第7話 気持ち悪い
ビアがフィオーレ侯爵家に到着したのは、日付が変わる直前であった。
乗合の馬車で一日半かかる距離を、最速で走ったビアは、馬を駐めてすぐに屋敷の中に入る。
そこで目にしたのは、廊下に積まれていた大量の荷物だった。
それも、すべてピンクや白などの綺麗な包装紙やリボンでラッピングされている。
「なんですか……これは————」
ドレスに帽子、王家御用達として知られている宝石店の名前が入った箱もあった。
それらが無造作に、ただ廊下に積み上げられている。
「遅いわよ、ビア!!」
シルビアはビアを見つけると、頬をぷくーっと膨らませていた。
「お、遅い? いや、これでも一番早い馬で来————」
「これは、一体どういうことなの!?」
「えっ?」
(いや、こっちが説明して欲しいんだけど……何ごと!?)
かなり怒っているようだが、ビアはなんのことだか全然わからなかった。
至急帰還するようにだなんて、よっぽど大変なことが起こったのだと思ったが、なぜこちらが逆に聞かれなければならないのか……意味がわからない。
「あれも、これも、全部、あの吸血族が贈って寄越したのよ!? お断りしたんじゃなかったの!?」
「え……!?」
あの吸血族と言われて、頭によぎるのは当然、エリックの顔だ。
よくよく考えて見れば、積まれているのはどれもシルビアが好きなものばかり。
それも、ビアがエリックに教えた、シルビアが好きそうなものだった。
「もう、あちらから連絡してくることはないって、そう言っていたじゃない。それなのに、こんな贈り物まで————手紙も意味がわからないわ!!」
シルビアはビアに向かって、エリックから届いた手紙を投げつけた。
ビアが手紙を確認すると、それは見合いの席での謝罪と、『あなたを前にすると、緊張して上手く話せなくなるので、まずは文通から始めたい』と書かれていた。
それも、エリックが普段、仕事で書いている文字より丁寧に書かれている。
理由までは知らないが、エリックが本当に心からシルビアを愛していることが、その手紙からも十分に伝わってくるようなものだった。
「気持ち悪い。どうして私の好みまで把握しているのよ? ちゃんと、お断りしたのよね? それなのに、どうなっているのよ?」
「それは……その————」
エリックがあまりに真剣だったため、よく考えずに教えてしまったことを、ビアは後悔する。
シルビアからしたら、まったく知らない男————それも、毛嫌いしている吸血族から求婚されているだけでも気持ち悪いのに、自分の好みのものまで知られているなんて、より一層気持ちの悪いことだ。
(どうしよう。私がちゃんと、あの時はっきり断るべきだった)
「手紙も、贈り物もいらないわ! ビア、あなたこの男の補佐官になったんでしょう? どうにかしなさいよ!」
「どうにかって……」
「手紙の返事も、この
シルビアは怒っていた。
こうなると、何を言っても聞きやしない。
普段から、人の話なんて聞かない女ではあるが————ビアは黙って従うしかなかった。
(手紙の返事なんて、今までだって書いたことないくせに……!!)
これまでも、シルビアに届いた手紙はビアが代筆していた。
ビアがいないため、今はメイドか執事にやらせているが、シルビアには教養がまるでない。
文法も字も間違えるし、何が言いたいのかわからない怪文章を生み出してしまうことも……
その教養のなさが露見しないように、ビアが代わりに書いていた。
王妃になるために教育を受けてはいたものの、家庭教師たちは、報酬をたんまりもらっただけで、まともに授業なんてしなかった。
シルビア自身が、勉強嫌いだったせいもあるが、小難しいことは全部ビアに丸投げだったのだ。
「何よその目! 何か文句でもあるの!?」
「ないです。それより、緊急事態っていうのは?」
「はぁ? 何言ってるの? 今話したでしょう?」
「え……?」
「ビア、あなた、戦争にいって頭がバカになったんじゃない?」
フンッと鼻で笑い、シルビアは自分の部屋に戻って行った。
(はあああああ!?)
ビアはその後ろ姿を睨みつけたが、その様子を、伯母であるビーナスが見ていたことに気づいて、すぐにまた偽物の笑顔を顔に貼り付ける。
ビーナスは踊場の上から、いつも持ち歩いている鳥の羽でできた扇子で口元を隠し、射るような冷たい目でビアを見下ろしていた。
「————奥様……まさか本当に、このためだけに私を呼び戻したのですか?」
「ええそうよ。シルビアがあんなに怒っているのよ? 緊急事態でしょう?」
ビアは呆れて何も言えなかった。
もっと何か、とんでもないことが起こったのかとわざわざあの鬼上官から休暇の許可を得て、乗ってきた早馬だって、フィオーレ侯爵家の緊急事態ならと、借りた馬だ。
このために、ただでさえ忙しい中、早急に仕事を終わらせて来たというのに……
「それとねぇ、シルビアはああ言っていたけど……断るにも決して、フィオーレの名に傷がつかないように、上手く断りなさい。今あの子には、ちょうどいい縁談のお話がきているところなの。何か問題になったら大変よ」
「……そうですか。わかりました」
(あれだけ王太子妃の座にこだわっていたくせに……————一体どんな物好きがシルビアなんかと……)
シルビアの評判は社交界では決して悪いものではない。
容姿端麗、家柄もよく、さらにはビアが代筆した手紙や代わりに出席したパーティーでの振る舞いなどのおかげで、知性まで兼ね備えているという噂まであるくらいだ。
エリックもその噂を聞いたのかもしれないとも思ったが、それにしたって、あの様子で面識がないとも思えなかった。
(断るにしても、変にこじれてしまってはいけない。わかってる。でも、そのためには、やっぱり、理由を知らなくちゃ……どうして、シルビアを
【第一章 身勝手なロマンス 了】
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