第36話 スピード感が大事

「バーバラさん。飲み物も飲まずにさっさと行ってしまったな」


 前回と同様この日のバーバラも、魔力注入作業が終わった途端、飛び出すように出ていってしまった。


「よっぽど忙しいのだろうか」


 そう言いながらもビーチャムは胸に疑念を抱いた。


「今度、こっちからバーバラさんの所へ訪ねていってみるのはどうだろう?」


 大成が提案する。

 

「いや、そう、だな......」


 なぜか言い淀むビーチャムに、大成は素直に疑問の視線を向ける。

 

「ビーチャム?」


「バーさんは王都に住んでいるんだ」


 大成はハッとなり、瞬時に察した。

 ビーチャムにとって王都は、わば因縁の場所。

 行きたくないのは当然だし、あるいはバーバラに迷惑がかかってしまう可能性も心配しているのかもしれない。


「悪い。さっきのは忘れてくれ」


「いや、別にいい」


 何となく気まずい空気が流れる。

 その空気を打破したのは、意外にも魔導博士の方だった。


「タイセーの言う商売ビジネスとやらは、スピード感が大事なのだろう?」


 少なからず大成は意表をつかれた。

 まさかビーチャムの側から商売という言葉が出てくるなんて。


「そうだよ。スピード感はめちゃくちゃ大事だ。せっかくバーバラさんに魔力充填してもらったんだ。さっさと残りの石もメラパッチンに完成させるぞ」


「よし。やるか」


 青年二人はにやっと微笑み合い、そそくさと作業に取りかかった。




 

 眠い目を擦りながら大成が完成した改良版メラパッチンを布袋に入れていたのは、翌朝のことだった。

 

「一日ぐらい休んだらどうだ?」


 そう訊いたビーチャムのまぶたも重たそうだ。

 大成は欠伸あくびをしながら手を横に振る。


「いや、一日でも早いほうがユーザーの心証も良くなる。むしろ我々の改善力と対応力を見せつけられるチャンスだ」


「僕も研究に没頭すると寝る間も惜しんでやり続けてしまうが、タイセーもそれと同じということか」


「そんなとこかな。それに、いてもたってもいられないんだよ。ワクワクしてさ」


 大成はニカッと白い歯を見せた。

 良い顔だった。

『火の魔法石プロダクト』を開始してから、大成の睡眠不足は続いていた。

 疲れも溜まってきているだろう。

 しかし大成の目はイキイキと輝いていた。


「余計な心配だったか」


 ビーチャムはふっと微笑を浮かべる。

 

「俺はこうと決めたことはとことん突き進む男なんだ」


「元気な奴だ」


「そう言いながらビーチャムもちゃんと協力してくれてるよな」


「僕にとっては研究の一環でもあるからだ」


 それは本音だったが、理由のすべてでもなかった。

 やはりビーチャムは、徳富大成という人間に強い興味を惹かれている。

 この男が為す事を、見てみたい。


「今日は僕はついて行かなくていいのか?」


 ビーチャムが訊ねる。

 その途端、大成は嬉しそうにニヤけ出した。


「来てくれるのか?」


「逆になぜ声をかけてこなかった?」


「連日の睡眠不足でしんどいかな〜と」


「それはお互い様だろう」


「でも、ビーチャムって体力無さそうっていうか......」


うるさい。変な気を遣うな。気持ち悪い」


 ビーチャムは大成を突っぱねて準備を手伝い出した。

 ふたりでやるとあっという間に終わってしまった。

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