第二章 仮面の下
第8話 見た目はタイプ
ビアは軍に戻ると、真っ先にエリックにシルビアからの手紙を渡した。
もちろん、それはビアが代筆したもので、一切シルビア本人は内容を知らない。
フィオーレ家に行った際にシルビアから預かったと嘘をつき、さらには、これからシルビアに対して何か贈り物や手紙を送るときはビアを通すことになった。
エリックも、最初はなぜビアを通さないといけないのかと疑問には思ったっが、「シルビアが文通していることを家族に知られるのを恥ずかしがっている」とさらに適当に嘘をついた。
従兄妹であるジャンから届いていることにすれば、家族に不思議に思われることもないだろうと。
嘘に嘘を重ねる形になってしまったが、シルビアのあの性格だ。
また手紙が届いたら、大騒ぎになるに決まっている。
いちいち呼び戻されては、いくらビアでも体が持たない。
「さて、ここからよ」
それから数日後、ビアは寄宿舎の自室で、エリックからシルビアに宛てられた手紙を読んでいた。
その手紙には、ただただ、自分がシルビアのことをどれだけ思っているかという実直な思いの丈が綴られており、中には歯の浮くような甘ったるいものもあった。
自分に宛てられたものではないが、「可愛い」だの「綺麗」だの「君のことを思うと、夜も眠れない」などなど、とにかく甘い言葉のオンパレードである。
とにかく、文面から溢れ出ているのは、シルビアと結婚したいという熱い思いである。
恋する乙女かよと思うようなことも書いてあって、ビアは思わず笑ってしまう。
あまりにも、普段の仕事をしている様子と違いすぎる。
(これは、重症だわ……何でこの人、こんなにシルビアの事が? やっぱり、全然わからない)
シルビアは、エリックと面識がないはず。
少なくとも、フィオーレ侯爵家に養子になった六歳から戦地にジャンとして戦地に送られる十六歳までの間で、ビアもエリックと会ったことはない。
そうなると、ビアが戦地に行った後……ということになるのだが、エリックだって同じく戦地にいたはずだ。
一体どこに、エリックとシルビアの間に接点が生まれるタイミングがあるだろうか。
戦後だというのであれば、見合いの話がでるまでの数週間。
(いくらシルビアでも、あんなに目立つ人のことを覚えていないとは思えないのよね)
エリックは背が高く、顔も整っている。
シルビアは王太子妃となるべく育てられていたものの、舞踏会やパーティーで素敵で目をハートにしていた貴族や王族の男たちと近い系統だ。
歴代の王の名前は暗記できないが、そういう見た目がタイプの男の名前ならスラスラ出てくるあのシルビアが、エリックのことを全く覚えていないというのもおかしな話だ。
(吸血族だから、興味がなかった? いやいや、吸血族かどうかなんて、ぱっと見じゃわからないわ。私と違って、シルビアは吸血族だなんて野蛮だって、パーティー自体に行かなかったこともあるし……人魚族の王子主催の舞踏会には、熱があったのに参加していたくらいだし。最初から吸血族と知っていたなら、ルーナ侯爵家から見合い話と聞いて、相手の顔を思い浮かべないとも思えない)
ビアは自分がいなかった二年の間にシルビアが参加したパーティーや舞踏会について、記録が残っていたら調べて欲しいと執事に伝書鳩を飛ばした。
向こうは覚えているのに、こちらは全く覚えていないなんてことがあれば、失礼だと思われるかもしれない。
(失礼なことはできないし……向こうからシルビアを嫌いになるようにしないといけない)
エリックにシルビアを嫌いになってもらいたいとは思っているが、恨まれるような嫌われ方をしてシルビアを非難するようなことを誰かに話されたら、フィオーレ侯爵家の名に傷がついてしまう。
それも、どこぞの貴族との縁談が決まりそうなこの状況だ。
王太子妃の座だけでなく、そちらの縁談もなかったことになってしまえば、またシルビアが怒るに決まっている。
(うーん、どうしよう……)
エリックの書いた手紙をもう一度読み返して、ビアは頭を悩ませる。
(ああ、めんどくさい。私なら、相手が吸血族であろうと人魚族だろうと、こんなに自分のことを愛してくれているなら、嬉しいことだけどなぁ……)
手紙からも、それにシルビアに対するエリックの表情からも、ビアはただ純粋に、本当にこの人はシルビアに恋をしているのだと痛いほど伝わってくる。
仕事に関しては鬼ではあるが、一人の片思いをしている男のまっすぐな気持ちをどう変えさせたらいいのか……ビアはまったく分からなかった。
(……まぁ、ちょっと、愛が重い気はするけど)
*
事態が動いたのは、それから三日後のことである。
ビアはとりあえず、当たり障りのない返事を書いてエリック他の郵便物と一緒に持っていくと、その中に舞踏会の招待状があった。
エリックはビアが書いたシルビアからの手紙を嬉しそうに読んだ後、その招待状を目にして眉をひそめる。
「まったく、王族というのは、本当にパーティーだとか舞踏会が好きだな。こちらは町の復旧作業で忙しいというのに……」
本当は行きたくないが、王太子主催の舞踏会を断るなんてことはできない。
仕方がなく、エリックは机の引き出しの中から
(ん……? あれ……?)
ビアはそのマスクに見覚えがあって、首をかしげる。
(このマスク、どこかで……いや、でも仮面なんて、どれも大して変わらないわよね?)
黒い生地に銀と赤色の装飾が施されている。
左の目の周りを囲うように、つる薔薇のような刺繍がデザインされた仮面だ。
「あの、隊長」
「なんだ?」
「その仮面……いつも仮面舞踏会では同じものをお使いなんですか?」
「ああ、そうだ。これは我がルーナ侯爵家に代々伝わるもので————シルビア嬢と初めて踊ったあの夜も、この仮面をつけていた」
(シルビアと踊った……? ということは、仮面舞踏会? あ、そうか、だからシルビアは隊長の顔を知らなかったのね!!)
一体どこでエリックがシルビアを見初めたのかと思っていた謎が、やっと解けたと思ったビアであったが、仮面舞踏会なら、シルビア自身も仮面をつけていたはずだとすぐに気づく。
互いに誰かわからない状態で行われていたはずなのに、どうしてエリックだけが相手がシルビアだと知っていたのか、わからない。
「あれは、確か三年前の春だった。彼女は舞踏会のまさに花だった」
(さんねんまえ……?)
三年前ということは、ビアはまだシルビアの護衛をしていた頃だ。
ということは、ビアもその場にいた可能性が高い。
だから見覚えがあったのだと気がついた。
「爵位も種族も関係なく、次世代を担う若者たちの交流の場として、鳥人族の王女が主催した仮面舞踏会だった」
(鳥人族の王女……って、確か、若者同士の恋愛模様を見て楽しんでいたあの覗き魔じゃ————)
鳥人族の王女は、愛を育んでいる若い男女を覗き見るというちょっと人には言えない趣味を持っている。
爵位の高い貴族の娘たちの間では有名な話で、シルビアもその趣味を知っていた。
「ベッドの様子を見られているかもしれないなんて気持ち悪い」と、いいつつ、「もし見た目がタイプの殿方に誘われたら断れる自信がない」からと、シルビアの代わりにビアが参加させられた舞踏会だ。
「踊ったのはたった数分だったが、彼女の手を取った瞬間、まるで雷にでも打たれたのではないかという衝撃が走った」
(いや、待って!! それ、私だ————!!)
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