第6話 鬼


 シルビアを吸血鬼の人形ヴァンパイア・ドールにしたい。

 それはつまり、シルビアを嫁にしたいということと同意である。

 しかし、それはエリックが一方的に言っているだけなのは、明らかだった。

 シルビアはエリックとの見合いの話にまったく乗り気ではなく、それどころか、会うのすら嫌だからビアを代わりに行かせた。

 フィオーレ侯爵夫妻だって吸血族を野蛮な種族だと毛嫌いしているし、それは娘のシルビアも同じ。

 人間族の多くの貴族たちは、吸血族の混血派の武力に頼りつつも、明確に差別をしている。


「ちょっと待ってください。どうして、シルビアなんですか? シルビアは……————どうして自分が見合い相手に選ばれたのかわからないと言っていましたが」

「なんだ、やっぱりシルビア嬢から、俺の話を聞いたんだな!?」

「え!? いや、ですから、それは……————」


 ビアの口からシルビアの名前が出ると、エリックは立ち上がった。

 そして、前のめりになりビアに顔を近づけ、キラキラと瞳を輝かせながら、まるで少年のように問う。


「ならば、教えてくれないか! シルビア嬢に先日のお詫びとして何か贈り物をしたい。彼女は一体、どんなものを贈れば喜んでくれるだろうか?」

「お、贈り物!?」


(いやいや、その前に、なんでシルビアなのか教えて欲しいんですけど……!! っていうか、この人、さっきからイメージと全然違う……!!)


 ビアは、エリックはもっと無口でクールな人だと思っていたが、やたらと喋る。

 先日あった時とは比べものにならないくらい、今はものすごく饒舌で、よっぽどシルビアのことが好きなのだとわかるくらいであった。


「えーと、その、シルビアの好きなものですか……?」

「そうだ。従兄妹なのだから、俺より彼女の好みについて知っているだろう……?」


 じっとビアの顔を見つめ、エリックは答えをまだかまだかと待っている。

 鬼の副隊長と呼ばれていたあの噂は一体なんだったのか……


「えーと、そうですねぇ……」


(っていうか、近い。いきなり距離近くない!?)


 机を挟んで立ってはいるが、エリックは身長が高い。

 ちょっと前のめりになっただけで、すぐに距離を縮められ、その均等の取れた綺麗な顔が迫ってくる。

 先日より目つきは悪くないが、圧がすごすぎて、ビアは一歩後ろに下がった。


「……あ」


 すると、突然、今度はエリックの動きが止まる。

 何かに驚いているような、そんな風に目をパッと見開いた。


(え、今度は何!?)


「やっぱり、従兄妹なんだな。よく見れば、目がシルビア嬢にそっくりだ」


 そう言って、にっこりと微笑んだ。

 それはもう、本当に愛しい人のことを思っているという、優しい笑顔だった。


(この人……なんで————)


 エリックのその笑顔が、なぜか亡き父の笑顔を彷彿とさせる。

 ビアはあの日、「親子水入らずの旅行だ」と笑った父を思い出した。


 血筋も、種族も、瞳の色も、髪の色も何もかも違うのに、どうしてそう感じたのか、わからない。

 ただ、それが自分ではなく、自分に似ているシルビアに向けられているものだと思うと、少し胸が痛んだ。


「……よく言われます。従兄妹ですから」


(どうして、シルビアなんだろう。みんな、シルビアばっかり……ずるい。誰にも愛されていない存在であることには、もう慣れていたはずなのに————)


 ビアはそんな自分の感情に蓋をし、にっこりと笑顔を貼り付けるとシルビアが好きそうなものをエリックに教えた。

 エリックは嬉しそうにメモを取ると、さっそく手配させようと意気込んでいる。

 片思いの相手を、なんとか振り向かせようとしている姿は、他人から見たら微笑ましい光景なのかもしれない。

 シルビアの性格を考えると、贈り物ごときで振り向くことはないだろうとわかってはいたが……

 エリックがあまりに幸せそうだったため、それくらいなら協力してやろうと思った。


 エリックとは、これから毎日顔をあわせることになる。

 上官には常に上機嫌でいてもらった方が、仕事はしやすい。


(先日のあれは、本当に緊張していただけのようだし、きっとこっちが本当の姿なのよね。てっきり、何を考えている気難しい男だと思っていたけど……これならやっていけそう)


 ところが————


「さて、それで、この後、第七騎士団と合同会議だが、資料は?」

「はい……?」

「はい? じゃない。見たところ手ぶらのようだが……ここへくる前に前任者から引き継ぎの資料をもらってくるように人事に言っておいたはずだが、どうしたんだ?」

「え?」


(何それ、そんな話、聞いてないけど……!?)


 先ほどの優しそうな笑顔はどこへ消えてしまったのか、エリックの表情がすーっと冷たくなっていく。


「まったく、何をしているんだ。さっさと行って来い」

「え、今、ですか!?」

「今じゃなければいついくつもりだ。俺になんの資料もないまま、会議に出て恥をかかせるつもりか?」

「い、いえ! そんな……!! す、すぐに貰ってきます!!」


 仕事に関しては、ものすごく厳しい男だった。


「待て。そのついでに、あの棚にある青い表紙のファイルを第二資料室に戻して、この封筒を本部に郵送。それから、緑の表紙のファイルを技術班のメビウス少尉に渡して、昨日時点での実験結果報告書をすぐに出すように伝えて来い」

「わ、わかりました!」

「ああ、それから————」


(まだあるの!?)


「今後俺の食事にニンニクは入れないように食堂の奴らに言っておいてくれ」

「わ……わかりました」


(それ、今、言うこと!?)


「あ、そらから————」


(今度は何!?)


 鬼の副隊長はやはり隊長になっても鬼であった。

 毎日仕事の量が多く、しかも時間厳守。

 結局ビアはそれらをこなすのに毎日大変で、エリックがシルビアを好きな理由を聞く暇はなかった。

 エリックも初日ほどシルビアについて聞いてくることはなかったせいもあるが……


 それから一週間ほど過ぎた時、フィオーレ侯爵家から手紙が届く。



『緊急事態により、大至急帰還されたし』とだけ書かれていた。

 二年も軍にいたが、フィオーレ侯爵家の方から手紙が届いたのは初めてのことだった。

 ビアは急遽休暇をもらい、軍の早馬を借りて再びフィオーレ家へ急いだ。


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