第2話 純血と混血


 吸血族は我々人間族とは違い、あらゆる生物の生き血を吸って生きる。

 人間族にとっての敵であるが、ルーナ侯爵家ということは、純血ではない。

 彼らは吸血族が支配する北西の隣国から亡命し、人間族の配下になった一族だ。

 人間族と吸血族の混血であり、純血の吸血族と違って、無闇に動物や人間族を襲ったりはしない。

 今や人間族にとっては、吸血族に対抗する立派な戦力だ。

 だからこそ侯爵の爵位を与えられ、辺境の警備に置かれている。


 ビアが所属していた部隊にも、吸血族との混血である者はいた。

 戦闘能力は確かに彼らの方が上であるが、吸血衝動は特別な薬によって制御することができるようになっており、見た目もやや肌が青白いくらいで、食事も普通の人間族とは変わりない。

 中には言われなければわからないほど、人間族と変わりはない者もいる。


 だが、実際に彼らと接触したことのない地域に住む人間族の貴族からしたら、吸血族の血が流れているなんて野蛮で恐ろしい存在だ。

 いつ自分の首筋に噛み付かれるかもわからない。

 人間族の貴族の血が一番美味いなんて噂もあるせいで、シルビアはそんな恐ろしい男とは例え一瞬でも会いたくないのである。


「それに、ルーナ侯爵家って、これまでも戦争でたくさん吸血族を殺したんでしょう? そのおかげで、侯爵にまでなったと一族だって聞いたわ。お相手の方はとても冷酷で鬼のように恐ろしい男だって噂も……」


 確かに、ビアはルーナ侯爵家の息子を遠巻きではあるが戦争中に見たことがある。

 所属していた部隊も違ったし、自分が生き残ることに必死で、あまり顔は覚えていないが、うすっすらと冷たい印象はあった。


(確か、鬼の副隊長とか呼ばれてたわね……)


 寄宿舎でもたまに話題に上がる人ではある。

 なにしろ、ルーナ侯爵家は吸血族を裏切り、人間に味方した最初の混血だからだ。

 より人間族との繋がりを濃くするため、人間族の娘を嫁に迎えるつもりなのだろう。

 その相手に、何故かシルビアが選ばれたのだ。


「そもそも、よくお父上が了承しましたね。混血とはいえ、吸血族を毛嫌いして来たお方なのに」

「それが、どうしてもって王様から頼まれたみたいなの。なんで王様がそんなことを頼んで来たのか、理由はよくわからないけど、とにかく一度会ってから決めて欲しいって——私は絶対に嫌だから……ね、お願いよ。ビア。行ってくれるでしょう?」


 これはお願いじゃない。

 命令だ。

 断ったら、せっかくここまで戻ってきたのに追い出される。

 とにかく、もうヘトヘトになっていたビアは頷くしかない。


「わかりました。会って、お断りしてくればいいんですね?」


(まぁ、いいわ。それくらいなら戦場に行くよりはマシ。さっさ着替えてベッドで横になりたい)


「さすがビア! ありがとう、大好き」


(本当に大好きなら、自分が嫌なことを押しつけたりしないはずだけどね……)


 笑顔で嬉しそうに抱きついてきたシルビアに、ビアは心の中でだけ悪態をついた。

 昔から、自分はこういう役回りなのだと諦めている。

 自由気ままな侯爵令嬢の、都合のいい駒でしかない。



 *



 見合い当日、完璧にシルビアに変装したビア。

 鏡に映る自分の姿に、ため息が出る。

 一昨日、趣味が悪いと思っていたのと似たような薄桃色のフリルがたくさんついたドレス。

 頭には綺麗に切りそれ得られた前髪がつけ毛であることを誤魔化すための大きなヘッドドレス。

 コルセットやパニエも久しぶりに身につけた。

 そもそも、こんなにもわかりやすく女性の姿になったのも二年ぶりだ。

 二年間ずっと軍にいて男として生き、日に焼けた肌が白粉で隠れて白くなっている。


 最初から破談になることはわかっていたが、財力だけなら公爵家を超えるほどの超金持ちのフィオーレ侯爵家のとしての体面もある。

 決して、見すぼらしい姿でソフィアとして人前に立つことは許されず、変装するのに二時間もかかってしまい、昨日丸一日ほぼ寝て回復した体力が一気に削がれてしまった。


(めんどくさい……貴族の女って本当にめんどくさい)


 自身も妾の子ではあるが一応は貴族なのだが、ほとんど使用人扱いのビアは、もっと他のことに時間を使うべきだと常々思っている。


(くだらない。本当に……)


 ビアを引き取った伯母夫妻も、シルビアが替え玉を使うことを了承しているようで、執事と馬車に乗る様子を窓の外から見ていた。

 この夫妻もまた、シルビアと同じで労いの言葉もなく、シルビアのことしか考えていない。

 王から直々に頼まれたとはいえ、王太子妃になり損ねた娘を、吸血族の男になんて渡したくないのである。


 馬車で数時間ほど揺られ、たどり着いたのは青い湖が見渡せる小高い丘にある邸宅だった。

 ビアは、その邸宅を見て昔の記憶が蘇る。


「ここって————」


 幼い頃、父と共に訪れたルーチェ公爵家の別邸だ。

 あの二階のバルコニーで、自分が妾の子供であると初めて知り、戦場へ向かった父の顔も見れずに雨に打たれて泣いていた。


「どういうことですか? ここは、ルーチェ公爵家の別邸でしょう?」

「ああ、それは……」


 執事に尋ねると、確かにそこはかつてルーチェ公爵家の別邸であったが、ビアの父が死んだ後、相続した本妻が売り払ってしまったそうだ。

 ビアにとっては大切な場所だが、本妻にとっては、妾と自分の夫が愛を育んだ場所。

 ビアを養子に出した後、一番最初に売り払われたのがこの別邸らしく、今はルーナ侯爵家の別邸となっていた。


「そういうわけでして、とにかく、まぁ、中に入りましょう。そろそろお約束のお時間です」

「……わかりました」


 馬車を降りると、ビアはシルビアになりきり、姿勢も立ち居振る舞いも全てシルビアに完璧に寄せる。

 優雅で可憐で、何にも考えずにただ笑っているだけの世間知らずのお嬢様。


「お待ちしておりました。シルビア・フィオーレ様でございますね」


 そうして、出迎えたルーナ侯爵家の使用人ににっこりと微笑みかける。


「ええ、そうよ」


(さて……一体どんな男なのかしら————)



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