第15話 《異次元の魔女》クロエ=W=スラスト

 ラムの混乱がようやく落ち着いた頃。

 光源がとぼしく微妙に薄暗いダイニングにて、向き合っていた黒髪の少女、クロエ=W=スラストが改めて自己紹介を始めた。


「えと。……はじめまして、わたし……クロエ=W=スラストっていいます……ハーク兄さんの、妹です……」


「あっ、これはご丁寧に。すいません、さっきはお騒がせしちゃって――」


「でも血は繋がってないので……結婚とかはできます……」


「急に何の話です?」


 大人しいというより、やや陰気な語調のクロエから、妙な主張を喰らって。

 対するラムは面食らいながらも、めげずに自己紹介を返そうとした。


「あ、アタシはラム=ソルディアって言います。新米冒険者で、剣士をしてて……昨晩からハーク師匠に弟子入りさせていただきましたっ♡」


……? ふっ、と比べれば、あまりにも浅い関係……取るに足りません……」


「なんだぁ? てめー……」


 少女剣士、キレそう――!


 と、さりげに一触即発の原因となっているハークが、そこで口を挟む。


「こらこら、クロエ。この家じゃ珍しいお客さんだから緊張するのは分かるけど、変なコト言って困らせちゃダメだぞ?(おもてなしのバンダナ:友好・対話スキル発動)」


「あう。……う、うん、ごめんね、ハーク兄さん……」


「謝るなら、俺にじゃないだろ?(友好・対話スキル発動中)」


 兄・ハークに促され、妹・クロエはラムの方へと向き直り。


「えと……ご、ごめんなさい、ソルディアさん……兄さん以外の……取り分けヒューマン属と話すなんて、本当にひさしぶりで……取り乱して、初対面の人にとんだ失礼を……」


「ヒューマン属というとがった認識。……あっいえっ、そんな、いいんです! アタシだって突然お邪魔して、びっくりさせるのも当然と思いますしっ。あと、多分ですけどアタシ達、同年代ですよね……アタシのことは気軽に、ラムって呼んでくださいっ。あ、ニックネームとかでもいいですけど――」


「あ、はい……じゃあ、えっと……ラム氏とメスネコと、どっちがいいです……?」


「〝ちゃん〟とかにしてください〝ちゃん〟とかに。人馴ひとなれしてないとかそんなレベルじゃないですよ。〝関係:敵対〟ですかこんにゃろー」


「あっ……ご、ごめんなさいっ。ハーク兄さんにすり寄るあさましい姿を見てると、ついつい口が滑っちゃって……」


「ほほう、あおりますねェ……」


 確かに〝関係:敵対〟気味かもしれない二人だが、ハークは再びクロエをなだめる(友好・対話スキル引き続き発動中)。


「クロエ、そんなにツンツンしてちゃダメだぞ。ただでさえ俺たちは引きごもり気味なんだから、少しは他の人と関わらないと……お兄ちゃん、怒るぞ!」


「っ。あ、甘いよ、ハーク兄さんっ……この、このわたしがっ……〝むしろ怒られたい♡〟と言ったら……どうするつもりっ(キリッ)」


「うーん、逆効果じゃダメだな……じゃあ〝もう口を利かないぞ〟とかなら?」


「うんわかった仲直りするすぐする。だからそんなこと言わないで兄さんわたし死んじゃう」


 ハーク、友好・対話スキルによって、クロエの説得に成功した模様。


 さて、ラムにしてみれば出会って初めての早口を並べ立てたクロエが――改めてラムの方へと向き直り。


「え、えっと、かさねがさね、ごめんね……よろしくね、ラムちゃん」


「……あ、は、はいっ。色々とツッコミたい気はしますが、大丈夫、ええ、大丈夫ですとも。よろしくお願いしますねっ、クロエちゃん……今日から、お友達ですっ♡」


「! お、お友達……わたし、お友達なんて、初めてかも……」


(でしょうね。って思わず言いそうになりましたが、空気を読んで言わないアタシなのですー)


 少女剣士ラムは空気が読める子で助かります。


 とにかく、どうにか友好関係を築けた(と思いたい)ラムが、ダンジョンの主たるクロエに気になっていたことを尋ねる。


「えっと。……聞いていいのか、言っていいのか、って躊躇ためらってたんですけど……クロエちゃん、姿のままで大丈夫ですか? 急に押し掛けたアタシが言うのも、なんですけど……」


「あっ……そ、そういえば。はじめての来客に驚きすぎて、ぜんぜん気にしてなかった……す、すぐ着替えるから、ちょっと待っててね……」


「ああ、よかったです。てっきり初対面の相手とはパジャマで対応しなければならない、みたいな個性的な家訓でもあるのかと……いえ超高難度ダンジョンの主がパジャマでお出迎えっていうのも、ツッコんでいいポイントか悩んでたんですけど……と、とにかく着換えが終わるまで、後ろ向いてますねっ」


「すごいツッコむ人だよね、ラムちゃん……あ、でも別に、後ろ見てなくていいよ……から」


「へ? ……きゃ、きゃあっ!?」


 クロエの不明瞭な言葉に、ラムが首を傾げると――次の瞬間、薄暗いダイニングに閃光がはしり。

 出会い頭には、黒を基調としたモコモコふわふわなフード付きパジャマを着こんでいた、超高難度ダンジョンの主は。


 見る間に、それこそまばたきのたび、その着衣を変化させていく。


 モコモコのパジャマが、肩と太股の側面が露出した、スリット付きのウィッチ風ワンピースに。

 少し心配になるほどの細腕には、手元から二の腕まで覆うように、黒いシースルーのロンググローブが形成され。


 足の見える部分には、黒のストッキングが確認でき――

 そして最後に、三角形にとんがった魔女帽子をかぶる。鍔が広いため、ずるっとずり落ちるたび、小顔のクロエは片目が隠れてしまうようだが。


 こうして瞬時に、まさしく〝変身〟を遂げたクロエに、ラムはつぶらな瞳を輝かせる。


「わ、わあ~~~……! すごいですね、クロエちゃん! まるで魔法使いか魔女みたいです!」


「えっうん、まあ魔女だけど……外じゃ《異次元の魔女》って呼ばれてるのも、知ってるくらいだし……ま、まあでもこれくらいなら、異次元を開けるわたしには、簡単っていうかぁ……」


「おぉ……異次元を開ける、って何だかすごいですね。魔法はあんまり詳しくないんですけど、にしても聞いたことがないくらい……ん? じゃあランダム生成ダンジョンも、そういう魔法っていうか、能力で? というか、そもそも……」


 褒められて満更まんざらでもなさそうなクロエに、ラムが立て続けに尋ねるのは。


「クロエちゃんがこのランダム生成ダンジョンの主で、《異次元の魔女》っていうのは分かりましたけど……どうしてダンジョンの主なんてしてるんです?」


「えっ……それ、は……まあ、色々あって……でも大した話じゃないから、語るのも恥ずかしいんだけど……」


 それでも構わない、とラムが頷き、続きをうながすと。

 クロエいわく〝大した話じゃない〟事情が語られて―――

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