第35話 『メタシオータのスクロール』を使ってみた! ◆前編◆

 それぞれ自室で思い思いに過ごす中――ラムがクロエの部屋の扉をノックした。


『……ん? ハーク兄さん?』


「あっいえ、すみませんクロエちゃん、ラムなんですけど……入っていいです?」


『な~んだ……まあ別にいいけど。どうぞぉ~……』


 一応の承諾しょうだくを得て、ラムが扉を開いてクロエの部屋へ足を踏み入れる、と。


「お邪魔しま~す……って、きゃっ。クロエちゃんの部屋……何だか本、すごいたくさん置いてるんですね?」


 ラムの言葉通り、やや広めの部屋に、本棚がいくつも見え――その全てに、乱雑なほど詰められた本が。掃除は苦手なのか、床にさえ積み上げられている。

 ただし、その内容は、ラムには見慣れないもので。


「……え? この本、なんでしょう……この本も? わっ、えっ、なにこれ……すごい精巧な絵に、吹き出しで文字が……台詞? なんか王都とかの新聞の、風刺画ふうしがで表現するやつに似てますけど……」


「あ~それ全部、だよ~」


「まんが。……す、すみません、聞いたことないんですけど、それって……?」


「異次元を介して別次元の世界の、更にどっかの国から取り寄せた、そういう文化ってかんじ……かな? ぶっちゃけ言語とか違いすぎて全部は分かんないけど、ある程度は解読できるし、ニュアンスは伝わるから……ハマっちゃったんだよね、絵めっちゃキレイで見てくだけでも楽しいし。……あ、交換の時、同質量の金と入れ替えてるから、ドロボーじゃないよ。まあ別世界の金の価値、わかんないケド……」


「それ交換された側、いきなり金が置かれててビックリしません? ……って、そうですそうですっ、クロエちゃんの解読のことで聞きたいことがっ」


「ん? ……なん? 解読のことで、って?」


 問い返されたラムが、手にしていた巻物をクロエに見せつつ説明する。


「これ、ランダム生成ダンジョンの三階層で拾った……魔法のスクロールです。ハーク師匠の鑑定でも魔法の効果までは分からなくて、使えないでいたんですけど……クロエちゃんの解読スキルなら、少しでも分からないかなー、って。えっと、拾ってきたのは……〝メタシオータのスクロール〟っていう」


「…………」


 ラムの説明を聞きつつ、スクロールをぼんやり眺めていたクロエが、ゆっくり口を開き。


「……結論から言うと、全部はできないねぇ」


「! ……、ということは?」


「一つだけ――発動する魔法の〝危険度〟だけなら、判定できるかな~……C~EXまでで、Cは安全、Bは危険、Aは致命級……EXは大規模な被害を及ぼすレベル、って感じで。解読スキルAじゃ、これが限界~……」


「わ、わあっ……いえいえ、それでも充分と思いますっ。B以上なら使わないか、慎重に扱えるわけですし。……ち、ちなみにメタシオータは?」


「Cだね~。んふふ……ラムちゃんの考えてること、わかるよ……? 使んでしょ~……わたしもちょっと、謎の魔法とか興味あるぅ~……」


「! ふっふっふ……クロエちゃんもワルですねぇ、いやそうでもないか……まあとにかく、ダイニングでみんなを集めて――あれ、スクロールは?」


 ラムの手にしていたスクロールが、なぜか見当たらない――そんなはずは、とクロエと共に部屋を見まわすと、その時。


「―――メタシオータ」


「「えっ」」


 凛と涼やかな声が室内に響き、ラムとクロエが目を丸める。


 いつの間にかラムからスクロールを受け取り(奪った、では?)、魔法を使ったのはリーリエ――いつの間に潜入していたのか、しかし彼女は特にわるびれることもなく、むしろ不思議そうに首をかしげていた。


「? どうしたの、二人とも……このスクロール、使うんじゃ?」


「―――いやそうですけど、こんな急展開あります!? ていうかいつの間に入ってきてたんですかリーリエさん!?」


「最初からラムさんに付いてって、話も全部聞いてたけど、気付かなかった?」


「隠密EX怖すぎる! ぜんっぜん気付きませんでしたし、ていうか少しは喋ってくださいよ、んもぉ~っ!」


「そうなの、ごめんね。……でも私もちょっと、スクロールの効果、気になってたから。なんだか面白そうな予感するし」


「あ、ああ、一緒の探索で拾いましたもんね。リーリエさんの勘、良くも悪しくもヤバそうな気がしますけど……って結局、スクロール使ったんですよね、一体どんな効果が……ふ、不発でしょうか?」


 なかなか賑やかにツッコんでいたラムが、慌ただしく周囲の様子を窺うと――冷や汗をかいて胸元を押さえていたクロエが、現状を述べる。


「り、リーリエさん、心臓に悪すぎるぅ~……あ、魔法は、発動してるはずだよ……でも、なんだろ、この部屋じゃないみたい……セーフティールーム内なのは確かだけど、もしかすると、のかも……?」


「え……ええっ!? だとしたら大変じゃないですか! 何の説明もしてないのに……急いで様子を見に行きましょう! 全裸が待って……いえ危険度Cとはいえ何が起こってるか心配ですし!」


「今チョロっと漏れた本音っぽいのは、聞かなかったことにするけど~……同感だよっ。ハーク兄さんの全裸……もとい危機を黙って見過ごせないよっ」


「今のは聞かなかったことにするけど、同感だわ。ハークの幼馴染として、そしてスクロールを使ってしまった身として、見逃せない……私が責任もってハークの全裸をお世話するわ」


 オイオイオイ、真面目に心配しなさいよアンタら。


 ラムですらツッコミを放棄し、まずはダイニングへ入る、と。


「っ。ハーク師匠、ダイニングにいないということは……お部屋みたいですね。とりあえず呼びかけて……――!」


 ラムが言い切るより前に――ドアノブがゆっくりと回転し、扉が開かれる。

 その先にいる、部屋の主ハークが、果たしてどうなっているのか。


 緊張に固唾を呑む三人……何となく〝ジュルリ〟と音がした気はするが聞こえなかったことにして。


 とうとう、姿を現した――その存在は。



「? あ、あの……お姉さんたち、だれですか? なんで、おれの実家に?」



「「「――――――――」」」


 見慣れぬ――いや、確かにどこかで見たことのある、明らかに誰かの面影を覚える、少年の登場に。


 ラム・クロエ・リーリエの三人は、揃って絶句するしかなかった。

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