第16話 私の王子様
シルビアは、実は王太子とは幼い頃から付き合いがあった。
そのせいもあってか王太子にとっては、女というより妹という感覚で、正直にいえば好みのタイプの女ではない。
別の候補者が王太子妃としたが、王太子妃となるために幼い頃から育てられたシルビアには申し訳ないことをしたと王太子は思っていた。
そこで、シルビアの相手にどうかと紹介したのが、魚人族の王子・アーロン。
魚人族は人型と魚型の両方の姿を持っており、特に人型の時の容姿は男女問わず世界で最も美しいと言われている種族の一つだ。
魚人族は恋愛に対してかなり奔放的だと言われている面もあるが、何よりシルビアが面食いであることくらい調べればすぐにわかることで、まさにアーロンはシルビアの好みにぴったり。
シルビアも一目でアーロンを気に入り、今回開かれたこの仮面舞踏会の終盤で、二人の婚約を発表しようと王太子は考えている。
祝いの席に水を差すような屈強な警備兵は必要ないと、会場内部の警備はかなり緩くなっていた。
そんな事情もあって、王太子もまさかともに入場したアーロンが、偽者と入れ替わっているなんて思いもしなかった。
アーロンがよく着ている衣装を身につけ、仮面をつけ、髪型に至るまで遜色ないようにしているという点も大きい。
何しろ、王太子自身もアーロンと直接顔を合わせたのは三年ぶりのことなのだ。
そもそも別人であるはずがないと思っているのだから、疑うこともない。
だからこそ、悲劇は起きる。
「きゃあああああ!!!」
皆がオーケストラの奏でる音楽に合わせて踊り始めた頃、会場に響き渡る悲鳴。
最初に叫んだのは、シルビアだった。
彼の容姿と、あの人魚族の王子という肩書きに惚れ惚れしていたシルビアは「やっと見つけた私の王子様」と思いながら、踊りや音楽なんかよりも彼だけを見つめていた。
幸せな未来を想像し、ニコニコと微笑んでいた彼女は、突然その王子様が懐から短剣を出したことに一瞬、気がつかなかった。
その一瞬で、彼は王太子にその刃先を向けたのだ。
反射的に避けた王太子は椅子から転げ落ち、シルビアが最初に悲鳴をあげた。
「いやああああああ!!」
そうして、その悲鳴に呼応するように、今度は王太子妃が悲鳴をあげ、全てが一変する。
オーケストラの音楽は止まり、短剣を振り回してアーロンの偽者は逃げる王太子にとどめを刺そうと襲いかかる。
会場にいた人々も一斉に逃げた。
我先にと三つしかない出入り口に人々が殺到。
王太子妃は気を失いその場で倒れ、シルビアは固まって動けず、王太子は襲いかかってくる偽者から逃げるのに必死だったが、戦い慣れていない上にまともな武器も持っていないために応戦できない。
会場内に配置してあった警備の者たちは、パニックを起こして逃げ出した人々の波に押されて王太子たちがいる壇上に近づくことすらままならなかった。
外にいた警備の者たちも、出入り口が人で塞がってしまって中に入ることができない。
「王太子様!!」
そんな中、真っ先に王太子たちを助けようと向かったのはビアだった。
戦場で数々の危機を経験してきた彼女は、ジャンを踏み台にして上に跳び、垂れ下がっている大きなシャンデリアを次々と掴んでは離して進み、王太子たちがいる壇上へ着地。
しかし、応戦しようにも相手は武器を持っている。
素手で戦うには少々難しい状況であった。
「王太子様、今のうちにお逃げください!! 早く!!」
「あ、ああ!!」
(どうしよう……せめて、何か長い棒でもあれば————)
仕方がなく、椅子を持ち上げて王太子を守るために偽者の前に立ちふさがったが、王族が座るような椅子だ。
無駄な装飾が重すぎて、かなり扱いにくい。
「ジャン!! ぼーっとしてないで、何か武器を!!」
「えっ!? 俺!?」
急に名前を呼ばれて、ジャンは焦る。
今まさにマリアを連れて逃げようとしていたところだったのだ。
「なんでもいいから、長い棒!! それから、シルビア!!」
「は、はっ……はい!?」
「あんたもぼーっとしてないで、王太子妃様をお連れして逃げなさい!! その自慢のかわいい顔に傷がついてもいいの!?」
「わ、私には無理よ!! あんたがどうにかしなさいよ!! ビア!!」
「できたらとっくにしてるわ!!」
(こんな時くらい、役に立ちなさいよ!!)
全く役に立たない兄と従姉妹に腹を立てているビア。
そこへ————
「ルーチェ中尉!!」
そう呼ばれた方を向くと、使い慣れた剣がこちらに向かって投げ込まれた。
ビアは椅子から手を離し、一瞬で剣を鞘から引き抜く。
そして————
「う……ああああああああっ!!」
短剣を持っていた偽者の手首をスパンと切り落とした。
血しぶきが飛んで、短剣を握っていたままの手がごろりと床に落ちる。
アーロンの偽者が痛みに悶えて両膝をついたところで、ビアは男の顔を確認するために仮面を結んでいた紐を斬った。
人混みをかき分けて、どうにか王太子たちがいるところまでたどり着いたエリックは、王太子妃を抱きかかえ、シルビアを安全なところへ避難させると、すぐにビアのところへ戻ると、その偽物の男の顔を見て、驚いた表情を見せる。
「————マルクス……? なぜ、お前が……」
(マルクス……? マルクスって、確か————)
マルクス・ドラルク。
吸血族が統治する国の王太子だ。
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