第38話 段階

「で、どうやるんだい」


 台所にある炉の前まで来て、中年主婦が大成たちに顔を向けた。

 大成はこくっと頷いてから、炉の中へ手を伸ばし改良版メラパッチンを設置する。


「ここからはビーチャム博士。お願いします」


 大成は笑顔でビーチャムに振った。

 ビーチャムはおもむろにポケットからメモ紙を取り出すと、中年主婦へ手渡す。


「何か書いてあるねぇ?」


「それは詠唱文だ。改良版メラパッチンに向かって手をかざし、その文言を読み上げれば発火する」


「なるほどね。あれ、でも一箇所、空白になっているが、ここはなんだい」


 中年主婦が該当箇所を指さす。

 彼女の指摘したとおり、確かに文章の中には歯抜けになっている箇所があった。


「そこは自分の名前を言ってくれ」


 ビーチャムの回答に、中年主婦は首を傾げる。


「今度のは、自分の名前を言わないといけないのかい」


「そうだ。なぜなら一度その者の名前で詠唱して使用すれば、それ以降はその者でしか発動できなくなるようにしてある」


 中年主婦は再び首を傾げるが、ややあってからひらめいた顔をした。

 どうやら意味を理解したようだ。


「さっきあんたらが言っていた安全性って、ひょっとして......」


「そういうことです」


 大成が安心感抜群の声で返事をした。

 

「なるほど。それは確かによくできてる。それなら子どもがいても安心して使えるねぇ」


 中年主婦の今日イチの肯定的な反応に、大成とビーチャムは「よし」と頷き合った。

 そして中年主婦は、ビーチャムの説明どおりに改良版メラパッチンへ向かって手をかざし、メモを見ながら始めた。





 一件目の訪問を無事成功させた大成たちは、次の訪問先へ向かっていた。

 良く晴れた日の心地よい風は、ふたりの足取りを軽くさせる。


「おい、タイセー」


 二件目の家の前まで来た時、不意にビーチャムが大成に呼びかけた。

 どうしても確認しておきたいことがあったからだ。


「今回も、本当に無料でいいのか?」


「それはもう説明しただろ?」


「だからこそ意図的に使用回数を減らした、というのもわかるが......」


「本当の勝負はこれからだからな。それに、さっきの主婦の反応を見て、これはますますイケる気がしている。もちろん過信も油断する気もないが」


 大成は確かな自信を滲ませた。

 かといって冷静さも失っていない。

 そんな顔だ。


「商売というからには、とにかく売って売って金を取っていくと思っていたが、タイセーのやる商売はいささか様相が異なるのだな」


「何事にも段階があるからな。今はその段階フェーズじゃないってことだ。もちろん事業にも人間と同じで体力ってもんがある。だからゆっくりはしていられない。焦って正常な判断ができなくなるのはもってのほかだが、ある程度の速度で進んでいかなければならない」


 大成の目の奥に鋭い光が射した。

 太陽の光が反射したわけではない。

 彼の内から来るモノだ。


「どうやらつまらない事を言って腰を折ってしまったようだな」


 ビーチャムはふっと苦笑する。

 

「そんなことはないさ。気がついたことがあったらいつでも忌憚きたんない意見を言ってくれ」


 大成は穏やかに笑って返すと、二件目の家のドアへ向かって足を踏み出した。

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