第11話 どうしよう
メビウスが一人で笑っていると、彼のその背後にいつの間にかエリックが立っていた。
不意をつかれたメビウスは笑顔のまま振り返り、固まった。
鬼の隊長が、鬼の形相をしていたのだから仕方がない。
「おい、何をやっているんだこんなところで」
「い、いやだなぁ隊長! 俺は裏庭で女といちゃついてるやつを見つけたんで、注意してやろうと話していただけですよ? なぁ、ジャン。そうだろう?」
「え!? は、はい。そうです!!」
突然話を振られて、ビアはかなり焦ったがメビウスに合わせてごまかした。
向こうは休憩中かもしれないが、裏庭で逢い引きしている二人を見ていたなんて言えるはずがない。
ビアの場合、メビウスとは違って、見たくて見たわけではないが……
「いちゃついてる?」
エリックはいまだに見られていることに気づかず、二人だけの世界にどっぷり使っているブラックたちの姿を見て、眉間に思いっきりしわを寄せた。
それどころか、つかつかと二人に近づいて行き、おもいっきり叱りつけていた。
「ブラック!!」
「げっ!! ルーナ隊長!!」
「げっ!! じゃない!! こんなところで何をしているんだ!!」
職場で何を考えているんだと、まさに鬼の形相で叱りつけ、なんだかビアはブラックに悪いことをしてしまったような気になってしまう。
その隙に、メビウスはパッと
「えっ!? メビウス少尉って、鳥人族だったんですか!?」
「言ってなかったか? とにかくあれだ。俺は逃げる。こっちまで飛び火したら大変だからな! じゃぁ、あとは頼んだぞ!」
「ちょ……ちょっと待って!」
鳥人族は、鳥の姿に変身することができる。
エリックがビアと踊ったあの仮面舞踏会を主催した鳥人族の王女も同じく鳥に変身することができ、その特性を利用して窓の外から若い男女の営みを拝見するという趣味を持っていた。
(もしかして、覗き見るのが鳥人族特有の性癖なのかしら……?)
あっという間に飛んで行った喋る梟を見つめながら、ビアはそう思った。
「……ん? メビウス少尉はどこに行った?」
「あ、えーと、仕事に戻りました」
エリックは説教を終えて戻ってくると、ビアの方に戻ってきた。
「そうか……まったく、あいつも見つけたらすぐに注意するべきだというのに————まぁいい。それより、ルーチェ中尉」
「は、はい。なんでしょう?」
「君は、舞踏会用の衣装を持っているか?」
「……え?」
「え? じゃない。さっき仮面舞踏会の招待状を見せただろう? あれには君の分も入っていた」
「えーと、つまり、自分もその仮面舞踏会に参加しろと?」
「当たり前だろう。意図はわからないが、君も同席させるようにとの話だ」
主催は同盟国である魚人族の王子。
参加しないわけにはいかなかった。
「それで、寄宿舎に舞踏会用の衣装は置いてあるのか?」
「いえ、ないです」
(寄宿舎にあるのは、ジャンが置いて行った服が数着しかないし……公的な場なら、騎士団の制服で十分だったし……)
そもそも戦争をしていたのでこの二年、舞踏会どころか、パーティーにだって誘われたことがいない。
「仮面舞踏会だから、騎士団の制服で行くわけにも行かないだろう。それなら今から仕立て屋に行くぞ」
「へ……?」
「へ? じゃない。ルーチェ中尉、本当に大丈夫か? 今日は仕事に身が入っていないようだが?」
「い、いえ!! そんなことはありません!! 仕立て屋に行くんですね!! わかりました!!」
この調子で真面目に仕事をしていないと思われてしまったら、今度はルーチェ公爵家の名前に傷がついてしまう。
次期当主は仕事ができないと言われても困る。
まぁ、本物のジャンは仕事はおろか、逃げ出したので人としてもどうかしているのだが……
とにかく波風を立てない。
ジャンがいつ戻ってきてもいいように、シルビアの縁談の邪魔をしないように、色々なところに気を使わなくてはならないビアは、一旦、それらを全部置いておいて、ジャン・ルーチェ中尉としてちゃんと仕事をしようと思った。
そうして、エリックと二人で仕立て屋がある隣の町へ向かったのだが、採寸のために服を脱ぐよう言われて、ハッとする。
(あれ? 私、ここに隊長と一緒に来ちゃダメじゃない?)
「……」
「どうしました?」
ビアの採寸を担当していた女性は、中々服を脱がない客に少々イラっとしている。
初めてこの仕立て屋に来たのだから、まずは採寸しなければ始まらない。
一方、エリックは常連客のため採寸の必要はなく、仕立て屋の主人と生地の色や材質について話し込んでいる。
衝立も何もない、同じ部屋の中にいるのだ。
「あの、早く脱いでいただけます? 上だけでいいんですよ。何も、下を脱げというわけじゃなんですから」
そんなことはわかっている。
だが、男装しているビアには、上も下もエリックがいるところで脱ぐわけにはいかなかった。
(ど……どうしよう)
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