺が責任もって解決する」


「! は、はいっ、ハーク師匠、アタシもがんばってっ……」


「―――ラム、キミは三階層へ戻って、セーフティールームまで逃げるんだ」


「………えっ?」


 弟子であり、パーティーの一員であるラムも、共に戦うつもりだったのだろう――が、ハークは決して侮る訳ではなく、ただ彼女をおもんばかって告げる。


「〝異次元の魔神〟の力は、超高難度って呼ばれてるらしいランダム生成ダンジョンでも、更に規格外だ。さすがにコイツを相手に、ラムを庇いながら戦うのは難しい。……恥じる必要はない、キミはまだ日が浅いだけで、これから必ず強くなる。けどランダム生成ダンジョンでは、状況を見極め、ベストな選択を取るのも重要だ」


「は、ハーク師匠……でも、でも、アタシっ……」


「さあ、行け――師匠としての命令で、パーティーの仲間としての頼みだ。最悪でも……キミだけは、必ず生き残るんだ」


「っ。……あっ……」


「ま、最悪なんて起こさせるつもりはないけどな――じゃあ行くぞ、クロエ、リーリエ! ここでコイツはたおしてみせる!」


 ハークの言う最悪とは――即ち〝パーティーの全滅〟。それだけは避けるべきという、ハークの判断に。

《異次元の魔女》クロエも、〝ハークの幼馴染〟リーリエも、異論は無いらしく。


 強大な力を持つ〝異次元の魔神〟と、果敢に交戦する三人から――


「ぅ……っ、ご……ごめんなさい……ごめんなさいっ―――」


 新米冒険者、少女剣士ラム=ソルディアは――背を向けて、逃走した。

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