第36話 『メタシオータのスクロール』を使ってみた! ◆後編◆

 ハークの部屋から出てきたのは、少年――明らかに青年とは呼べない、十歳前後とおぼしき少年だ。


 身長は小柄なラムやクロエと比べれば大差ないほどだが、明らかに元より低くなっており――肩幅も、少年らしい線の細さが窺える。

 ぶかぶかの寝間着と、かぶっているは、確かにどこかで見たものだ。


 緊張気味なのか、無造作に伸びた銀髪から垣間見える目も、何となく不安そうで――そこもまたいつもとは違う、が、その少年は間違いなく。


 だ―――そんな彼が、リーリエを見つめて。


「……あっ、リーリエお姉ちゃん。今日も起こしに――」


「―――ぐぇっふォァーッ!」


「きゃーーーーっ!!? リーリエさんが、クールキャラ(?)の全てを投げ捨てるかの如き、えげつない勢いの吐血をー!? だだ大丈夫ですか!?」


 慌てながらもツッコミは忘れないラムと、少年化したハークが驚く(状態異常:やや引き気味)、そんな中でリーリエが口を押さえつつ言うのは。


「ひ、久しぶりに見た幼いハークが可愛すぎて、クリティカルヒットしてしまったわ……ハークソムリエの見解としては、間違いなく十歳の頃のハーク……!」


「そういえばハーク師匠とは、ランダム生成ダンジョンが出来る前からの付き合いでしたっけ……リーリエさんエルフだから、見た目も変わらなくてすぐ気付かれたんですね。というか昔はお姉ちゃんと呼ばれてたんですね羨ましい」


「まあね……〝ハークの幼馴染〟にクラスチェンジしたのはハークが十五歳の頃で、段階を踏む私はその頃から呼び捨てを求めたけど……一次職〝ハークが憧れるお隣のお姉さん〟時代を思い出す、耐えがたい一撃だわ……!」


「その一次職とやらもリーリエさんが言ってるだけっぽいですし、内容の真偽しんぎも知ったこっちゃねぇですけど……でも分かりますよ、元の師匠も素敵ですけど、このギャップの破壊力は……や、やばいですね……!?」


 なかなか遠慮なくツッコむラム、と……次に少年ハーク(仮称)に声をかけたのは、彼の義妹であるクロエで。


「……ね、ねえねえハーク兄……ハークくん、わたしのこと、わかる~……?」


「え? と……妹のクロエに似てる、ような……でも、少し成長して……」


「……クロエお姉ちゃんって呼んでくれる?」


「え。……く、クロエお姉ちゃん?」


「……♡ く、くっはぁ~……♡」


 何やらご満悦で身悶えているクロエに、ラムが果敢にツッコみにいく。


「楽しんでやがりますねぇ……ってそれより! 大丈夫なんですか、こんなの……年齢操作なんて、このまま戻らなかったら大変で――」


「だ、大丈夫ぅ……魔法の影響だし、こういうのは状態異常みたいなもんで、しばらくしたら治るから……むしろ今、色々しないともったいないしぃ……」


「なるほど、じゃあ大丈夫ですね。ハーク師匠には申し訳ないですが、思う存分に若かりし頃の師匠を堪能しましょう……!」


「さすが日を追うごとにランダム生成ダンジョンに馴染なじんでいく女……ラムちゃんに敬意を……」


 変なところで意気投合した二人……だが少年ハークは、最後にラムへと声をかけ。


「……え、えっと。それで……お姉さんは、だれですか?」


「えっ? 何言ってるんですかハーク師匠、アタシですよ、ラムで……あっ」


 そこで少女剣士は、気付いてしまった――ラムがハークと出会ったのは、つい最近の話。ハークの記憶も十歳時点に戻っているなら、はずだ。


 師弟となって、同居して、パーティーを組む仲間として、はぐくんできた思い出――それらがすっかり抜け落ちている現状に、一抹の哀愁あいしゅうがよぎり。


 それでもラム=ソルディアは、ふっ、と儚げな笑みを浮かべ……今だけとはいえ年上の余裕を見せ、ハークへと穏やかに告げる。



「アタシの名前は、ラム……ラムお姉ちゃんですよ、ハークくん。

 覚えておいてくださいね―――あなたの未来のお嫁さんです♡」



「やっやりやがった! やりやがったこの野郎ッッ!!」(※普段ダウナー気味なクロエちゃんです♡)


「オイ縄ァ持ってこい縄! 縛り上げて処すぞコラ!!」(※クールな幼馴染エルフのリーリエさんです♡)


「まあまあ落ち着いてくださいよクロエちゃんリーリエさん、ちょっとしたジョークですよジョーク、まさかみなんて狙ってませんよガハハ」(※16歳の少女剣士ラムちゃんです♡)


 なかなか〝状態異常:キャラブレ〟の騒がしい面々だが――現状では初対面のラムが放った自己紹介に、少年ハークが返した反応は。


「えっ……未来のお嫁さん、って。それはちょっと……」


「あ、初対面でビックリさせちゃいましたよね。いえいえ冗談ですよ冗談。……ただ将来のため、ほんのちょっぴり頭の片隅にでも置いてもらえれば――」


「だって、おれ、二年前―――ウッ」


「え? ……きゃっ!?」


 少年ハークが、何か言い切る前に――突如、ボンッ、と彼を煙が覆い。


 煙幕のようなが晴れた時、姿を見せたのは。


「……ん、んん。ふわぁ~……あれ、三人とも、どうしたんだ?」


「「「………………」」」


 十歳の少年ハークではなく、十八歳の青年ハーク――身長も肩幅も頼もしく成長した彼に、ラムがおずおずと語りかける。


「あ、あの、ハーク師匠、大丈夫です? 体にどこか、違和感とか……ていうかさっきまでのこと、覚えてます?」


「ん? いや、別に体は……むしろ調子いいくらいだけど。さっきまで、って言われても……なんかぼんやりと、妙な夢を見てたような……?」


「そ、そうですかっ。なるほど、そんな感じで……なにより体調がおかしくないなら、それが一番ですっ」


 なかなか楽しんでいた気もするラムだが、ほっ、と安心する気持ちも本物らしく……その後ろで、クロエとリーリエは。


「……〝メタシオータ〟、〝メタシオータ〟……覚えておこうね、まあその魔法の研究っていうか、学術的興味の……一環でね? そう、魔女としてね~?」


「協力するわクロエさん。ひとまず危険度が低ければ致命的ではなさそう、と分かったし、これからは他のスクロールも拾うようにしましょう……そう、ランダム生成ダンジョン生活のために、あくまでそのためにね?」


 何やらヒソヒソと、不穏な話をしている気がする。


 一方、一安心したラムだが、それはそれとして気にかかることもあるようで。


(……〝二年前に〟? さっきのハーク師匠が十歳というリーリエさんの言葉を信じるなら、八歳の頃……確かご実家がランダム生成ダンジョンになった頃、ですね。う~ん、実家がダンジョンになっちゃったから、結婚は難しいとかかなぁ。……いえだってアタシが好みじゃないとかだったら、もう立ち直れないですし――)


「? どうかしたのか、?」


「あっいえ、特に何でも……ピョエッ。……は、ハーク師匠、今……!?」


「……あれ、変な呼び方しちゃったな。まだ寝ぼけてるのかな、俺」


(っ。今、クロエちゃんとリーリエさんの気持ちが理解わかったッ……お姉ちゃん呼びは……破壊力が、危険度Aッ……!)


「あれ、ラム……大丈夫か? おーい、ラム~?」


 ふらり、その場に倒れそうになるラムを抱きめ、呼ばわるハークだったが。


 少女剣士の表情は、どこか満足そうなものだったという。



 ……何はともあれ、まあまあカオスな状況は治まった後、方針として定まったことが一つ。


 今後は〝魔法のスクロール〟も――ことが決定した――!


 ※ハークは終始「?」と首をかしげていました。

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