第12話 接吻



 ちょっとドキドキしたけど、やっぱり誰にもジィが見えてないと確信できた。


「ジィ何が食べたい?」

 私が小声で尋ねると魚肉ソーセージを鼻先でつつくのでそれを買ってやった。


 それから自分用におにぎりとサンドイッチと棒付きの唐揚げを買って、近くの公園に向かった。


 ベンチに腰掛け、ジィに魚肉ソーセージを与えると喜んで食べた。咀嚼がする姿が可愛い。


 でも、ジィの姿は誰にも見えないけどソーセージは見えてるんだよね。ジィが見えない人が今の状況見たらどんなふうに映るんだろう。


 てゆうかそもそもなんで急に龍が見えるようになったんだろ。


「おまえはどこから来たの?」

 おにぎりを食べながら尋ねると、ジィは小首をかしげる。


「どこから来たのかわかんないのか」

 ジィは食べ終わって満足したのか、私の隣で丸くなって眠り始めた。


 ここは木陰で日差しも和らぎ心地よい。

 私もゆっくりごはんを食べてると、小さな男の子が駆けてきた。


 まだ小学校に上がったくらいだろうか?

 和服を着ている、珍しい。

 そのせいかなんだか雰囲気が今の子と違う。


「良かった! 蒼龍様! もうどこへ行ってしまったのかと思いましたよ」

 小さな子は私に見向きもせず、ジィに手を伸ばす。


「その龍、君の龍なの?」

 私が話しかけると、男の子はギョッとして

「私が見えるのですか?」

 と聞いてきた。


「え、うん。見えるけど……」

「何故です! 龍騎士様でもないのに!? いやもしかして貴方様も龍の乗り手でいらっしゃるのですか?」


「ごめん何を言ってるかちょっとよくわからないんだけど……」

「龍騎士様ではないーー? だけど私の姿も龍様も見えるとは一体どういうことでしょう……」

「あの、あなたは他の人には見えていないの?」

「そのはずですよ。今私は顕現しておりません。通常の人には見えない状態です。あっ」

 ジィが男の子の手を離れて私の肩に乗る。


「蒼龍様、無闇に人間に触れてはなりませぬ」

「ジィッ」

 ジィが反発するように鳴く。


「えっ。名をもらったと? まさか貴方蒼龍様に名付けをされたのですか!?」

「うん、ごめん。貴方の龍だと知らなくてジィって名前を付けちゃったの」


「なんということでしょう! 龍騎士でもないお方が、龍に名付けをーーこんなこと親方に知られたら……いや、そもそも私が蒼龍様を連れ出していること自体が問題。でも大切な龍様をやっぱり龍騎士様に授けたくはない……」


「どうしたの? 何か困ってることがあるなら力を貸すよ」

「ほんとですか!?」

 男の子は私の一歩前に出る。


 すると、急に和服から洋服へと変わった。

 半ズボンが子どもらしくて可愛い。


「私は玉藻と申します。これが顕現です。顕現しないと私は他の方には見えぬので、周りから見たら貴方は一人で喋ってる頭のおかしな人に見られてしまいますからね」

 つまり、他の人にも見える状態になったということらしい。

「それは、お気遣いいただいてどうも」


 するとジィもジィッと鳴くと、玉藻を真似たのか、若い男の姿に変化した。

「驚いた。ジィ様、もう人型に慣れるのですね」


 玉藻は感心しているが、私は目の前にいるのがほんとにジィなのだと信じられない。

 年齢は二十代くらいの長身さわやかイケメンだ。蒼い髪と瞳は、確かにジィのようだが。

 ジィはにっこり笑って、小さい子どもみたいに私に抱きついてくる。


「ちょっとちょっと、その姿で人前抱きつくのはまずいですよ」

 玉藻が慌ててジィを私から引き剥がす。

 ジィは不満そうに私の横に座る。


「ジィ様はあなた様にずいぶん懐いてますね」

 玉藻はどこか諦めたように息を吐く。


「そう言えば私の名前まだ教えてなかったね。如月キナです」

「キナ様」

「別に様はいらないよ」

「では、キナさん。おりいって頼みがあるのです」

「うん、いいよ」

「私たちをしばらく、匿ってはもらえないでしょうか?」

「かくまう?」


「実は、私たちは追われる身なのです。音夢にしばらく隠れていましたが、そこでは見つかってしまいます。隠れるにはこの現世がちょうどよく、ですが現世は物質世界。顕現している状態で生活できる拠点を探していたのです」


「ええと、よくわからないけど、家に住まわせればいいのかな?」

「はい。野宿や空き家でも良いのですが、誰かが拠点としている場所であれば結界が張りやすく、助かります」


「野宿なんて子どもがそんなだめだよ! いいよ、わかった。うちにおいで」

「ほんとですか!? なんとありがたき幸せ」

「おおげさだよ」

 私は思わず笑って、カバンから家の鍵を取り出して玉藻に渡した。


「私はまだ仕事があるから、先に帰ってて。夕飯までには帰るから、好きにしてていいよ。テレビはないけど、モニターがあるから好きな動画でも見てて。家の場所はね、」

「あ、大丈夫です。家の場所は、この鍵から読ませてもらいました」


「鍵から読む? そんなことできるの?」

「できますよ。私は精霊なので」

「せいれいーー」

 龍に精霊に、私は急にファンタジー世界に放り込まれてしまったようで。


 理解が追いついていないけれど、玉藻もジィも実際に目の前にいるので、なんだか不思議なことを自然に受け入れてしまう。


「ジィ」

 ジィが玉藻の手から鍵を持って、頭上に持ち上げて眺める。

 そこに付けた貝殻のストラップが、日に輝く。

 この貝殻、どうしたんだっけーー。

 思い出そうとすると、不意に頭痛がした。


 ジィは鍵と私を見比べて、全く不意に私に顔を近づけた。

 唇と唇が触れるーー。

「ジィ様!」

 玉藻がまた慌ててジィを引き離す。


「いけません! それは人間の世界では口吸いと言って、親しき男女が互いの同意の上で交わされるものなのですよ! 一方的になさってはいけませぬ!」

 ジィはまるで聞いてない様子で、私に頭を擦り付けてくる。


 姿は人間でも、中身はやっぱり子龍なんだなと思うと可愛くなってくる。

 でも、玉藻が慌てるのも無理なく、私は周囲の人の目を集めてしまっていた。

「ジィ様! その姿でなさってはいけません」


 玉藻はジィの手から鍵を剥ぎ取ると、

「行きますよ!」

 と言って、いきなり姿を消した。

 顕現、とやらを解いたのではなさそうだ。

 和服姿の玉藻も、龍の姿のジィもその場から消えていた。


 私が呆気に取られていると、頭の中で声が響いた。

『着きました。あの、差し出がましいようですが、少しお部屋を片づけさせていただいてもよろしいでしょうか?』


「あっ」

 私は驚きながらも、部屋が散らかっていたことを思い出して恥ずかしくなった。

『ごめん。気になるようだったら好きにしていいよ。今度頑張って片付ける』

『ありがとうございます。お仕事頑張ってください』

 プツッと通信の切れるような感覚。


 今のは、なんだったんだろう。なんか、電話みたい。だけど、電話じゃない、頭の中同士で会話しているみたいな感じ。

 ふと、前にもこんなことがあったような気がした。

 それを思うとまた頭痛がする。

 一体、なんなのだろうーー。










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