第37話 三度目の訪問

「また、あんたらかい。りないもんだねぇ」


 ドアを開けるなり中年主婦が青年ふたりを見て呆れ顔をした。

 初回訪問から数えてコンスタントに三度目の訪問。

 当然といえば当然のリアクションだった。

 まったくひるむことのない大成は、満面の笑みを浮かべて改良版メラパッチンを見せる。


「本日はとっておきのモノをお持ちしました」


「また火の魔法石かい。めらぱっちんとか言ったか。でも、大きさが違うのか」


「これは改良版のメラパッチンです」


「なにが違うんだい。何にも変わらないならもういらないよ」


 中年主婦は面倒臭そうに吐き捨てた。

 もう来るなと言わんばかりだ。

 限りなく営業拒否に近いとみえる。

 ところが大成は穏やかな雰囲気を保ちつつ、誠意を込めた眼差しをしかと向けた。


「こちら、皆様からの貴重な意見を参考にさせていただき、生まれ変わったメラパッチンになります。では何が変わったのか?ですが、もちろん大きさだけではありません」


「御託はいいから具体的に言ってみなよ」


「ありがとうございます。それではご説明させていただきます。こちら改良版メラパッチン。変わった点は三つあります」


「みっつ?」


「まずひとつめは、毎回取り出して使う必要がなくなりました。つまり、炉に入れっぱなしで使えます」


「ほう。でも、三回しか発火しないんじゃ、朝昼晩に一回ずつ使ったとしても一日で使い終わっちまうよ」


「そうなりますよね。ということで二つめですが、使用回数がと大幅に増加しました」


「四十回だって?それは本当かい?」


 中年主婦の目の色が変化する。

 大成の求めていた反応だった。

 ここでこの反応を示すということは、今後の展開を有利に運べることを約束する。

 大成は心の中で「よし」とつぶやいた。


「四十回です。一日五回ずつ使用しても一週間以上使えます」


 大成の説明は、中年主婦にうんうんと納得の小さい頷きを促した。

 その直後だった。

 ふとあることに中年主婦が気づく。


「さっき、炉に入れっぱなしで使えるって言ったね?」


「はい」


「要するに、投げ入れるって行為が要らなくなって、唱えるだけで発火するってことだよねぇ?」


「おっしゃるとおりです」


 中年主婦は腰に手を当て、ハァーッとため息をついた。


「あんたねぇ。もう何度かうちに訪ねて来ているからわかるだろう?」


「と、おっしゃいますと」


「うちには子どもが四人いるんだよ。〔イグニス〕って唱えるだけで発火しちゃうとなると、炉に入れっぱなしにしておくのは危ないだろうに。いくら便利になったからっていっても、これじゃうちじゃあ使えないよ。安全面で言えば前の物のほうが良かったってことになるね」


 まるで僅かな隙をついてここぞとばかりに文句をつけるクレーマーのような中年主婦。

 しかし、大成は寸分とも狼狽うろたえていない。

 真摯に向き合いながら、話を遮ることもなく、しっかりと聞き終えてから、絶妙な間で口をひらいた。


「そうですね。ご心配になるのは当然のことだと思います。ということで三つめです。こちらの改良版メラパッチンは、発火させるのに詠唱を必要とします」


「詠唱って、魔導師が魔法を使う時に言葉を読み上げるあれかい?」


 中年主婦が訝しげな視線を向けてくる。


「さようです。この詠唱という方法を採用することにより、むしろ安全面は以前の物以上となりました」


「それは実際どんな感じになるんだい」


 その言葉に、大成は待ってましたと言わんばかりに目を光らせる。


「お時間は取らせません。是非一度、実際の使用方法をご覧になっていただければと思います」


 中年主婦は躊躇ちゅうちょする。

 だが、揺るぎない自信に満ちた大成の面持ちは、彼女の首を横には振らせなかった。


「はぁー。わかったよ。台所にきてやってみな」


 諦めたように中年主婦は承諾した。

 大成は「ありがとうございます」と感謝を示してから、後ろにいるビーチャムへ肩越しにウインクを送る。


「ビーチャム博士。行きましょう」


「何というか......たいした奴だ」


 ビーチャムはふっと笑みを浮かべて、大成の背中に続いて家へ入っていった。

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