第5話 スマホ

 *


 時は戻り、徳富大成が異世界へ飛ばされてから三ヶ月後の今。

 先の見えない過酷な労働の日々に、もはや青年の心は折れる寸前だった。


「今夜、逃げよう......」


 土木作業に汗を流しながら、密かに決心した。

 逃げたところであてはない。

 しかし、ここにいることにはもう耐えられなかった。


「よし......」


 夜。皆が寝静まった後、闇に紛れて町を抜け出した。

 抜け出すルートやタイミングは、すでにリサーチ済みだった。

 そのあたりは流石、元マーケティング会社の若きやり手営業部長。

 抜け目がなかった。


「ん?」


 町の外の林の中で、ふと足が止まる。

 視線の先に、ぼんやりと灯りが見えた。


「誰かが野宿でもしてるのか?でも変だな。町は近いし、わざわざこんな所で野宿する意味あるのか?」


 あるいは犯罪者かとも思ったが、いずれにせよ自分には関係ない。

 無視して行こうと、歩みを進めた直後だった。

 

「え??」


 再び足が止まる。

 視界の端に妙な閃光が走ったからだ。

 原因の元があると思われる方向へ視線を走らせる。

 またぼんやりと灯りが見えた。

 さっきと同じ場所だ。


「一体なんなんだ?」


 足は自然とそちらへ向かっていった。

 一定の距離まで近づくと、足を止めて、影からこっそり観察してみる。


「人がひとりいる。着ている服......あれは白衣かな。ということは医者?あっ、闇医者とか?何か物を持っているが......」


 引き続き観察していると、びっくりする光景を目の当たりにした。

 

「あれは......」


 その者が、手に持った物体を指で操作するようにいじると、それがまばゆく光り出したのだ。

 どういう原理かはわからない。

 それはつまり、あれだ。


「魔法か」


 こちらの世界に来てから、すでに何度か魔法を目撃したことがあった。

 不思議で、神秘的で、子供の頃に夢見た、創造の世界でしか見たことのないもの。

 徳富大成は、今の自分の状況も忘れ、我知らずに身を乗り出していた。


「ん?誰だ?」


「!」


 気づかれた。

 ヤバイ。逃げなきゃ。

 と動き出そうとした瞬間、彼はビタッと留まった。

 驚くべき物体が目に入ったからだ。

 

「スマホ?」


 思わず口にしていた。

 白衣の男の手にある物が、スマートフォンに見えたのだ。

 しかし、そんなことはありえない。

 電話すらないこの世界に、そんなものがあるわけがない。

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