第13話 問い詰め



 

 オフィスに戻ると、何か妙な空気だった。

「ずいぶんゆっくりだな」


 席に着く私に川瀬が近づいてきて言った。

 思わず時計を見るが、まだ昼休みは終わってない。

 私の後から席に着く者もいる。


 理不尽には感じたが、逆らったところで話の通じる相手じゃない。


「すみません、ちょっと人と会っていて」

「恋人と相引きか」

 単語の古臭さに一瞬理解が遅れる。


「いえ、あの人はカレシじゃありません」

「カレシじゃない? じゃあ、兄弟か」

「いえ、あの人は恋人でも兄弟でも親戚でもありません。さっき知り合ったばかりの人で」


「君は知り合ったばかりの男と白昼堂々抱き合ったり、接吻をかますのかね!」

 私は頭が真っ白になる。

 あれを見られていたのか。


 確かに、言ってることは間違ってない。

 けれど、あれはーー違う。違うけど、言い訳ができない。

「合鍵も渡していたと聞いてるぞ。どんな男と同棲しようが君の勝手だがね、もう少し社会人としての自覚をーー」


「もういいんじゃないですか?」

 そう言って川瀬を止めたのは闘護部長だった。

「如月も大人ですよ。勝手にすればいいことだ。我々の関与することじゃありません」

「しかしだな、」

「お昼休憩中は自由時間のはずです。まあ、モラルは持つべきかと思うがな」

 庇ってくれたと思ったのに、部長はそう言って私に冷たい視線を送る。


 軽蔑されたーー。


 そう思うと、心臓がズシンと重くなる。

「昼休みは終わった。仕事に戻りなさい」

 カチャカチャカチャカチャと、オフィスにはパソコンのキーボードを叩く音だけが虚しく響いていた。


********



 その日はずっと気まずい時間を過ごした。

 皆どこか私に対してよそよそしく、部長も仕事のことで話しかけてもいつにもましてそっけない態度。


 嫌われちゃったのかな。


 仕事にも身が入らない。こんなことで落ち込んでちゃダメだ。

 コーヒーでも飲んで気分を変えよう。


 私が休憩室に入って、コーヒーを淹れているとドアが開いて誰か入ってきた。

「あ、もうすぐ終わります」

 振り向くと、そこに立っていたのは部長だった。


 部長は何も言わず、怒ったような顔をして私に近づいてくる。

「え、な、なんですか」

 ズイッと私に顔を近づけてきて、

「恋人でも兄弟でもない親戚でもない知り合ったばかりの男に合鍵を渡したというのは本当か」


 息がかかるくらい近い部長の顔に、ドキドキしてしまう。


「ち、違います」

「そうか」

 部長は安堵に顔を緩める。


「合鍵じゃなくて、私が使っている鍵です」

「なんだと」

 部長の顔がまた怒りに歪む。


「どういうことだ」

 さっきは川瀬に勝手にすればいいと言っていたのに。

 なんと説明していいかわからない。


 同居するのは人間じゃなくて、龍と精霊だと言ったところで、納得してくれるわけがない。

「部長には関係ないじゃないですか」


 なんと誤魔化したらいいかわからず、ついそう言ってしまった。

 長いまつ毛の部長の目が見開く。

「それは、そうだな」


 これで引き下がってくれるかとホッとしたのも束の間、

「いや、上司として聞いておかなければならん。どこのどいつなんだそいつは。なんでそんなことになってる。ちゃんと説明しろ」


 バリンッ。


 部長がすごい勢いで迫ってくるので、私は思わず後退りをして後ろの花瓶を落として割ってしまった。

「わ、すいません」


 慌てて片づけようとして手を伸ばし、「つっ」指が切れてしまった。

 結構深くやってしまったようで、血がだらっと流れてくる。

「大丈夫か」


 部長がすかさずポケットからハンカチを出して貸してくれた。

「汚れちゃいますよ」

「別に構わない。ノーブランドだ」


 ふと、部長の足元にもう一つハンカチが落ちていた。

 そちらはブランドもの。中に何か入っている。開いてそれが見えていた。


「貝殻ーー」

 私がつぶやくと、部長はさっとそれを拾い上げる。

「私も、同じもの持ってますーーどうしてーー」

 思い出そうとすると、頭が痛くなる。


 でも、思い出したい。

 なんで部長も同じ貝殻を持ってるの。

「思い出すな!」


 部長が私の頭を両手で包みこんだ。

「すまん。これがお前のためなんだ」

 私のため。

 妙な眠気が襲ってくる。


「俺たちには、関わらない方がいい」

 動悸がしてきて、苦しい。でも次の瞬間にはもう、何を思い出そうとしていたのかもわからなくなった。


 でも、切ない思いだけが胸に残っている。

 なんなのだろう、

 部長が立ち上がる。

「余計なことをすまなかったな」


 部長はそれだけいうと、休憩室を出ていった。

 お茶を飲みにきたんじゃなかったのだろうか?

 今、部長とどんな会話をしていたっけ。


 なんだか記憶が朧げで、思い出せない。

 まあ、いいか。

 


*********



 スーパーで食材を買い込んで家に着いたのは8時を回ったころだった。

 玉藻とジィがお腹を空かせて待っているだろうと思ってドアを開けてびっくり。


 部屋が見違えるほど綺麗になっている。

「え、ここ私の部屋だよね」


 焦って一度外に出た。やっぱり私の部屋だ。間違いない。

「おかえりなさい」


 玉藻の姿が見えて、その後ろから青年姿のジィがやってきて私に抱きつく。

 龍、というよりまるで犬だな。

「た、ただいま」


 どうどう、とジィを落ち着かせて私は部屋に入る。

 廊下に置きっぱなしだったゴミや本全てなくなっている。久しぶりに床を見たような気がする。


 部屋の中も整然としていて、気持ちいい。部屋が片付いてるって、素晴らしい。

 でも、

「これ、玉藻たちがしてくれたの?」

「はい。ごはんも作ってありますよ」

「嘘ッ」


 部屋の綺麗さに気を取られて気付かなかったが、食卓にはめちゃくちゃ美味しそうなハンバーグ定食が用意されている。

「これ、玉藻が作ったの!?」


「はい。実は人間の生活が好きで、よくこちらには遊びにきてたんです。料理はその時に覚えました」

「どうりで、人間の生活をよく知るわけだね」

「デミグラスソースかトマトソースで迷ったんですけど、直売所に良いトマトがあったのでトマトソースにしちゃいました。苦手だったらすみません」

「苦手じゃないよ、むしろ好き。ってゆうか、お金はどうしたの?」

「まあ、食べながらにしましょう」

「そうだね。お腹も空いたし」

 私たちは円卓を囲んで、いただきますする。


 サラダもあるけど、食べ順ダイエットなんてすっかり忘れて私はハンバーグを一口パクり。

「めちゃくちゃ美味しい〜〜〜!!」


「それなら良かった。家事は自信があるんですよ。とくにに料理は、育師としても磨かなければならないスキルですしね」

「育師?」

「ああ、まだちゃんと伝えてませんでしたね。私は育師。龍を育てる役目を担う精霊です」

「龍ーーじゃあ、玉藻がジィを育ててたの?」

「ええ。そうなんですが、ちょっと、色々、あって。孵化する前のジィ様の卵を持ってこちらへ逃げてきたのです」


 龍、卵。


 その単語が何か引っ掛かる。

 前にもそんな話を聞いたような……。


「そっか。なんか、大変だったんだね。玉藻は小さいのにえらいね」

 何があったのかはわからないけど、玉藻が悪い子じゃないのはわかる。

 だから、力になれることがあるなら、力になってあげたい。


「あの、言い忘れたんですが、私は精霊として姿は子どもなのですが、人間で言えばもう大人の年齢です。買い物も、この通り変化をしていきました」


 玉藻はなんの前触れもなく、割烹着姿のおばちゃんになって見せる。


「すごい変身の術だね。でも、その主婦像はちょっと古いかも」

「え、ほんとですか。マンガにはこれが夕方買い物に出るお母さんというものだと載っていたので」

「マンガだとそういうイメージあるかもね。あ、でお金は? まさか盗んでないよね」

「もちろん。ちゃんと買い物という仕組みも知ってますよ。対価となるお金は持ってなかったので誤魔化しましたが」

「誤魔化すって、そんなことできるの?」

「こんなふうにです」















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