第6話 条件

「......お前、これが何か知っているのか?」


 白衣の男は、茫然と立ち尽くす徳富大成へ向かって謎の物体を見せてきた。

 それに対して大成は、白衣の男の質問には耳を貸さず、ひたすら謎の物体だけを凝視する。


「おいお前、僕の言葉がわからないのか?」


 やや苛立った白衣の男が質問を重ねた時。

 徳富大成は我に返り、がっかりした口調で呟いた。


「いや、やっぱり違うか。それはそうだよな......」


 それはスマートフォンなどではなかった。

 サイズ感と大まかな形状が似ているだけだった。

 発光によってまるで液晶画面のように見えた部分も、当然のことながらそんな科学的な代物ではない。


「おい貴様!いい加減にしろ!何者かは知らんが、僕を馬鹿にしているのか?」


 白衣の男が声を荒げた。

 徳富大成はハッとする。

 よく見れば思ったよりも背の低い目の前の男が苛立ちを募らせている。

 やばっ。謝らなきゃ。


「い、いや、なんかすいません」


「すいませんじゃない。貴様は何者だ?」


 お前こそ何者だと思ったが、トラブルは避けたいところ。

 適当に誤魔化してさっさと立ち去ろうと、方針を固める。


「た、ただの通りすがりでして」


「こんな時間にこんな場所、通りすがるか?」


「じ、じゃあ、俺はこれで」


 逃げるが勝ちと言わんばかりに、そそくさときびすを返した。

 ところが、白衣の男にガシッと肩を掴まれる。


「待て。行く前にさっきの質問に答えろ」


「さっきの質問?」


「この新型魔導装置を見て、貴様は何か言っただろう?」


 白衣の男がズイッと手に持った物体を見せつけてくる。


「いや、特になにも」


 徳富大成はマトモに答えなかった。

「スマホ」なんて言った所で意味がないと思ったから。 

 この世界に存在しない物の名称を言っても話がややこしくなるだけだ。


「じゃあ、俺はこれで」


「待て。なぜ答えん。確かに貴様は何かを言った。それは僕が聞いたことのない単語だったはずだ」


 白衣の男はしつこく食い下がる。

 なぜそんなことに拘るのか。

 意味がわからない。

 

「気のせいだろ。もう行かせてくれ」


「そんなはずはない。僕の耳は誤魔化せないぞ」


 押し問答が続く。

 これはどうしたものかと、困り果てた時だった。


「おい!そこで何をしている!」


 二人に向かって何者かの声が響いた。

 二人して振り向くと、視界の先に松明たいまつを持った町の警備兵が歩いてきていた。

 

「やばっ」


 ぎくりとして、自分が脱走者であることを思い出した。

 その後ろめたそうな様子を、白衣の男は目ざとく見逃さない。


「貴様。町からの脱走者か?たまにいるんだ。労働がキツくて逃げ出す奴が」


 図星を突かれた徳富大成は、もはや誤魔化しても無駄だと思い、素直に訴える。


「頼む。俺を逃がしてくれ」


「貴様......さては、ただの脱走者ではないな?元は捕らわれた収監者ではないのか?」


 白衣の男はすこぶる鋭かった。


「そ、それはそうだけど!でも俺は犯罪者ではないんだ!だから逃がしてくれ!」


「条件がある」


「は?条件?」


「この状況ではゆっくり話を聞けないからな。明日、改めて話してもらうぞ」


 白衣の男はそう言うと、徳富大成にビシッと指をさす。


「いいか?今日のところは素直に町に戻れ。酔って町の外まで散歩に来たことにしろ」


「いやいや待ってくれ。それじゃ意味がない。俺は町から逃げたいんだ」


「だから『条件』と言っただろう?この約束を守れば、改めて僕が貴様をこの町から安全に逃がしてやる。貴様にとってはこの上ない条件だと思うが?」


「確かに悪くはないけど、アンタを信用できる保証がない以上...」と徳富大成が言い終わるが先に、白衣の男が遠くを眺めて手を挙げる。


「おい!警備兵!ここに酔っ払いがいる。町まで連れ戻してやってくれ!」


「ちょっ!俺はまだ承諾してないぞ!?」


 白衣の男は聞く耳を持たない。


「おい!ここだ!早く来てくれ!」


「フザけんな!なんなんだアンタ!」


 怒る徳富大成に向かって、急に白衣の男は視線を戻した。


「ビーチャム魔導研究所だ。明日、そこに来い」

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