第3話 命の恩人

 何から何までさっぱりだった。

 それでも、半ば諦めたように、とりあえず女神の話を最後まで聞いてみることにした。

 もはやそうするより他なかったから。


「ご質問はされないのですか?」


「いや、続けてくれ」


「かりこまりました。さて、本題はここからです」


「本題?」


「貴方を、こちらに招いた理由です」


 美しき女神の優美な雰囲気の中に、改まった空気が宿る。


「徳富大成様。今から貴方に、ある使命を与えます。そして、その使命を果たしていただきます」


「はあ」


「貴方にはこれから、ある世界へと行ってもらいます。そして人々を豊かにしていただきます。それが徳富大成様、貴方の使命です」


「......それで?」


 火山のように噴き上がる疑問の数々をこらえ、話の先を促した。

 とりあえず最後まで聞くと決めたから。


「やけに素直にわたしの話を聞いてくださいますね?本当に大丈夫ですか?」


「い、いいから続けてくれ」


「はい。それでは早速、貴方をその世界へ転移します」


「あ、ああ。......はっ!?いやいやいや待て待て待て待て!!」


「続けてくれと、仰いましたが」


「俺が転移するって、そう言ったよな!?」


「はい。先程からご説明申し上げておりますが?」


「俺、知らない世界に飛ばされるの!?」


「そうですが?」


「そうですが?じゃないだろ!そんなの生きていけるかぁ!」


「大丈夫ですよ。貴方は崇高な使命を帯びた選ばれし者です。そう簡単には死なないでしょう」


「いやいやいや!そこで人々を豊かにする、だっけか?なんだその抽象的な目的は!そんなふわふわな計画あるか!ビジネスだったら百パー失敗するわ!」


「フフフ。貴方はビジネスとやらが大層得意でしたよね?でしたら、そのビジネスとやらで、人々を豊かにしてみたらいかがでしょう?」


「フザけんな!それはこれから日本で独立してやろうとしていたことだ!そうだよ!俺にはこれから日本で輝かしい未来が待っているんだ!早く俺を元の場所へ戻してくれ!」


「輝かしい未来?」


「なんだよ!おかしいか!」


「トラックに轢かれて死ぬ未来が?」


 徳富大成は、はたとした。

 そして今さら気づく。

 すんでの所で俺を救ったのは、この女神なんだ......!


「こんな言い方は、女神には相応しくありませんが......」


 転生女神テレサは、内心ほくそ笑んだように目を細める。


「つまり私は、貴方の命の恩人、ということになりますね」


 何も言い返せなかった。

 そのとおりだから。

 徳富大成は、納得したように吐息を吐いた。


「むしろ俺に、新たな世界で生きるチャンスを与えてくれたってことか」


 美しき女神はゆっくりと目で頷くと、おもむろに、慈愛に満ちた海のような優しい笑顔を浮かべる。


「徳富大成様。貴方には、自らの身を犠牲にしてまで他人を救おうとするとおとい魂が宿っています。それは気高く、美しいものです。ご安心下さい。彼女は無事ですよ」


 一瞬、彼は意表をつかれたように固まったが、すぐに頬を緩めた。

 あの人は、無事だったんだ。

 本当に良かった。

 自分のしたことは、無駄じゃなかった......。

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