第三章 あなたはヴァンパイア

第15話 最悪の事態


 王太子は、隣に座っているのはと友人である種族の王子とその婚約者だと紹介した。

 仮面舞踏会であることを理由に、二人の名前は明かさなかったが、王子の方はそれだけの説明で会場にいた参加者はその正体をすぐに理解する。

 魚人族の第七王子だ。

 この国と魚人族が統治する国は同盟関係にあり、関係が深い。

 シルビアの方は、シルビアと仲の良い一部の貴族と王族くらいしか気づいてはいない。

 知り合いであれば、あの赤毛と前髪、それに少女趣味でいつもピンクや薄い紫色などの女性というか、少女が好みそうな色のドレスが彼女のトレードマークであり、すぐにわかる。


 誰かが小声で「フィオーレ侯爵家のご令嬢じゃないか」と言っている声が、ビアの耳にも届いていた。


(どうして……シルビアが……?)


 ビアはその理由に見当もつかなかったが、この状況がとても危険であることはわかる。

 もし、エリックがシルビアと接触してしまったら、文通相手がシルビアでないことがすぐにバレてしまう。

 まだエリックとの関係に、シルビアが望んでいるような決着をつけていないことがわかってしまったら、あのシルビアのことだ。

 周りの目なんて気にせず、ビアに直接文句を言いにくるだろう。

 本物のジャンがすぐ隣にいるこの状況で、もしもそんなことになれば、確実にジャンではなく「ビア」と呼ばれてしまう。


(と、とにかく、隊長だわ! 隊長を連れて、さっさとここから逃げる出るのが最善よ。最悪の事態が起こる前に、なんとか……)


 ビアは大勢いる招待客の中から、エリックを探そうと見回した。

 エリックは背が高い。

 頭一つか二つ分出ているから、すぐに見つかるとだろうと思ったが、何度見回しても見つからなかった。


「お、おい、いつまでこうしているつもりだ」


 胸ぐらを掴まれたままのジャンは、そんな状況であることなんて全く知る由もなくビアの手を振りほどく。

 完全に殴るタイミングを失ってしまったが、そんなことは今はどうでもいい。

 とにかくエリックを見つけ出さなければならない。


(どこ? 一体どこにいるの?)


「ねぇ、ダーリン、あの子一体誰なのかしら?」

「ああ、あれは俺の従兄妹のシルビア・フィオーレだよ。ほら、髪の色が同じだろう?」

「違うわ。王子様の方よ」

「王子? そんなの、あの衣装からして君と同じ魚人族の第七王子だろう?」


 もっと状況がわかっていないマリアは、わかりきっている質問をジャンにしていた。

 ビアは、あれだけヒントをもらえばバカでも誰かわかるというのに、わからないなんて、この女は相当頭が悪いのだと思った。


(こんなバカたちの相手にしていても時間の無駄だわ。隊長を見つけなきゃ————)


「違うわ。あれがアーロンなら、あんな風に普通に歩けるはずないもの。三日くらい前に尾鰭おひれに怪我をしたから、完治するまで人型にはなれないし」


(————え!?)


「尾鰭?」

「そうよ。尾鰭を怪我したら、私たち魚人族は人型になれないの。だって、人型で歩いたらとっても痛いのよ?」


(それじゃぁ、あの人は誰?)


 会場にいる皆が、あれは魚人族の王子だと思っている。

 だが、それは違うと指摘したマリア。

 なんだか嫌な予感がして、ビアはマリアに尋ねる。


「あの、マリアさん。あなたは一体————」

「私? 私はね、ダーリンの婚約者よ」

「いえ、そうじゃなくて……何者ですか? どうして、魚人族の王子のことを知っているんです?」

「え? だって、アーロンは私の弟だもの」

「へ!?」


 マリア・ブルーティア————実は彼女は、魚人族の第三王女だった。


「他の兄や弟も、あそこに座っている子ではないわ。兄弟ですもの、仮面をしていようがわかるわよぉ。でも、あの衣装はアーロンがよく着ているものに似ているのよねぇ。どういうことなのかしら?」



 *



 一方、エリックは王太子達が入場する前に会場の外へ出ていた。

 知り合いの貴族から、王太子が暗殺されるかもしれないという噂を聞いたのだ。

 王太子はこの舞踏会を、終戦後の平和を祝うものとして主催しているが、実は同盟関係のある魚人族の第七王子・アーロンが人間族の貴族の娘と婚約することになったことで、ますます魚人族と人間族の同盟関係が深まったことを示すつもりでいるらしい。

 厳しい警備体制では、興ざめしてしまうからと会場の周りに警備は配置しているが、内部にはあまり力を入れていないようだった。


 不測の事態が起こらないようにと、エリックは馬車で帰りを待っている執事に預けた自分の剣を取りに行った。

 王太子達が入場してきた扉とは別の扉から外に出たため、すでに入れ違いになっていることには気がついていない。


「どうされたんですか、坊ちゃん。剣だなんて……何かあったんですか?」

「何かが起こりそうだから、念のためだ。それに内部の警備があまりにも粗末すぎる」


 ジャンにも渡そうと、エリックは腰に一本、手にもう一本剣を持って会場に戻る。

 すでに壇上には王太子、王太子妃、魚人族の王子、そして、その婚約者である令嬢の姿があった。


 オーケストラが演奏し、踊る人々。

 エリックはテーブル席の方にいるジャンをすぐに見つけて、そちらの方へ向かって歩いて行ったが、奇妙なことが起きていることに気がついた。


「え……?」


 ジャンの隣に、もう一人、ジャンによく似た人物がいる。


(誰だ……?)


 仮面をつけているとはいえ、あまりにも似ているためエリックは血縁者ではないかと思ったが、ジャンについて調べた際、同じ年ごろの男子はルーチェ公爵家の関係者にはいない。

 がいたそうだが、幼い頃にと聞いている。


 エリックがジャンに声をかけようとしたその時————


「きゃあああああ!!!」


 会場内に悲鳴が響き渡る。



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