第5話 職権濫用
「君はシルビア嬢とは従姉妹同士で、仲がいいと聞いてるが……」
「わたっ……自分とシルビアがですか?」
「ああ、君の亡くなった父上の姉上が、フィオーレ侯爵夫人だという話は、あまりにも有名な話じゃないか」
(それは、確かにそうだけど……ジャンとシルビアの仲は、良かったのかしら? 他の従兄妹同士がどういう感じなのかわからないから、比較しようがないわ)
ビアは思い返して見たが、確かに、まだ小さかった頃は頻繁に会うことが多かった。
ジャンが出場した剣術大会を応援に行ったり、パーティーの会場で同じくらいの年頃の子供たちで遊んでいたりしたことはある。
いわゆる思春期を迎えた十一、二歳を超えたあたりからは少なくなったが、それ以前であれば、お互いの屋敷を行き来したりすることも度々あった。
まぁ、そのどれも、ビアは蚊帳の外状態だったが————
「それは、小さい頃の話です。今は、特に何も……」
「だが、従兄妹であることには変わりないだろう? どうしたら、俺はシルビア嬢に気に入ってもらえるだろうか?」
「いやー……どうと言われましても……」
(この人……もしかして————)
腹いせに虐められるのではないかと思っていたが、エリックはシルビアに対して怒っていない。
ならば、エリックがジャンを指名した理由は一つしかない。
「あの、ルーナ隊長。もしかしてですが、自分を補佐官に指名したのって……」
「ああ、君がシルビア嬢の従兄妹だから指名した」
さも当然かのように、きっぱり言った。
「そ、そんな! 職権濫用じゃないですか!」
「な、何を言っているんだ! 君の功績を評価してのことに決まっているだろう!? まぁ、ついでに、君にシルビア嬢との仲を取り持ってもらおうと考えていなかったといえば、嘘になってしまうが…………君が戦地で赤い死神と呼ばれていたことくらい、耳にしている。それに、シルビア嬢のことは抜きにしても、君はまだ若いがあの有名なルーチェ公爵家の次期当主だ。家柄も、功績も申し分ない」
エリックが第七騎士団副隊長から昇進して辺境警備軍第九騎士団隊長に異動することになり、第九騎士団に所属している何人かが、補佐官の候補に名前に上がっていた。
その中にジャンの名前があったというだけのことであって、決して、シルビアとの間を取り持ってほしいという下心があるから選んだわけではないのだと、エリックは主張する。
「君を通して、シルビア嬢のことも知ることができるし、一石二鳥だと思ってな」
「いや、ですから、それが職権濫用だと思うんですけど……」
「濫用なんてしていない。時間がないから、救済処置だ」
「時間がない……?」
エリックは一度大きくため息を吐くと、それはとても重要な話だと真面目な顔で話を続ける。
「知っての通り、俺は吸血族と人間族の混血だ。人間族の血が混ざっているとはいえ、吸血族と同じ様に普通に生活をしていても突然、吸血衝動に襲われることがある。動物でいうところの、発情期みたいなものだ」
「え、ええ。それは聞いたことがあります。薬で抑えているんですよね?」
人間族と吸血族の争いが絶えない理由はそこにある。
衝動が抑えられなくなった吸血族は、理性を失い、欲望のまま動物や人間族を襲う。
その血を吸い尽くすだけでなく、殺してしまう。
中には、人肉まで喰らい尽くす者もいるのだ。
それが問題となり、人間族が治めるこの王国は吸血族と激しく対立することになる。
純血の吸血族は、その吸血衝動を抑える薬を使うことを良しとしていない。
吸血族は吸血族を襲わないからだ。
特に純血の吸血貴族たちは、血を吸ってこそ吸血族であって、人間族は吸血族にとっての
エリックのような混血は、その衝動を薬で抑え、人間族と共存する道を選んだ。
「その薬は、血だ。特別な血。我々混血派は、生涯を共にする相手から血を分けてもらい、その衝動を抑えている。ただの動物や人間族ではダメなんだ。心から愛しいと思える人間族の血でければ、効果が薄い」
「そ、そうなんですか?」
(それは初耳だわ)
「効果が薄い薬では、やがて抑えきれないようになる。心から愛しいと思える相手の血がどうしても必要なんだ。医者に言われたよ。長くてもあと一年以内にその相手を見つけなければ、俺は吸血衝動を抑えきれなくなる」
だからこそ、時間がない。
もし、その衝動が抑えられなくなってしまったら、理性を失ったエリックが何をするか……
ただでさえ、鬼の副隊長と恐れられていた男だ。
誰もとめることはできないだろう。
「我々の間では、その相手のことを、
ビアが共に戦場で戦った吸血族の男達は、多くがその
エリックからこの話を聞くまでは、流石に薬の成分までは知らなかったが、どの吸血族も、確かに恋人や妻がいて、その人について語るときはとても優しそうな表情に変わるなとは思っていた。
彼ら以外にも、故郷に恋人を残してきた人は多くいて、手紙が届くと嬉しそうにしている様子を見て、こんなにも誰かに愛されている人を、羨ましく感じたこともある。
「俺はシルビア嬢に、俺の
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