第8話 研究所?

 *


 日も暮れて、仕事が終わる。

 早速、青年はその場所に向かって歩いていた。

 体はクタクタだったが、先延ばしにはできない。

 

「ここは、行くなら行くで一分一秒でも早いほうがいい。中途半端に遅れるぐらいなら行かない方がいい」


 徳富大成の考えはシンプルだった。

 このような判断力と行動力は、彼の強みとも言える。


「聞いた場所はここ......だけど、本当にここなんだよな?一応、雑な手書きの表札はある。ビーチャム魔導研究所......」


 目的の場所を目の前にして、不安そうに呟いたのにはワケがある。


「マジで、オンボロなんだけど......」


 一階建ての褪せた廃屋の如き建物には、所々に苔が生えており、とてもじゃないが「研究所」には見えない。

 もはや打ち捨てられた倉庫、といった方が適切かもしれない。


「食堂のおばちゃんが知ってるぐらいだから、町でも有名って考えていいよな。元々、王都でも有名な若き魔導博士だったとも言ってたし。それなのに、これか」


 考えれば考えるほど疑問と不安が増していく。

 しかしこんな所でぐずぐずしていても時間の無駄なだけだ。

 そう言わんばかりに勢いよく扉をノックした。


「すいませーん!こんばんはー!ビーチャムさーん!昨夜、町の外で貴方と会った者でーす!すいませーん!」


 返事がない。

 ぴしゃりと雨戸ごと締め切られた窓からは中の確認もできない。

 本当に人がいるんだろうか?

 そんな気さえしてくる。


「すいませーん!ビーチャムさーん!すいませーん!」


 ドンドンドンドン!と扉を叩いた。

 声量も上げた。

 布団を被って熟睡していても叩き起こされるレベルだ。

 ところが、一向に反応はない。

 このままではラチがあかない。

 ならば...と決心した。

 次の呼びかけで出て来なかったらもう帰ろうと。

 大きく息を吸って、口をひらく。


「出て来いコラァァ!!この三流貧乏自称博士がぁぁぁ!!」


 数秒後。中からドタドタと物音が聞こえてきたと思ったら、バーンと勢いよく扉が開いた。

 大成は思わず身を退いてドアの直撃を避けた。


「僕は正真正銘魔導博士だ!自称などではない!」


 白衣の男が、もっさりとした銀髪を振り乱して物凄い剣幕で出てきた。

 徳富大成の思惑通りだった。

 暴言は見事にようだ。


「やっと出てきたか。俺だよ。約束通り来た」


「ん?貴様は......」


 白衣の男は、視力の悪そうな目を細めてじ〜っと見てくる。


「誰だ?」


「俺だよ!昨日の夜、町の外の林の中で会ったろ?アンタから言ってきただろ?ここに来いって」


「そうか。どこかで見たことがあるかと思ったが、昨夜の貴様だったか」


「そうだよ。話をしに来てやったんだ」


「遅い」


「は?」


「明日来いと、僕は言ったはずだ」


「だからこうして来ただろ!?」


「普通、明日来いと言ったら、少なくとも翌日の日中には来るものだろう」


「仕事があるんだよ!それぐらい言わなくてもわかんだろ!」


「言わなくてもわかる?僕は心を読む魔法など使えないぞ?」


「こ、こいつ......」


「まあいい。とりあえず中に入れ。遅くなった事は横に置いといてやる」


 大成は、拳をぎりぎりと握りしめながら思う。

 こいつは変人でもマッドサイエンティストでもない。

 ただの礼儀を知らない失礼な、社会性の欠落したクソヤローだ!

 と、自分から暴言を吐いた事はしれっと忘れる徳富大成に、白衣の男は言った。


「たっぷり聞かせてもらうぞ。『スマホ』とやらの話を」


 一瞬、大成はピタッと静止する。

 白衣の男はにやりと薄く微笑し、先に中へ入っていった。

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