第11話 部長に焼いてきたクッキーがぐちゃぐちゃに。
次の日、私は何か部長にお礼がしたくて早起きしてクッキーを焼いた。
お菓子作りは子どもの頃から好きで、地元のイベントで出店することもある。
素人ながら結構腕を磨いてきて、以前プロのパティシエからもプロレベルの味だと褒められたことがある。
朝会社に行くと部長はまだ出勤していなかった。
始業時間を過ぎても現れず、どうしたのだろうと思っていたら取引先でトラブルがあって直行してくるとのことだった。
部長職はやっぱり大変だ。
自分で失敗してなくても、部下が失敗すればその責任を負わなきゃいけない。
あとで渡す機会もあるだろうと、お菓子の袋はロッカーにしまっておいた。
部長が出社しないままお昼休みを迎え、私はロッカーへ向かった。
お弁当を取ろうとロッカーを開け、絶句した。
ロッカーにしまっておいたクッキーの袋がズタズタに破られ、中身がきれいさっぱり無くなっていたのだ。
しかもお弁当箱もひっくり返されて空っぽになっている。残ってるのは椎茸のソテーだけ。
「なにこれ……」
「どうかした?」
更衣室にいた他の女子社員に声をかけられ
、私は咄嗟にドアを閉めて愛想笑いを返す。
「いえ、お弁当忘れてきちゃったみたいで」
「あちゃー。一階にお弁当販売来てると思うからそこで買うといいよ」
「ありがとうございます。そうします」
更衣室に誰もいなくなってから、私はふたたびロッカーを恐る恐る開く。
菓子袋を拾い上げてみると、穴だらけというか、鋭い爪で引っ掻いた後のような。
ネズミでも迷い込んだのだとしか思えないような惨状だった。
とその時、
「ジィッ」
なんか、獣の鳴き声みたいな音がした。
「なに。なんかいるの?」
ネズミが返事をするわけはないと思ったが、
「ジィッ」
と返事のように声が返ってくる。
「お腹が空いてたのかな? 出ておいで」
そう声を掛けると、
「ジィッ」
とまた鳴き声がして、次の瞬間私は息を呑んだ。
何もいなかったはずのロッカーの底に、蒼く輝くような鱗を持った、『龍』としか呼びようのない生き物が現れたのだ。
蒼い瞳は宝石のようで、目が離せなくなるくらい美しかった。
「ジィッ」
まだ子どもだろうか。
私は恐る恐るその生き物に手を伸ばす。
蛇のような胴体だけどトカゲのように手足が生えていて、顔には長いヒゲ。
それは伸ばした私の手に向かって嬉しそうに飛んできた。跳ぶ、じゃなくて飛ぶ。
ゆったり泳ぐようにして飛んできたのだ。
よく見ると背筋のところに蒼い毛が生えていて、それもまた美しい色をしていた。
やっぱり龍だ。
でも、龍って架空の生物じゃなかったっけ??
羽もないのに空飛んでるし……。
でも、
「かわいい」
私が龍(のような生き物)の頭を撫でると、すりすりと身体を腕に寄せてきた。
穏やかな性格みたいだ。咬まれる心配もなさそう。
「君はなんでこんなところにいるの?」
「ジィッ」
龍は返事をする。
「名前はあるのかな?」
「ジィッ」
やっぱり人の言葉を理解しているみたいだ。
「君の名前はジィだね」
私が言うと、ジィは目を輝かせて、飛び回る。どうやら喜んでいるみたいだ。
それから私の袖にとまって、クイックイッと引っ張る。
「まだお腹空いてるのかな? ごめんね、もう食べるものないんだ」
私はとりあえず散らかったロッカーの中を片付けた。
その間、何人か更衣室に人が入ってきたけど、みんなジィのことに見向きもしない。
もしかして、見えてないーー?
「なにかコンビニで買ってくるからちょっと待ってて。龍って何食べるのかな」
私が更衣室を出ようとすると、ジィが肩に飛び乗ってきた。
「だめだよ。会社に動物連れ込んでたら怒られちゃうから」
「ジィ」
ジィは寂しそうに鳴く。
「一緒に行きたいの?」
「ジィッ」
「仕方ないなぁ」
と、ドアを開けたら先輩の美佳が立っていた。
「あなた誰と話してたの?」
美佳は思い切り私の肩に載っているジィに全く気づいてないようだった。
やっぱりジィは私にしか見えてない。
「あ、すいません独り言です」
すれ違いざま、「キモ」と言われた。
美佳にはあまり好かれてないのは知っている。でも、攻撃されるとやっぱり傷つく。
「すみません」
私はもう一度謝って更衣室を出た。
できれば美佳とは関わりたくないけど、同じ部署にいる以上どうしてもやりとりが生じる。
お給料は我慢料だと聞いたことがあるけど、ほんとだな。
でも私にも悪いところはあるんだろうし、気をつけなきゃ。
いつか仲良くなれたら嬉しい。
私はジィを肩に乗せたままコンビニに入った。
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