第7話 ビーチャムという人物

 *


「オイ!さっきから作業に身が入っていないぞ!お前だけ業務量増やされたいか!?」


「す、すいません」


 翌日、青年は再び過酷な肉体労働の中にいた。

 いつもよりも仕事に身が入らないのは、昨夜のことのせいなのは言うまでもない。


「あのクソ野郎......本当だったら、俺はもうこんな所にはいないはずだったのに」


 苦虫を噛み潰したような表情で作業に手を動かしながら、白衣の男のことを思い出していた。

 ただ一方で、客観的な冷静さも取り戻していた。

 無計画に夜逃げした所で、行く当てのない自分の未来に何が待っているのか。

 途上で生き倒れるかもしれないし、警備の行き届かない場所で犯罪に巻き込まれるかもしれない。

 

「とりあえず、あの野郎に会いに行ってやるか......」


 今の状況で、他の選択肢はなかった。

 昨夜のことの文句を言ってやらねば気が済まない。

 当然の感情だ。

 しかし、冷静になった今、別の思いも存在していた。


「昨日、アイツがやっていた事はなんなんだろう。道具を使って魔法の実験を行っていた......そんなふうにも思えるけど、どうなんだろうか......」


 徳富大成は、純粋な好奇心が芽生えていることに気づく。

 もう一度、あの白衣の男に会ってみたい.。 


 


「ビーチャム魔導研究所だって?知ってるけどさ」


 とりあえず当たり障りのない人間...食堂のおばちゃんにいてみたところ、早速その場所を知っていた。

 ほっとする。

 なんせ住所も地図もない。

 わかっているのはビーチャム魔導研究所という名称と、その男の名がビーチャムということだけ。

 警備兵にそう名乗っていたので、名前自体は間違いないだろうと思っていた。

 警備兵が「またあんたか」と、うんざりしたように応えたのを覚えている。

 とはいえ、名前だけで本当に訪ねていけるのか?と懸念に溢れていた。

 しかし、良い意味で裏切られた。


「だけどさ。あんな所に行ってどうすんのさ?」


 おばちゃんは怪訝けげんな眼差しを向けてきた。


「というと?」


「あそこにゃ、頭のおかしいマッドサイエンティストがいるんだ。そんな変人の所に行くって、どうかしてんじゃないのかい?」


 変人。マッドサイエンティスト。

 白衣の男について、いきなり強烈なパワーワードが登場する。

 にわかに胸に不安がよぎる。


「ビーチャム...だよな。いったい何者なんだ?」


「さあ。あたしも詳しいことはわかんないけどさ。戦前のある時期までは王都にいて、それなりに有名な若き魔導博士だったらしいんだけどね。今じゃすっかり落ちぶれちまって、この町の隅っこに名ばかりの研究所を構えてるって話さ」

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